第32話 閑話 マンションを建てましょう

 2度目の投資で大金を手にした私達は、将来のことを考えてマンションを建てる事にしました。ただ、その為に色々と面倒な事がいっぱいあるんです。


「そもそも、土地を買わないと始まらないわね」


「うん、土地探しから始まるね」


「マンションを建てて良い土地と、そうで無い土地とかあるからね」


 3人でどうするかを悩んだ結果、まずは有名ハウスメーカーさんの1社へと足を運びました。この会社は、前の人生で住んでいたマンションを建築していた会社です。大家さんは別なんですが、マンション建設とかもやってるかなという事で、まずは話を聞きに来ました。


「相手してくれるかよね」


「良い人が窓に出てくれるといいわね」


 そうなんですよね。突然やって来て、マンションを建てたいので土地探しをしたいと言って真面目に聞いてくれるかが不安です。


 という事で、3人で時間の合間を見つけて第一候補のハウスメーカーさんに訪問しました。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 窓口の女性が私達の姿を見て、声を掛けて来ます。

 私達は、お母さんを窓口にして端的に話始めました。


「あの、今後の資産活用を考えてマンションを建てようかと思うんですが、こちらで土地の紹介から建設、あと建設後の管理までお願いできます?」


「え? はあ、マンションを建てる土地をお探しで?」


「はい。資産がそこそこあるので、出来ればマンション経営が出来ないか検討していまして」


「えっと、マンションの部屋を購入ではなく?」


「はい」


 恐らく想定外の内容だったのか、窓口のお姉さんはちょっと戸惑っています。そして、少々お待ちくださいと奥へ入った後、30代から40代くらいの男の人を連れて来ました。


「お待たせしました。営業の小林と申します。この後のお話は私が伺います。少々資料などが多いので、あちらの部屋でお話させて頂こうかと思います」


 そう言って案内されたのは、個室の面談室ですね。そして、お母さんを中心に、私とお姉ちゃんが両サイドに座りました。


「お話をお伺いする前に、まずはどれくらいの規模のマンションを建築されるご予定かお聞きしてもよろしいですか? 宜しければ此方の資料も参考にしていただければと思いますが」


 そう言って出された資料には、幾つかのマンションの写真と、部屋数、だいたいの建築費用が明記された紙が出て来ました。


 成程、まずは建築費用が此れだけ掛かりますよという所かな? 大丈夫ですか? 本気ですか? って聞けませんよね?


「部屋のサイズは1LDKが良いよね? 1Kだと差別化が厳しくない?」


 1Kの部屋に住んだことがありますが、あれな一時的な住みかですよね。出来れば1LDKは欲しいのです。1Kならアパートとかもいっぱいあるし、年数が経てば競争が激しくなりそう。


「そうね、これは判りやすくて良いわね。戸数と何階建てにするかで違いが判りやすいわ」


「ふ~ん、5階建てで部屋数20部屋でも10億円超えるんだ。最初だから5階建てくらいで考える? 建蔽率が良く判んないけど、100坪くらいで建つみたいだよ」


 参考で出ているマンションが、50坪で5階建て、1階4部屋で試算されていますね。ただ、1部屋7畳の1Kなので、100坪なら1LDKで同じように行けそうかな?


「坪数で金額が変わって来ますが、ご予算は幾らぐらいをお考えでしょう?」


 私達の会話をじっと聞いていた営業さんは、恐らくある程度の資産はあると判断したのかな? さっきより明らかに雰囲気が変わりました。


「そうですね、土地、建物、内装込みで20億という所かしら?」


 これは、予め3人で決めていました。実際にこの金額でどれだけの建物が建てられるかがまったく判らないんですよね。それこそ、土地の価格次第で大きく建てられるマンションが変わると思うんですけどね。


「20億ですか、それで、土地はどこら辺をお考えで?」


 そうなんです。問題は、どこら辺にマンションを建てるかなんですよね。駐車場を考えていないので、出来れば駅の傍が良いのです。ただ、そうなると土地の価格もあるんですが、そもそもそんな都合の良い土地が売りに出ているかという話にもなります。


「駐車場を考えていないので、可能な限り駅に近い場所を考えています。徒歩で15分以内が嬉しいのですが」


「桜通線が徳重まで開通しましたから、そこら辺とか。あとは地下鉄の環状線とかの新駅周辺で良い土地とかありませんか?」


 今年の3月に地下鉄の桜通線が延長されて徳重まで延びました。名城線の延長からは時間が経っているんですが、桜通線ならまだ空きが無いかな? 動くなら数年早く動くべきではあったんですけどね。


 ハウスメーカーの人が何やら追加で資料を取りに行っている間に、私達も打合せです。


「一応、想定内ではあったね。問題は土地だよね」


「そうだね、出来れば大学の傍とかで学生向けのマンションとかが良いと思うんだけど、良い土地があるかな」


「回転率だっけ?」


 お姉ちゃんが言うには、学生は早ければ4年ほどで入れ替わります。そして、この時の敷金と礼金が結構馬鹿にならないんじゃないかって言うんです。色々と調べている時に、建物だって老朽化するからリフォーム資金も考えておかないと痛い目にあうよと言われました。


「出来れば名城線沿線とかで良い場所があると良いね」


 そんな話をしている間に、ハウスメーカーの人が地図と何枚かの用紙を持って戻って来ました。


「名古屋市内だと中々に厳しくはあるのですが」


 そう言って出してくれるのは、どれも土地物件の案内用紙です。それを、地図で見ながら大体の場所を見比べて行きます。


 その後、北名古屋市や長久手などの物件も案内されましたが、中々にこれと言う土地がありません。マンションを建てるにはどうしても条件が厳しいみたいです。


「ありがとうございます。何か他にも物件が出ましたらご連絡ください」


 幾つかの土地の案内を貰って、とりあえず今日は帰る事にしました。やっぱり簡単に此処にしようとか決まりませんね。ただ、私達を担当してくれた営業さんも、どうやら私達が本気で購入を検討している事に気が付いたのか、結構前向きに土地を探してくれる事になりました。


 今、其処迄焦って進める事でもないので、他のハウスメーカーにも聞いてみる予定です。


「でも、そっかあ。東北の復興特需かあ」


「名古屋にいると、今ひとつそこら辺の動きがピンと来ない」


「そうね。中古車が東北に集まってるとは言われてましたけどね」


 ハウスメーカーさんの話では、今は東北の復興特需で建材が取り合いになっているそうです。それだけでなく、家を建てる職工さんなども全国から東北に集まっているのでマンションを建てるにしても通常より工期が延びますって言われました。


 前の人生とは違い、東北の震災で原発の事故が起きなかったんですよね。そのお陰で、放射能とかの除染作業なども無いし、被害は大きかったんですが復興に向けての作業は急ピッチで行われているんです。これも、前の人生に比べれば良くなった事ですよね。


「復興が進むのは良い事だよね」


「そうだね。こっちは焦ってないし、ゆっくり進めようか」


 私とお姉ちゃんの言葉に、お母さんも笑っていました。


◆◆◆


 鈴木家の3人がハウスメーカーを後にして直ぐに、そのハウスメーカーでは営業と営業所長が顔を突き合わせて打ち合わせが始まっていた。


「で? 鬼頭君は先程来られていたお客に期待できると?」


「はい、私も途中で気が付いたんですが」


 営業の鬼頭が所長へと提出したのは、来店した顧客に記入してもらう情報シートだった。そして、その情報シートには氏名、連絡先住所、電話番号などが記載され、その下には土地の購入やマンション建築などの項目にチェックが入れられている。


「ふむ、予算は20億か。見た感じでは資産家には見えなかったのだが」


 3人が来店時に営業所の所長も鈴木家を確認していた。その時の印象で、良くて家かマンションの部屋の購入。恐らくは賃貸物件の確認ではと考えたのだった。


「いえ、この名前でピンと来たんですよ。何年か前にテレビで長者番付に出ている家族が騒がれましたよね。結局は特定されなかったみたいですが、独特の名前で憶えていたんです。ちなみに、妹さんが日和さん、お姉さんの方が日向さんでした」


「ん? おお! あの家族揃って長者番付に出ていた!」


 所長の驚きの表情を見ながら、鬼頭はニンマリと笑う。


「ええ、結構前ですが、長者番付に出ていたくらいですから、20億くらいの資産を持っていても可笑しくないと思います。話を聞くに、マンション管理は委託したいようですし、長い取引になると思います。何とか取り込みたいですね」


「いやあ、そうかそうか! よく気が付いたな! それならもっと良い物件もあっただろう」


 3人に紹介した土地の資料と要望の書かれた資料をを見比べながら、もっと希望に合うであろう土地が3つほど思い当たる。


「それは、此処から1物件ずつ紹介していきますよ。そのほうが接点も多く持てますし」


 そう告げながらも、まずは慎重に身元確認から入らないとと考える鬼頭だ。そして、これが決まれば今年の営業ノルマも達成する。そうすればボーナスだって上がる! 来年は高校生になる子供に何かと物入りになっている。その為にも何としてでも成約する為に、必死に動き始めるのだった。


◆◆◆


 そして半年ほど時間が過ぎて、私達は最初のホームメーカーにお願いする事となりました。


 場所は名古屋市内の地下鉄環状線にある駅から歩いて10分くらい。5階建てで部屋数は24部屋、全て1LDKでマンションの入り口にはエントランス、オートロックとこの頃には此処まで揃っているマンションは少ないと思う。

 実際、エントランスに拘らなければもう1部屋増やせたと思うし、費用ももう少し抑えられてと思う。それでも、後々の競争力とか考えると絶対に必要だと思ったんだよね。


「完成は来年の2月末だから、来年の学生を取り込めると良いね」


「完成の目途が立つ12月くらいにならないと募集が出来ないから、どうかな?」


 お姉ちゃんと建築予定地を眺めている。ここのマンションはお姉ちゃんが購入なんだよね。成人していると言うのも大きくて、この後に私も購入予定だけど、今はまだホームメーカーには内緒。


 でも、建設を決定する時期が結構ギリギリっぽかったんですよね。4月を跨いじゃうと学生をターゲットに出来なくなるので、最後の契約はバタバタになりました。


「完成したら、私が住みたいくらいだよ」


 美穂さんと3LDKの賃貸に一緒に住んでいるお姉ちゃん。だから1LDKに住む事は無いんだけど、そう思いたくなるくらいに完成予定の映像は綺麗だった。


「何年後かの修繕とかの費用は貯めて行かないとだね。家賃収入が入る様になってもちゃんと貯金しないとだし」


「そうだよね、管理維持費で結構取られるし、年収1000万を超えるといっても実質半分かな?」


 マンション一棟を丸々ホームメーカーさんが借り上げてくれる。その為、実際の家賃から管理費、維持費などを引いた金額が振り込まれるんだけど、その額は月に140万くらい。年収にすると1600万くらいになるんだけど、これ、建築に掛かった費用と比べると全然割が合わないんだよね。


「30年でも4億8千万だよね。土地購入金額を抜いても全然足りないわね」


「うん、50年でも足りないし、途中で修繕費考えるともっと?」


 まあ、これ以外に敷金と礼金が入るから収入としてはもっと増えるんだけどね。ただ、相続税で取られるよりは良いのかな?


「100年で考えれば別かもしれないけど、そんなに建物が持たないわよね?」


「うん、だけど、そこはもう私は関係無いし? 子孫達に頑張ってもらうしかないよ?」


 これから、どんな未来が訪れるかは判らないけど、少しでも後の世代に何かを残してあげたい。そんな第一歩だからね。


「まあ、相続税として取られるよりはいいか」


「う、うん」


 決して貧乏性だからバタバタと足掻いている訳じゃ無い・・・・・・・事も無いですが。


 その後、私とお姉ちゃんはそれぞれ2棟のマンションを持つことになりました。それでも、資産はまだ残っています。私も無事に大学を卒業し、今は研修医として大学で働いています。姉は案の定、美穂さんの病院に就職し、日々忙しそうに働いています。


「はあ、仕事場としては悪くないんだけどね」


 美穂さんの御両親や親戚の方達が必死に囲い込みに入っているみたいですが、まだ恋人と言える人は居ないらしいです。まあ、美穂さんが婚約しましたから数年以内にお姉ちゃんも結婚しそうですけどね。


「結婚は絶対にしたい! 子供が欲しい!」


 これはお姉ちゃんがよく言っている言葉ですから。


 そして、私はと言えば同じ研修医として知り合った人と最近お付き合いを始めました。どこかおっとりとした所が他の人より大人に見える為か、一緒に居て疲れが取れる感じなんです。


「日向より日和の方が先に結婚しそうね」


 最近はお母さんがそう言う為、お姉ちゃんに若干焦りが感じられるみたい。


「変な人に騙されたら駄目だよ? お姉ちゃんって普段はしっかりしているのに、男の人を見る目は怪しいから」


「大丈夫! 美穂とその一族フィルターが凄い!」


「それってどうなんだろ?」


「ほんと、美穂ちゃんが婚約するまで二人を見てて、この二人って結婚できるのって思ったわ」


 3人で笑い合いながら、私はふと前の人生を思い返す。


 何かの切っ掛けで人生は此処まで変わるんだなあ。


 知識を持ったままの逆行転生。それ故にお金を稼ぐことが出来た事は大きい。でも、それ以上に努力した事、努力できたことが自分の力になっている。努力して身につけた知識や経験が、今ある自分に自信と信用などを与えてくれる。


「お母さん、お姉ちゃん、ありがとう。今更だけど、何となく目標が見えたかも」


「え? 今? おっそ!」


 お姉ちゃんの言葉に苦笑を浮かべながら、私は自分に子供が生まれたら同じように手に職を持ちなさいと言って育てるだろう。医者じゃ無くても良い、薬剤師でも、美容師でも、パティシエだって構わない。


 真っ暗な、先の見えない世界の中で、生きて行く為の支えになってくれれば。そんな思いで子供達にそう言い続けるだろう。


 愛情を込めて、少しでも子供達が生き易い様に、そんな思いを胸に私は頑張って行こう。


「子供が欲しい!」


 私のこの発言に、お母さんとお姉ちゃんが又もや大騒ぎをする事となった。


◇◇◇


これで、一応ですが閑話まで終了です。

お付き合いいただけてありがとうございます。m(_ _)m


このお話は、某サイトで昨年の年末向けに投稿したお話です。

少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

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