第27話 私の将来は?

 中学3年生になって、クラスでは何かと問題が多く出始めましたみたいです。

 やはり受験まで残り1年を切ると、何かとプレッシャーがかかってくるんですよね。ただ、幸いにして私のいるクラスでは、比較的穏やかな状況だと思います。


 まあ、私は相変わらずボッチですけどね。


 別に話しかければ答えて貰えますし、私も勿論ですが答えます。知り合い以上友人未満といった所でしょうか? 社会人になると交友関係は一気に希薄になりますから、私としては別に問題無いのですが。


 そんな日常を送っている私ですが、流石に小学生の頃とは違い、がり勉などと言われる事はありません。勉強が出来るという事で、一応は認めて貰えているみたいです。もっとも、試験順位も10番台から20番台とクラスでも私より頭の良い人は数人いるんですけどね。


「なあ、鈴木って金鯱志望だったよな?」


 何時もの様に自分の席で文庫本を読んでいると、3年生からクラスメイトになった橋本君が教室に入るなり声を掛けて来ました。


「うん、第一志望は金鯱だよ? 受かるかはまだ微妙だけどね。それがどうしたの?」


 橋本君は中学では剣道部に所属していて、仲の良かった先輩が進学した高校を目指していたはず? 今のクラスになってからの自己紹介でそんな話をしていたから、橋本君が態々私の志望校を聞きに来るのは何かあった?


「やっぱり、鈴木さんって頭良いからなあ。お姉さんも金鯱なんだよね?」


「うん、そうだけど?」


 橋本君の意図が判らず首を傾げる。


 そもそも、教室でこれだけ堂々と聞いて来るし、万が一にも恋愛絡みは無さそうだなあ。


 周りにいるクラスメイト達が、チラチラと此方を気にして聞き耳を立てているのが判りますね。


 2回目の人生でも、これまで告白だのラブレターだの貰ったのは、幼稚園の時しかありませんでしたね。まあ、幼稚園をカウントしないと駄目と言うのは悲しくなりますが。


「う~ん、まあいっか。剣道部にいる奴が鈴木さんがどこの高校志望か知りたがっててさ。でも金鯱かあ、今から頑張っても無理だよな。俺達馬鹿だしさ」


 ん? 何だろ? 思いもよらない回答が飛び出て来ました。


「え? 何? 鈴木さんを好きな男子が居るの? 誰々?」


「うわ、橋本有り得ないって、お前その頼んだ奴に恨まれても知らないぞ?」


 橋本君と私の話を興味津々に聞いていたクラスメイト達が、一斉に騒ぎ始めました。ただ、ちょっとこういうのって経験が無いんですよね。思いっきり顔が引き攣ります。


「ごめんね。そういう事じゃないかもだけど、あと1年は受験勉強で頑張らないとだし、今はそういう余裕はないかな」


「あ~~~、まあ、とりあえずそう伝えておくわ」


 周りは勿体ないだ、相手は誰だで賑やかに騒いでいるけど、中学生を恋愛対象には見れないんですよね。中身は37歳ですし、今の年数はまあ入れなくてもいいよね。


 ただ、この事が切っ掛けになったのかは判りませんが、3年生になってからクラスで何組かのカップルが生まれているらしいです。


「受験ストレスがそっちに向かったのかな?」


 まあ、そんな捻くれた感想を抱くのは、自分に色々と余裕が無いからですけどね。受験に向けての追い込みが凄いのなんの。1学期の期末テストの順位が過去最低の22番に落ちた時には、思わず顔が引き攣りました。


「日和、だから何でこんなケアレスミスするの? いつも落ち着いてって言ってるでしょ? 問題が解けない事より、ケアレスミスをまず無くす事!」


 帰って来たテストを見ると、解き方は合っているのに途中の計算をミスしていたりと凡ミスが多発していました。


「今回は、見直す時間があんまり無かったの」


 一応の言い訳を行いますが、お姉ちゃんがそれで納得する訳がないんですよね。


「それでも、落ち着いて解けば行けるでしょ? 文字ももっと丁寧に書きなさい。ここ書き写し間違っているよ」


「塾で見て貰うし、お姉ちゃんは自分の勉強をして?」


 帰って来たテストをもう一回見直しながら解き直していますが、何故か受験勉強まっさかりのはずのお姉ちゃんがピッタリひっついてるんです。


「日和、うちってお父さんもお母さんも放任主義だから、口煩く言うのって私しか居ないよね? だから嫌だと思うかもしれないけど、頑張れる環境にあるのって今だけなんだよ?」


「え? え? 私別にお姉ちゃんを口煩いって思ってないよ?」


 突然、真剣な表情でお姉ちゃんが話始めました。ただ、その内容に思いっきり焦ります。


「それが本当だったら嬉しいけど、でもね、考えて欲しいんだよね。これからの1年、そして高校に入って3年。この4年で自分の将来が大きく変わるの。そしてね、社会人になっちゃってからだとね、中々修正が出来ないと思うんだよね」


「え? えっと、うん。何となくお姉ちゃんが言いたい事は判るよ?」


 そもそも、私は社会人経験をしていますから。前の人生では高卒で就職しちゃいました。もちろん、それで幸せになる事も出来ます。ただ、結局は幸せな人生だったかと言えば、違うとしか言えません。学生時代にもっと真面目に勉強しておけば、そう思った事は何度もあります。


 これは、社会人になった人にしか判らないかもしれませんよね。


 小さい会社だったから、お給料もパッとしませんでした。テレビでよく言われる平均ボーナスなんて夢のまた夢だったよね。独身でしたから定年するまで働き続けたとして、どれだけ貯金が出来たか疑問です。きっと、寂しい老後になった気がします。


 そんな社会人経験者の私が、まさかの高校生であるお姉ちゃんにお説教をされちゃっています。


「今しか無いんだよね。頑張れるのって。そこで未来が大きく変わるの。勿論、頑張ったからって将来が幸せになれるかは判らないよ? でも、だからこそ頑張るしか無いと思うんだ」


 お姉ちゃんの話はさらに続きました。


「必死に勉強して、良い学校へ行ったからって幸せになれるかは判んないよ? でも、幸せになれる確率は上がると思うんだ。だから、お姉ちゃんも頑張るから、日和もがんばろ?」


 目線を合わせて語りかけて来るお姉ちゃんに、私はコクンと頷く事しか出来ませんでした。


「今の時期って、判っていてもどうしても感情が否定しちゃうときがあるんだよね。お姉ちゃんもそうだったよ? 無暗に反発したくなったり、自分の行動に言い訳をしたり。でもね、今頑張って手に職さえあれば、何があっても食べていける。資格や技術さえ持っていれば、歳をとっても、最悪一人になったとしても、生きていける思うんだよね」


 お姉ちゃんの思いが熱いです。本当に高校生の考えでしょうか?


「日和も早く目標を決めよう。学校とかじゃ無いよ? 将来何になるかを考えて決めるの。良く例に出されるけど、プロ野球選手になりたい人は、その目標に向かって小さい頃から頑張ってるよね。それでも厳しい世界なんだよね? 他の競技でも一緒だと思う。ただ、共通するのは、出来るだけ早く目標を決めてそれに向かって進む事なんだと思う」


 最近、色々と話をしてくれるお姉ちゃん。ただ、何か私より余裕がないって言うか、お姉ちゃんも受験だし、色々とストレスが溜まっているからなのかな? そんな事を、お母さんに相談しました。


「お母さん、何かお姉ちゃんが熱すぎる? あんなキャラクターだったっけ? 勉強を教えてくれるのは助かっているんだけど」


「う~ん、あの子は真面目だから。そう考えると日和はのんびり屋さんよね?」


 机にグテ~~~と俯せになって、私はお母さんと会話しています。のんびり屋ならもう少し精神的に余裕があるような気がするので、ちょっと視線を上げて抗議しました。


「のんびり出来て無いよ? 結構頑張ってると思うんだけど。お姉ちゃん程、頭が良く無いから」


「日和はいっつもそれ言うけど、お姉ちゃんが頑張ってるのは認めるんでしょ? それに、お母さんからすれば二人とも頭が良いわよ? よくこんな出来の悪い両親からこんな子供達が生まれたわね」


 そう言ってお母さんは笑うけど、それこそお母さん達の頃とは時代が違うんだと思う。お母さんの子供の頃って塾もそれ程盛んではなかったらしいし、女性で4年制の大学行く人は少なくて、短大が主流だったらしい。


「目標かあ。お姉ちゃんが言うように目標が決まってる中高生何て、ほとんど居ないと思うんだけどなあ」


「そうね、お母さんもそうだったわ」


「だよねぇ」


 ただ、お姉ちゃんが言いたい事は良く判る。私も社会人を経験しているからこそ、グサグサと胸に刺さって来るんだよね。


「日向は、自分と同じ様に日和にも貯金の事を話すと思ってるのよ。あれだけお金があれば、何もしなくても一生暮らしていけるわ。でもね、その怖さも薄々気が付いているんだと思うわ。本当に高校生かしら?」


「お母さん、それ私には笑えないよ。はあ、本当なら私の方がしっかりしなくちゃ駄目なのにね」


 ただですね、そもそも勉強を頑張る為の土台が私には無いのです。


 あれって子供の頃からの習慣が大きく影響すると思うんです。勿論、今の人生を歩いて来た幼少期があるからこそ、何とかなっているのは判ります。ただ、私を形作っている根底の部分は、前の人生での幼少期なんです。


「日向の期待に応えるためにも頑張りなさい」


「期待が重すぎる~~~」


 前の人生の記憶が無ければ、とっくに挫折している気がします。それこそ、勉強しているより本を読んでいる方が楽しいし、なんやかんやと言ってもやっぱり勉強って辛いんだよね。


「ふふふ、日和の言いたい事もお母さんは判るわよ。どんなに努力しても全てが報われる事は無いわよね? 社会人になったら、色んな理不尽が待ち構えているわ。だからいま学生のうちに、沢山楽しい事を経験しておく事も有りかもしれないわね」


「お母さん?」


 私は伏せていた顔を上げてお母さんを見ます。


「お母さんが言えるのはね。後で後悔しないように、それくらいね。」


「判るんだけど、判るんだけど~~~」


 再度机に突っ伏す私を、お母さんはコロコロと笑う。


「普通なら、娘に勉強しなさい! って言うのが親の役目なんだけど、楽で良いわあ」


「酷い、酷過ぎる!」


 お母さんの言う事は間違いじゃ無いんだろう。学生時代の大切さを、色んな意味で思い知るのは社会人になってからだ。


 親は自分の失敗を子供に繰り返させないように、そんな思いで口を酸っぱくする。ただ、それを頭では理解できても、感情面で理解できないのが10代の子供達なんだろう。


「私も思春期でホルモンバランスが崩れているんだよ。そのせいで勉強に身が入らないんだね!」


「馬鹿な事を言っていないで、後悔しないようにしなさいよ。前も、後であの時にもう少し頑張っておけばって思ったんでしょ?」


「ごもっともです」


 まさにぐうの音もでませんよね。


「そういえば日和が言ってた銘柄、設定した上限に行くわよ? 買いは停止で良いのよね?」


「あ、うん。あとは2006年からかな?」


 私は、毎月少しずつ幾つかの銘柄の購入を頼んでいました。売り時は多分10年以上先の話になると思うのですが、同時多発テロが起きなかった為に予想より値下がりしなかったのと、値上がりのペースが速い様に思います。


「いざ投資を始めて見ると、株ってやっぱりお金持ちが儲かる様に出来ているのよね」


 お母さんの言葉に、私は首を傾げました。


「だって、買った時より値段が高くなるまで持ち続ける余裕があれば、絶対に損はしないでしょ?」


「回復するかは判んないけどね。でも、その考え方自体は間違っていないのかな?」


 どうなんでしょうか? ただ、高い時に買えば延々と売れずに終わりそうですね。


「日和、どこら辺を落し処だと思っているの? 止める基準とかは決めてるの?」


「漠然とした所ならあるよ? 止める基準と言うか、稼いだお金で30部屋くらいの賃貸マンションを建てて、賃貸収入で暮らすの。1棟建てるのに土地込みで20億くらいで建たないかな? もっといるのかな?」


「ある意味、凄い目標ねぇ」


 ただ、前の人生で住んでいたマンションも、窓口はハウスメーカーだったんだよね。そう考えれば手数料がどれくらいとられるか判んないけど、賃貸料でのんびり暮らすのも悪く無いと思うんだよね。


「でも、あなた結婚はどうするの?」


「結婚? お姉ちゃんに期待かな? 私はいいや」


 ついつい前の人生を振り返ってしまい、そこら辺はお姉ちゃんに任せるつもりでした。


「馬鹿な事言わないで、貴方も努力しなさい! 今の貴方は優良物件よ? 容姿だってそんなに悪くないし、資産がある事も少しは自信に繋がるでしょ?」


「え~~~、お金があるから近寄って来る男なんて嫌じゃない?」


「馬鹿ねぇ、人は加減算なの。年齢は? 学歴は? 容姿は? 資産は? 家族構成は? そう言った点数の総合値がその人の自信になるの!」


 お母さんの何か変なスイッチを入れちゃった? 思いっきり私情が混じったような説明が始まっちゃいました。


「その総合点が釣り合えば、結婚生活も何とかなる物よ? 釣り合わないと悲劇ね。結婚後にその差分を苦労すると思うわ」


「うわぁ、何かすっごくありそうで嫌!」


「結婚相手を見極める目と情報も必要よ? 相手を良く知らずに付き合うなんて失敗のもとよ?」


「お母さんは、失敗したんだね」


「う~ん、結婚を決めて報告に行った時に違和感は覚えたのよね。でも、貴方達が生まれてくれてプラスになったから良いのよ」


 うん、お母さんはそこで情報収集に失敗したんだね。何か変な話になっちゃったなあ。


 私はまた机に突っ伏しました。

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