第31話 閑話 2度目の暴騰株と?

 2011年3月、私が恐れていたように、東北地方を中心とした大地震が発生しました。震災が発生した時には、もっと何か出来たんじゃ無いかと落ち込みました。


 それでも、アメリカ大使へと渡してあった資料の中に原発事故の事を書いてあった為か、数年前に国際原子力機構の視察でいくつかの改善指摘があったんです。そのお陰か、今回の震災において原発事故は未然に防がれました。


「よかった、少しは救われた人がいたよね」


 この査察に前後して、東北沖でマグネチュード8以上の地震が起こる可能性をアメリカの地質学者が指摘しました。それを受けて週刊誌などで頻繁に危機感を煽った御蔭で津波による死者数も大幅に減ったように思います。


「アメリカ大使からの恩返しかな?」


 テロ事件の顛末は判りません。ただ、世界経済はテロによるダメージを最小限に抑えたんだと思います。それ以上に対テロを強調していながらも、アメリカ経済は安定しています。

 ウーマンショックもこの世界では発生しませんでした。これから起こるのかは判りませんが、私の知っている世界経済とはまったく違う推移をしているようです。


 そして、これは私が投資をしていた銘柄にも影響を与えていました。


「……ちょっと現実的じゃない」


「うん、何か訳が判らないよね」


「二人とも成人しているし、自分で手続きしないと駄目よ。でも、金額が金額だし、心配だからお母さんと一緒に行きましょうか。日向は授業の都合つく? 場合によっては別でも良いわよ?」


「私も一緒に行くって、私だけ除け者にしないで!」


 うん、流石のお姉ちゃんも声に余裕が無いです。


 投資を再開してちょこちょこ買いを続けていた銘柄が、軒並み購入時の株価と比較して40倍近い値上がりをしていました。値上がり前に投資していた額は、私とお姉ちゃんがそれぞれ約5億円です。購入はそこで止めていました。それでも今売り切れば、大体ですけど200億円近い収入?


 今日の集まりは、今投資している株をどうするか意見を聞く為に私が緊急会議で招集したんです。


 そもそも、召集前のお母さんとの打合せで、すでに売る事は決めてました。これ以上は先が見えないので怖すぎます。前の人生ではもっと上がる銘柄もあるのですが、それを鵜呑みには出来ません。


「……お、お母さん、もう売ろう。売っちゃおう」


「そ、そうよね。これ以上欲を掻いちゃ駄目よね」


 事前に打ち合わせしていた時には、既に私とお母さんは顔面蒼白です。脚の震えがすごくて、椅子がガタガタ鳴っていました。


「お姉ちゃんも呼ばないとだよね。昔と違って成人しているから、手続きはお母さんじゃできないんだよね?」


「ええ、あの子の予定を聞いて、証券会社さんに訪問のアポイント入れないと」


 そう言いながらお姉ちゃんに連絡を入れるお母さんですが、思いっきり声が震えていました。


 も、勿論、値上がりする事を予想出来てはいましたよ? 色々と前の人生とは変わっちゃいましたけど。それでも、時代の流れみたいなものは決まっていると思ってました。だからこそ、トータル5億もの金額を投資していたんです。


 ネットが一気に普及してきて、通信販売が若い世代を中心に広がり始めました。


 携帯電話の進歩も記憶より早く、高1の時に発売されたスマートホンは凄い勢いで進歩しています。スマホのアプリなどの発売も私の記憶より早いです。


 更には、衣類などにおいても、安くて良いものをコンセプトに一気にチェーン展開が始まったりと世の中が大きく変わり始めています。


 ただ、この広がりがテロやウーマンショックなどの経済的なダメージを経験しなかった事により、前の人生と比較しても加速している為に想定より早く株価は暴騰していました。


 これって、バブルだよね?


 私は、値上がり迄まだ5年以上は余裕があると思っていたんです。その為、お母さんにもそう伝えていた為に、株価チェックはしてなかったんです。


 それが、お母さんから最近証券会社の担当さんから良く電話が来るのって言われて、今日の朝刊で株価を確認して驚きのあまり新聞を落っことしました。


「長者番付が廃止になっていて良かったね」


「もうバタバタしなくてもいいのは助かるわね」


「ん? 良く判んないけど、タクシーで行くからね。今、平常心で車を運転する余裕は無いよ」


 お姉ちゃんも合流して、早々に証券会社で売り手続きを行いに証券会社へ向かいます。ただ、自分達が平常心でいる自信が無い為、タクシーで向かう事にしました。


「いやあ、凄いですね。前の時もそうですが、鈴木様の投資は神がかっています。今後も是非お願いします」


「いえ、本当に偶々なんですよ? ここまで値上がりしているって知らなくて吃驚しました」


「ご謙遜を。まだ上がりそうではあるんですが、そうですか、ここら辺が見極め時なのかもしれませんね」


 うんうんと頷く証券会社のおじさんですが、他の顧客とかにも売り時で案内しそうです。


「それでは、あとはお願い致します」


 私達は、手続きを終えて証券会社を出ました。


 手続きが終わっても、私達の売りに対し買い手がいないと売買は成立しないんです。その為、すぐに金額が確定する訳じゃ無いんですよね。


 それでも、私達は揃って顔を見合わせます。


「もう投資はこれで終わりにしましょうか。二人ともそれでいい?」


 お母さんの声が思いっきり震えていますし、顔も引き攣っていますけど仕方が無いですよね。


「うん、もう十分」


「そうね、それが良いわ。でも、お母さんありがとう」


 お姉ちゃんがお母さんに頭を下げます。お姉ちゃんとしては、それこそお母さんが子供の為に投資をしてくれて、それが凄い金額になっちゃったって感覚なんだと思う。


「ふふふ、今日くらい、うなぎでも食べて帰りましょうか」


 お金があっても、我が家は引き続き質素です。大きな理由は、未だにお父さんには内緒にしているって事なんですけどね。お母さんも、お父さんが定年したら教えるつもりみたいです。


 名古屋でも有名なうなぎ屋さんで、3人でひつまぶしを食べます。


 うん、前はいつ食べたっけ? そう思って考えますが、良く考えたら今生では初めて?


「ひつまぶし初めて食べるかも」


「え? そう?」


「お姉ちゃんは食べた事ある?」


「……言われてみると、家族では食べた事無いかも?」


 なんと! お姉ちゃんは家族以外では食べた事があるっぽいですね。美穂さんかな? ただ、私は出て来たひつまぶしを、食べ方の説明を見ながら食べます。


「……うな重にすれば良かったかも。何か勿体ない食べ方に思っちゃう」


 美味しいのですよ? でもですね、好みの問題だと思うのですが、うなぎを大きく口で頬張りたいといいますか。ただ、それでもやっぱりうなぎは美味しいですね。


 うなぎを食べた後に、ようやく落ち着けた私達は、3人で雑談が始まりました。


「定年したら、何処かで畑付の家を買って、のんびり暮らすのも良いわね」


「……そのまんまお婆ちゃんの家じゃん」


「だよねぇ」


 お婆ちゃんの家は、代々地主の家系です。農地改革で思いっきり土地を取られちゃいましたけど、家と畑で1000坪ほどの土地があります。田圃は人に貸してて、お米は貰えるので買わないで済むらしいです。お婆ちゃんちに遊びに行くと、何時もお米を貰ってきます。


 まあ、お婆ちゃんが言うには、土地は大きいけど田舎過ぎて売るにもお値段は? って感じらしいですけど。


「お母さんはお婆ちゃんの家で暮らすのも悪くは無いんだけどね。子供の頃に住んでいた家ですから。でも、お父さんは嫌がるわよねぇ」


「うん、嫌がると思う」


「畑仕事するお父さんの姿が、まったく想像できない」


 お父さんは土仕事とか嫌いだからね。これからの時代は、食糧不足とかが心配されているから農業って勝ち組な気はする。でも、大規模農家が台頭してきて、小さい農家は厳しいんだっけ? あ、あと後継者問題とかあった気もする。それに、仕事は365日休みなしのブラックなイメージはあるよね。


「それだったら、定年したら夫婦で豪華客船で世界旅行とかしようかしら?」


「う~ん、良いんじゃない?」


 お姉ちゃんはお母さんの言葉に同意します。ただ、もし前の人生のようにコロナになったら難しいだろうな。特に豪華客船はコロナとかでイメージがですよね。


 ハッキリ言って、これ以上お金があっても使い切れないですし、小市民な私では贅沢しようにも周りの目が気になって無理なんです。


「ねえ、お金が入ったらマンションを建てない? お金で持っていても、いずれ相続税とかで取られるだけだと思うし、3代も続いたら殆どなくなるよ?」


「マンション? え? 部屋を買うんじゃ無くてまるまる建てるの?」


「うん、現金で相続よりマンションとかを建てて相続する方が相続税が安くなるみたい。良く判んないけど、何かそう言う感じ?」


 お姉ちゃんが吃驚しています。でもですね、これって前から考えていたんですよね。それこそ、前の人生での妄想の中の一つです。


「そうね、貯金していても仕方が無いわね。それも踏まえて考えましょうか。税理士さんにも相談してみるわ」


「マンション建てても、家賃だ修繕だで面倒じゃない?」


 うん、私もそう思うんだけど、前の人生で私が借りてた部屋とかは別に大家さんが集めてたわけじゃ無かったんですよね。恐らくハウス屋? ホーム屋? そういった専門の会社があったはず。


「一応、調べてみよ? 株投資はどっかで下がりそうで怖いよね。何となくバブルみたいな気がする」


「そうね、お母さんもそんな気がする。元々の投資額が大きいとはいえ、上がり過ぎというか、お金がありすぎよね? 何か怖いわ」


「なんか、二人とも詳しいね。私はそういうの全然判んないからなあ」


 まあ、お姉ちゃんはそうでしょう。私とお母さんは前から色々と調べていましたから。それでも、此処からは更に試行錯誤が続くんだろうな。


「あんまり目立つ事が出来ないんだけど、車欲しいんだよね。ただ、買ったら買ったで周りが何かと煩いだろうし。今も何かと目立ってるから」


「あ、それは私もだから判る。でも、お姉ちゃんは卒業したからもう大丈夫でしょ?」


「結局は大学で臨床医しているからね。でも、マンションかあ、うん、購入考えてみる」


 お姉ちゃんは無事に大学を卒業しました。国家試験も無事に受かって、今は棚田医大で臨床医として働いています。まずは大学で臨床医として8年くらい働いたのちにその後の事を決めるそうです。


 ただ、何となくその後は美穂さんの病院に入りそう?


 そして、私も大学4年生になりました。日々勉強に追われてますね。何と言っても、国家試験が受からなければ意味が無いですから。その為、相変わらず灰色な学生生活?


 ただ、やはり姉妹揃って棚田医大という事で、周りの目が中々に煩いんですよね。


「お金持ちの家って思われてるからね。最近は変に否定しないようにしたわ。ただ、男どもが煩い」


「結構、学生の間に結婚を約束してる人も多いよね? それとなくアプローチしてくる人が多い」


 まさに時間に追われるような生活の為、医学生同士で結婚まで考えて付き合う人が結構いるんですよね。これには、思いっきり驚きました。


「日和ももてるでしょ? 良さそうな人は居ないの?」


「う~ん、いないかなあ」


 どうしても、頭の中がアラサーですからね。特に前の人生では恋愛敗者ですし。どうしても心理的にブレーキが入ります。その為、仲の良い友達はいても、それ以上はってなるんですよね。


「それこそ、お姉ちゃんはどうなの?」


 私から見てもキレイですからね。別にブランド品で身の回りを固めたりしていないんですが、何となくお嬢様風な衣装選択とナチュラル風メイクであざといです。


「いないかな? まあ、何にしても美穂とセットで見られてるから。何でか美穂だけでなく、私までが美穂の御両親のチェックがすごい!」


 うん、きっと一族の嫁にと思われているんだろうな。後継者が居なくて困っている親戚がとか前に言ってましたから。それに、どうやら私にも目をつけているっぽいんです。我が家は別に医者の家系とかじゃないですし、お姉ちゃんが美穂さんと仲が良いですから狙いやすい?


「美穂さんの実家には近寄らないようにする」


 私の言葉に、お姉ちゃんとお母さんが噴き出すのでした。

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