第30話 閑話 日和の学校生活

 高校2年生になって、クラスが文系理系とバタバタします。文系授業と理系授業で教室が移動するのです。以前の経験とは違い、進学校だけあって授業の進み具合が早いんですよね。その為に、着いて行くのが大変です。


「う、単元テスト今一だった」


 定期テストだけでなく、日常的に試験が行われます。簡単に言うと理解度テストみたいな感じでしょうか? 間違えている所を見直せるのでありがたいのですが、塾と合わせて毎日が勉強漬けになっています。


 返されたテストを見ていると、前の席の松田さんが珍しく声を掛けて来ました。


「今回のテスト、何か難しかったよね。2年生になって一気に難しくなって来た」


「そうだね。私も今回80点いかなかった」


「私も、これはキツイなあ」


 そう言って返って来たテストを見せると、松田さんも自分のテストを見せてくれます。


「鈴木さんは進学希望はどこにしたの?」


 2年生になると早々に進学希望の大学を提出させられています。一応、第3希望まで書くようになっているんですよね。


「1番が三河国大の医学部、2番が市大の医学部、3番が棚田医大の医学部。このままだと厳しそうだけどね」


 塾の模試でも国立はD判定、辛うじて棚田医大がC判定だった。それも今の段階で、ここから受験に向けて多くの生徒が勉強に力を入れて行く為、せめてB判定は欲しい所。ただその道のりは遠いんですよね。


「うわ、凄いね。医学部志望かあ。うちの学校でも医学部合格率って20名いなかったよね?」


「去年は現役合格者17名、既卒合計で42名になってたね。塾で教えて貰った人数だから何処まで正確なのかは判らないけどね」


「17名かあ、でも理系クラスで考えると1割くらいいるんだね」


 そう言って松田さんは考え込む。


「松田さんはどこ志望なの?」


「私は、1番が三河国大の薬学部、2番が美濃国大の薬学部、3番が徳女の薬学部にしたんだよね。医学部より薬学部の方が通りそうだから」


 2年生になって同じクラスになった事で、松田さんとはちょこちょこ会話はしていましたよ。でも、あまり深く話す事は無くて、ありきたりな挨拶が主だったんです。


「医学部かあ、棚田だと学費はどれくらいだっけ?」


「6年で3200万くらいだったかな? 国公立だと400万くらいなんだけどね。だから出来れば国公立へ行きたいんだけどね」


 前の人生だったら、どう転んでも私大の医学部は無理だったろうなあ。そんな事を思いながら話していると、松田さんがマジマジと私を見る。


「うわ! マジで私大は無理だわ。うちだと逆立ちしてもそんなお金出てこないって。もしかして、鈴木さんの家ってお金持ち?」


「え? うちの親はサラリーマンだよ。両親共に共働きだから、多少は余裕があるかもだけど」


 私がそう答えると、横から木村君が口を挟んできた。木村君も2年から同じクラスになったのだけど、何かと周りに当りがきつい。学年順位は10番台から20番台と学年上位にいるから、その辺を意識した発言も多く、よく他の子を馬鹿にするところがあるので好きになれない。


「騙されるなよ、こいつ隠れセレブだ。こいつの姉貴も棚田医大行ってる。それでまだ棚田医大って言えるだけで金持ち確定! いいよなあ、金持ちはよ」


 思いっきり嫌味たっぷりに聞こえるように言うんだよね。同じクラスになってからちょくちょくこう言った事を言って来る。否定しようとしても、言葉を被せて来るから最近は無視してるんだよね。


「え? お姉さん棚田医大なんだ! 凄いね!」


 松田さんの言葉に、このまま流すと拙いかなって一応訂正を入れる。お姉ちゃんが同じ高校だったから、こういう話になった時の説明は事前に想定は出来ているんだよね。


「お金持ちって言うのは違うかな?」


「金持ちじゃねぇか! 嫌だねぇ、俺達馬鹿にしてるんだろ」


 すぐに私の言葉を否定して来る木村君を無視して、松田さんに向かって説明をする。


「母方の祖母が支援してくれてるの。それも亡くなった祖父の生命保険のお金が入ったから、生前贈与だよって。私と姉しか孫はいないから。だからお金持ちっていうのは違うと思ってる」


「なんだよ! それだって金があるってことだろ!」


 更に何か言って来る木村君を松田さんが睨みつける。


「木村、あんたさあ、いい加減にしなよ。鈴木さんは、お爺さんの生命保険って言ったでしょ? それってあんたが言うセレブと違うくない? セレブセレブ煩いけどさあ、それなら3組の水野君とか、藤井さんとかに言えば? あっちは思いっきりセレブ主張してるじゃん」


 3組は文系志望のクラス。そこの水野君や藤井さんは、両親が私達も聞いた事のある会社の社長さんだ。ただ、中々に教育にはシビアだそうで、子供の頃から家庭教師まで付けて勉強していたらしい。ただ、私達と違って目指す学部は経済学部などで、その為に文系クラスを選択していた。


「はあ、何で俺がそんな事しないと駄目なんだよ」


「あんたが、鈴木さんに言い掛かりつけてるからでしょ? いい加減にしなよ。むっちゃ気分悪いわ」


 おお~~~、凄い勢いで松田さんが言い負かしていく。高校生の言う事だしとか、自分は大人だしとか、ついついそういう気持ちがある為に、私はあまり言い返さないで無視するんですよね。これって良くないのかな? そのせいで何時までも絡まれてるし。


「お前は関係ないだろ!」


「あんただって関係ないじゃん! あんた鈴木さんの親なの? 従兄弟なの?」


「うっさ! 馬鹿はこれだから嫌だね」


「はあ?」


 ただ、木村君はこれ以上何も言わず、さっさと自分の席に戻って行った。


「何あいつ! くっそムカつく」


「松田さん、ありがとね」


「いいのいいの、私が聞いてて腹が立っただけだから。でも、鈴木さんもしっかり反論した方が良いよ? ああいう奴ってつけあがるからさ」


 そこで、教室に先生が入ってきた為、これ以上話すことなく授業になりました。


 でもこれが切っ掛けで、私は自然と松田さん達と仲良くなることが出来ました。ただ、この仲良くなったメンバーって何か変わっている人が多いと言うか。


「ねぇ、日和の塾でやってる問題コピらせて。私の所の渡すから。みどりのとこはどう?」


「数三がきついかな? 数を熟せって言われるんだけどさ、きっちり理解していかないと無理だって。そもそも数が熟せない」


「だよねぇ、物理なんて去年中学からのをやり直しさせられた」


 話題の大半が勉強関係なんですよね。どの子も真剣に受験に向けて考えてて、思いっきり驚かされました。前の人生では考えられなかったけど、そうか、私が知らない所でみんなはこんなに努力していたんだと改めて痛感しました。


「まあ、理系に来る女子の半分は医学部や薬学部志望だからね。皐月みたいに獣医学部志望の子もいるけどさ」


 勉強会なども定期的に開いていて、何か前の人生とぜんぜん違う。勉強会が真面目に勉強会している。うん、我ながら何を言ってるんだろうって思うけどね。


 ただ、グループに入った御蔭でモチベーションが上がったのか、1学期の期末では学年順位18番になれた。ちなみに、グループトップは斎藤みどりちゃんの12位。松田佳奈ちゃんは22位。三上皐月ちゃんは28位だった。


「やったね、木村が23位まで落ちてる! 1点差でも勝ちは勝ちだね!」


 掲示板には学年上位50名が張り出されてるんですよね。その為、どうしても上位にいるメンバーは勝った負けたを気にします。


「松田さん、ちょっと声大きいよ。木村君が睨んでるって」


 こっちを睨みつけている木村君の姿が見えたので注意します。


「大丈夫、あんだけ馬鹿馬鹿言って来ててさ、自分の方が馬鹿じゃん。負けてやんの。日和なんて18位だよね」


「はあ、順位何て変動するし一喜一憂しても、そもそも学校の順位で大学に入れるわけじゃ無いから」


「大人だよね~日和って。それに比べてさぁ」


 思いっきり木村君に聞こえるように言う松田さんは、本当に良い性格しているよね。


 ただ、このグループに入れた御蔭で、その後も何とかモチベーションを維持出来ました。


 自分一人だけで頑張っていた時とは違い、勉強に対する意識とか、他の子の考え方や悩み、プレッシャー、そんな事を4人で真剣に話し合って、他の3人に感化された部分が相当大きいかな。


 誰もがいろんな悩みや不安を抱えていて、それに押しつぶされそうになっている。もし一人でいたら生まれ変わりをしている私ですら、またもや挫折していたかもしれない。


 そして、気が付けば卒業式でした。そんな私は結局の所、何とか棚田医大ともう1校に合格した。ただ、国立は三重県にある津国立大学を受験した為、そっちが合格だと一人暮らしが始まる。


 卒業式を終えた私達は、それぞれ一旦家に帰って近くのカラオケボックスに集まっていました。


「地獄の日々は終わった! 一時の解放感を楽しもう!」


 3学期はもう授業そっちのけで受験対策していました。インフルエンザを警戒して、学校を休む人たちもいるし、まあ高校受験の時も似たような感じでしたけどね。


 そして、漸く今日が卒業式だったんですが、卒業式自体は特記するようなことはありませんでした。


 卒業式前の告白とか、そういうのまったく欠片も無かったですね。


 私達4人は全員私大の合格は貰っているんですよね。もっとも、三上さんは公募推薦で12月には早々に私大の獣医学部に合格していました。その為、私達より先に受験のプレッシャーから解放されていたんですけど。


「最後の追い込みはヤバかったよね。一人だったら絶対におかしくなってた自信あるわ」


「だよね。みんなでやってたから乗り切れたよね」


「先に抜けちゃってごめんね? でも、3人の様子見てて公募受かっていて本当に良かったと思ったわ」


「その公募に私は落ちたけどね!」


 そう言うのは私なんですよね。最後の最後まで何になりたいか決まらなくて、三上さんに合わせて私も別の獣医大学の公募推薦を受けたんです。


 北海道でのんびり大学生活をしてみるのも良いかなって思ったんですけどね。


 ただ、結局は落ちちゃったんですけど、三上さんは獣医大学向けの専門塾に通ってて、小論文とかもやっぱり獣医大学向けの書き方とかがあったみたいです。


 一応、今通っている塾では問題無いって言われたんだけどなあ。試験的には出来たと思うんだけど、今ひとつ合否の下限が判んなかったな。もしかすると、面接が駄目だったかなあ? 


 この頃は、まだ何になりたいかが決まり切っていなくて、ついつい三上さんの話を聞いて獣医も良いかなって思ったんですよね。ただ、そんな中途半端な思いがいけなかったからか、見事に不合格でした。


 そこからは、開き直って必死に勉強しましたよ? 他の3人と一緒に頑張りました。

 此処からは結局、医学部へ志望を絞って頑張りました。


 前の人生だったら、ここで結構なプレッシャーになったかもしれないですね。仲間で頑張っていたのと、サラリーマンの生涯賃金はもう稼いだしと思える所が多少は余裕に繋がっていたのかも。


 お姉ちゃんから聞かされてはいたけれど、学校も塾も年が明けてからは凄い雰囲気だったんです。やっぱりこのプレッシャーに負けちゃう子もいて、合格間違いなしと言われていても失敗してしまう子もいました。


「メンタルが大きいよね。高校受験とはまた違ったプレッシャーだった」


「滑り止めに受かったのが大きいかな。それで楽になった。プレッシャーって言えば木村ってさ、結局は私学全滅したんだっけ?」


「どっか受かってるみたいだけど、言わない所で察したね。まあ、国公立は発表が此れからだからどうか判んないけど」


「でも、あのメンタルだとどう? 何か最後の方はあいつちょっとおかしかったよね? メッチャ追い込まれてたよね? 開き直れる性格じゃ無いからさ」


「塾でも似たような人、いっぱいいたじゃん。周りと比較しても意味ないのにね」


「おかしくなる気持ちは、すっごい良く判るけどね」


 カラオケそっちのけで、クラスメイトの進学先の話になってしまうのは仕方が無いかな?

 誰が何処の大学に進学したとか、やっぱり興味ありますからね。


 ただ、それも全て終わった事だからです。


 実際に浪人が確定した子もクラスにはいるみたいですし、そうなると是からもう1年受験のプレッシャーに負けないように頑張らないとです。


「まあ、私とみどりは4月からも同じ大学の可能性もあるんだよね?」


「そうならない事を祈るけどね!」


「みどりちゃん酷い! っていうか、どっちの意味? 私は国公立受かってないって思ってる?」


「うん、思ってる!」


「え? 私は?」


「日和は地方だからどうかな? 微妙?」


「マジで酷い!」


 まあ、斎藤さんは国公立に受かっている可能性は高いだろう。本人も試験後に確認した所、手応えがあるようだから。ただ、私は結構微妙なラインだと思うんだよね。松田さんは私よりは手応えがあるみたいだし、志望学部が薬学部だからね。


「佳奈も医学部受ければ良かったのに」


「安全をとった! 後悔はしていない!」


 こう言い切れるところが松田さんなんだよね。実際、3年生になってからは定期試験で松田さんの方が私より常に上位を占めていたんだ。だから、棚田医大とかだったら受かったんじゃないかと思うし、地方の医大だったら国立でも行けたと思う。


 それでも、自宅通学の出来る所、出来るだけお金の掛からない所と選択をした松田さんは凄い。高校3年生になって大学進学に向けて奨学金申請もしていたみたいだしね。


 4人でワイワイと騒ぎながら、私はこの逆行転生が出来て本当に良かったと思う。この先、まだどうなるかは判らないけど、この3人と知り合えた事、一緒に頑張って来れた事、そのすべてが新しい宝物になったんだ。


「みんなで記念写真撮ろうか」


 松田さんの提案で、カラオケボックスの店員さんにお願いして記念写真を撮る。これから、まだまだどうなるか判らない世の中だけど、頑張って生きて行こう。


 そう誓いながら、思いっきり笑顔を浮かべ写真に写るのだった。

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