第29話 閑話 日向と美穂
大学に入ってすでに前期を終え、夏休みに突入した。無事に単位が取れているかは9月末にならないと判らないのですが、今の所は何とかなったかなと思っている。
そんな私は、美穂と一緒に自動車免許を取得する為に合宿に来ていた。この夏休みの間になんとか免許を取得しようと、私達は2週間程で取得出来る合宿を選択していた。その宿泊所である二人一部屋のホテルで、私達は持ち込んだ車雑誌を見ている。
「う~ん、免許とってすぐ新車は拙いかなあ? すぐに何処かで傷つけちゃいそう」
「どうなのかな? 衝突防止や軽減ってこの頃はまだ無かったのかあ」
車の運転をするうえで、やはり怖いのは事故だ。特に加害者になってしまえば人生全てが狂ってしまう。もっとも、被害者でも同じであるが。その為に、衝突防止などの装置が付いた車が良いなあと思って雑誌を見ているのだが、この頃ではまだ一般的ではないようだった。
「流石ドイツの高級車、これにはセンサーがついてる」
チラチラと雑誌を見ていると、美穂が興味津々の眼差しで此方を見ているのに気が付いた。
「ん? なに?」
「ねえ、聞いたら駄目なら言わなくても良いけど、日向の家って実はお金持ち?」
「え? 何で?」
美穂からの突然の質問に、一瞬戸惑ってしまった。
「前から思ってたんだけど、そもそも日向って変なんだよね」
美穂が言うには、そもそもサラリーマン家庭と言っている割には大学に入ってからもお金に苦労しているようには見えない。アルバイトをしている訳でもなく、美穂とシェアしているとはいえ月の生活費が家賃他込々で15万円。私立の医大の学費を考えると、明らかに可笑しいと思っていたらしい。
「奨学金の申請もしてないでしょ? ご両親共働きで学費はお婆さんが出してくれたって言ってたけど、合宿で多少は安いとはいえ30万以上するのに悩まずに出すし、どう考えても普通じゃ無いって? 普通なら夏休みはアルバイト三昧だよ」
美穂とは一緒に暮らしているからこそ、生活の全てが知られている。もし別々に暮らしていたら此処まで疑われなかっただろう。
「あ~~~、そっか。何人か学習塾でアルバイト始めてたし、そもそも塾で勉強教えてくれてた人達って医大生だったよね」
思いっきり油断していたな。そう思いながら、美穂にどう説明しようか頭を悩ませる。
「まあ、美穂だから言うけど、我が家というよりお母さんがお金持ちかな」
「ん? そういえば学費もお母さんの方のお婆さんって言ってたね」
まあ、美穂には普通にお父さんの方の家系とは上手くいっていない事は話している。色々と愚痴も聞いて貰っている為、我が家の内情にはかなり詳しい。
「うん。まあ、それで生前贈与みたいな感じでお金を渡されてるかな。大学6年分の学費を含むすべてだから、自分で管理しなさいって渡された。一応、余裕見て計算して1年で使える金額を決めてるけど、留年したら不味いね。何百万単位でお金が目減りするから」
「うわ! ある意味厳しい? ちなみに幾ら貰ったの?」
「5000万だよ」
「凄い!」
素で驚く美穂に対し、私は淡々と現実を伝えて行く。
「美穂? 驚いているようだけどさ、学費6年分で3200万、月の生活費を15万として、年間で180万でしょ? それの6年だから1080万。足すと4280万だよ? 1年留年したら足が出るね。留年したらアルバイトしないとかな?」
あくまでも概算数字でしかないけど、具体的な金額を聞いて美穂はポカンと口を開けていた。
「うわぁ、そっかあ、5000万でギリギリなのかあ、具体的な数字を聞くと凄いね。でもさあ、それだったら今からアルバイトした方が良くない?」
「アルバイトして留年したらシャレにならないからしない」
実際には、アルバイトの内容次第だとは思っている。通っていた医学部受験用の塾などであれば、ある意味メリットがあるのかもしれない。受験時の一般的な知識レベルを維持出来るとすれば有りだろうか? ただ、日々の予習復習などで其処迄時間に余裕がない為に、アルバイトはしない事にした。
「あ~~~、2年とかに上がって行くと暗記しないと駄目な教科とかも増えて行くからね」
「以上の理由で免許をとっても自分で車を購入できないから、そこは美穂に期待かな?」
「まあ、私に合わせて棚田医大に進学して貰ったからね。公立行ってたら2000万近く浮いていたわけだし、私がご用意させていただきます」
そう言って深々と頭を下げる美穂だ。ただ、私はすぐに美穂の頭に拳骨を落とす。
「それとこれは別でしょ? 美穂だって私の志望大学に縛られてなかったら国公立受かってたよ。だから御相子って言ってでしょ」
「うん、判った。今は免許取得に頑張ろう」
そう言って二人で顔を見合わせて苦笑を浮かべるのだった。
翌日、自動車教習を終えて自動車学校のロビーに向かうと、先に終わっていた美穂が、数人の同い年くらいの女の子に囲まれていた。美穂の表情から言って、絡まれたりといったトラブルでは無さそう。
「美穂、どうしたの?」
「あ、お疲れ! 友達来たから行くね」
「あ、うん。お互いに頑張ろうね~」
私はぺこりとその子達にお辞儀をして、美穂と合流をする。
「どうしたの?」
「日向をまってたら何処から来たのって声を掛けられただけ。あの子達も名古屋から来てるんだって。ただ、色々と聞かれそうだったから来てくれて丁度良かった」
そう言って笑う美穂だけど、これは何かあったかな?
「で? 何があったの?」
私の視線にちょっと戸惑う美穂。ただ、直ぐに諦めたように溜息を吐いて話始めた。
「最初は良かったんだけどね。大学はって聞かれて答えたら、何か変な雰囲気になった」
「ああ~~~」
まあ棚田医大という名前というより、医大というインパクトが中々ある。更には、私大であるが故にどうしてもお金持ちと見られてしまう。美穂のみならずクラスメイトの多くは親が医者だったり、会社経営者だったりする。その為、逆に私のようにサラリーマンの娘というと驚かれたりする。
恐らく美穂は、先程そういった反応をされたのだろう。
「もし男子だったら逆にアプローチが凄かったかもよ?」
「それ、笑えない奴だから」
私の言葉に、美穂は思いっきり顔を顰めた。実際、美穂が棚田医大に入ってから親戚のアプローチが酷いらしい。もしかすると、それを思い出したのかもしれない。
「宿泊所をホテルにしておいて良かったね」
「その分費用は高いけどね」
教習合宿では、宿泊施設を幾つか選ぶことが出来た。私達はその中から、面倒がなさそうなホテルを選んでいた。そして合宿3日目、私達の周囲が若干面倒な事になって来た。
「う~ん、ある意味、あるあるな出来事だけどさ」
「面倒だね」
昨日美穂と会話していた子達は、同じ合宿に来ている人達と積極的に交流を持とうとするタイプだったようだ。そして、その中で私達の事を話題にしたのか、それとも話題になったのか、とにかく私達が棚田医大に通っているお金持ちの子という印象が広まったらしい。
「まあ、あの子達は良いんだけど、あの男連中がウザイ」
「だね、ガキか! って思うわ」
名古屋から男子大学生2人組が同じ合宿に来ている。その二人が例の女子グループと親しくなったようだが、そこで私達の事を聞いたようで、ここ最近やたらと声を掛けて来るようになった。
「ねぇぇ、君達って棚田医大なんだって? 医学部なんでしょ?」
「もしかして、二人ともお医者さんの子?」
休憩時間などに、やたら馴れ馴れしく話しかけて来る。最初にちょっと会話をした以降、私達は明確に避けるようにしていた。それでも、話しかけてくるのだから非常に面倒だ。
「すいません、私達ここに免許を取りに来ているので、邪魔しないで欲しいんです」
「集中したいので、ごめんなさい」
そう言って断りを入れるのだが、これが中々にしぶとい。そして、この様子に気が付いた女の子達も、いまやこの2人を避けるようになってきていた。
「ごめんね、私達が貴方達の事教えちゃって。聞かれたからついつい大学の事まで教えちゃったんだ」
「あの二人ってなんか感じ悪いよね? ほんとに言ってたように三河国大かなあ?」
「絶対に嘘だよ。国立に受かる様には見えないって」
教習所の食堂で昼食を食べていると、例の女子グループがやって来て謝ってくれた。そして、話を聞いていると例の二人組は自分達を国立の三河大学だと言っているらしい。
「まあ、何処の大学だろうとどうでも良いけど、何で絡んで来るかなあ」
美穂がぼやくと、3人が何言っているんだ? といった眼差しを向けて来る。
「二人とも美人だし、お金持ち。更に将来はお医者さんでしょ? あわよくばじゃない?」
「それって、普通は男女逆じゃない? 結構、頭のいい女って敬遠されると思ってたけど」
私の持つ常識では、自分の奥さんの方が頭が良くて高収入なのは嫌だと思うのだけど違うのだろうか?
「どうなのかなあ? でも、私だって合宿で医大生の美形がいたら、駄目もとでアプローチするね」
「うん、それは間違いないよね」
「私もする。抜け駆けしてでもアタックする。って言うか、其れこそカッコよくて、性格も良くて、お金持ちな医大生紹介してくれない?」
「そんな優良株いたら紹介せずに自分が貰うわ!」
美穂の言葉にみんなが爆笑する。
まあ、前の人生だったら自分も良さげな医大生がいたらアプローチするだろうな。それこそ、何の根拠も無しに自信満々で声を掛けたのではないだろうか?
その後も会話を続けていると、3人は名古屋の徳川女学院大学という事が判る。
「徳女に中学からなら、そっちもお嬢様じゃん」
美穂の突込みに私もうんうんと頷く。
「静香はお嬢様だね。お父さんも社長だし。でも、私達の親はサラリーマンだからお嬢様じゃないかな」
「うん、中学時代から気が合って、そのままずっと一緒なだけ。うちもサラリーマンだし」
「え~~、社長って言っても小さな会社だから、上には上が居るのが徳女です!」
「うん、その気持ちはわかるな。上見たらきりが無い」
美穂も大きく頷いているが、私からすればみんなお金持ちに見える。
前の人生では徳女に進学した私だ。その為、普通に聞いた事のある会社のご令嬢といった子も数人いた。うちの親はサラリーマンだよといいながら、超大手の会社員だったりと同じサラリーマンでもピンからキリまでいた。
もっとも、社長令嬢でも、サラリーマンの子でも、同じようにピンからキリまでいる事を学べたのは良いのか悪いのか。そんな事を思い出しながら、更にこんな子達いたかな? と思い出そうとする。
まったく思い出せないね。ただ、1学年が200名もいるのだ、それも当たり前なのかもしれない。余程親しくしていないと、前の人生で徳女を卒業してから合計で40年近くの月日が過ぎているのだ、流石に思い出せないか。
その後も、最初にあった時とは一転して私達は仲良く会話をする。その中で、彼女達から合宿参加者達の色々な情報が入ってくる。
成程、私達の情報はこうして広まったんだな。
そんな事を思いながらも、女5人で行動する様になって例の二人組に絡まれる事は無くなった。もっとも、その一番大きな要因は徳女3人の顔の広さの御蔭であった。
「良くこれだけ知り合い増やしたね」
「うん、静香がああいう子だからね。直ぐに周りと親しくなるから助けられてるんだよね」
恐らく3人の中で、手綱を握っているのはこの成美さんだろう。普段は一歩引いた所で周りを見て、他の二人のフォローをしているようなところがある。
「私も美穂も、どちらかと言えば社交的じゃ無いから。ちょっと他人を警戒しすぎる所があるかな。だから最初の印象はあんまり良くなかったでしょ?」
「う~ん、否定はしないかな? でも、何方かと言えば私もそっち寄りだから」
目の前では、私たち二人を除いた3人で何やら盛り上がっている。その様子についつい苦笑をうかべる。
「連絡先、交換しようか?」
「ん? 良いの? 何かそう言う事しないタイプかと思った」
「うん、あんまりしないかな? だから登録人数少ないよ?」
真ん丸な目で私を見る成美さんに、笑いながら私は携帯電話を取り出しお互いの番号を交換する。この成美さんとは、なぜかその後も付き合いが続くのだから縁というものは不思議なものだ。
翌日、この日の試験を無事に通れば合宿も終了となる。
後半一緒にいた女子5人で、無事に合格すると良いねと話ながら教習所のロビーで5人して気合を入れる。そして、私達2人は、3人と別れて卒業検定の車乗り場へと移動した。
「日向は路上での評価高いよね」
「最初は無免許で運転してたんじゃないかとか、変に疑われたけどね」
「うん、私も教官にあの子って運転経験ないよね? って聞かれて吃驚した」
前の人生では普通に車を運転していた。流石に18年間ハンドルを握っていなかったから、最初はぎこちなかったけど勘を取り戻してからはスムーズに運転が出来るようになった。その為に教官には何か変な目で見られたけど。
その後、私達は5人揃って無事に卒業検定で合格を貰えた。
「あとは平針で試験を受けるだけだね! またみんな揃うかも?」
「だね、でも平針で落ちたらシャレにならないよね」
5人揃って浜松駅へ向かうバスに乗り込む。すると、最後に成美さんがニヤニヤ笑いを浮かべながらバスに乗り込んでくる。
「成美さんどうしたの?」
「あ、例のなんちゃって男子二人が卒検落ちてた。真面目に笑えて来た」
その言葉に、バスの中で笑い声が響き渡るのだった。
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