第25話 野田! お前が悪いのね!

 緑警察署で今回の事件を相談しようとした鈴木家は、そこでサイバー犯罪相談窓口を紹介された。そして、当初想像していた以上に丁寧な聞き取りの後に今回の事件を受け付けて貰える。


「あの、あとは私達はどうすれば」


 母親の質問に対し、聞き取りをしてくれた年配の警察官は少し考えた後に話し始める。


「そうですね、可能であれば夜遅くに出歩く事は控えていただいた方が宜しいかと。恐らく標的となっているお嬢さんに対し、犯人がどのような行動を起こすか予想がつきません。明日にでも学校にお邪魔して、その手紙と写真は預からせていただきますが、我々が動く事で犯人を刺激する可能性もあります」


 警察官の指摘に、親子は顔を見合わせて困惑した表情を浮かべる。


「あの、こんな事を聞いて良いのか判らないんですが、何時頃まで?」


「捜査の進展次第ですが、手紙や写真がありますから。地下街の防犯カメラの確認は任意協力が得られれば早いですが、それが出来ないと裁判所の指示が要ります。そうなると少しお時間を頂く事に。ああ、あと明日は学校を休まれた方が良いと思います。我々がお伺いしますので、何かと騒がしくなるかと。まあ、そこはお任せしますが」


 その後も、細かく質問する鈴木親子に対し窓口となった警察官は丁寧に説明してくれる。更には、警察官は警察署の外まで見送ってくれた。


 そして、サイバー犯罪対策課へと戻った担当警察官は、愛知県警のある部署へと連絡を入れる。


「緑警察署、サイバー犯罪対策課の小早川ですが、舞浜警視はお手隙でしょうか?」


 そして、しばらく待たされたのち電話口に相手が出る。


「例の要注意対象である鈴木家の母親と長女が先程署に来ました。どうやら何かに巻き込まれた様子で、被害内容などを聞き取りしております。はい、どうやら何者かに身辺を脅かされているようで、ただの嫌がらせとも思えるのですが」


 アメリカ大使館からの確認依頼以降、鈴木家は警察からマークされていた。そして、緑署へ鈴木家が訪れた際、署内の端末にて身元確認をした段階で、担当者も鈴木家の事に気が付いたのだった。まだ事件として成り立っていない中で、それもあっての親身な対応であったともいえる。


 その後、今回の件に関しては緑警察署ではなく県警が動く事となった。報告を終え電話を切った小早川は、手元の資料に目を通しながら首を傾げる。


「そもそも、この鈴木家って何者なんだ?」


 そこには、鈴木家の家族構成などが明記されており、もしその鈴木家が関わる何らかの犯罪や事件が発生した際には県警の専用部署へ連絡する事と大きく書かれていた。


 その翌日、早くも愛知県警の警察官が複数名で金鯱高校へと足を運ぶ。明らかに訪問を隠す気配すらなく、パトカー1台とワンボックスカーでやって来た警察官達は早々に職員室へと案内された。

 そして、今回の事件について、学校の責任者である校長と教頭、そして手紙や写真を所持しているであろう教師に対し説明を行う。


「あのですね、今回の事はあくまで生徒たちの悪戯であるかと、あまり事を大袈裟にせずに何とか。3年生は受験を控えた大事な時ですので、大事にせずお願いできませんか?」


 警察官を出迎えた校長と教頭、そして生活指導の教師は顔を引き攣らせながらも何とか警察官達に事件としない様に頼み込む。


「すでに事件として受領されている為、我々に事件をどうこうする権限は与えられておりません。申し訳ありませんが、手紙と写真をお渡し頂けますか?」


 責任者と思われる警察官が尋ねるが、一向に手紙と写真が出てくる気配がない。


「我々の捜査を邪魔するとなれば、公務執行妨害に問われますが?」


 その言葉でようやく教師は手紙と写真を警察官に手渡す。その証拠品を手袋をした手で慎重に受け取りながら、鑑識のマークを付けた男が慎重にビニールへと収納していく。


「ここからは聞き取りをお願いしたいのですが、失礼ですが校長先生と教頭先生は今回の事件を何処までお聞きですか?」


「1年生の学生が遅くまで制服で遊んでいるとの通報を受けたという事は聞いております」


「い、悪戯とは思ったのですが、我々も確認をしないとですね」


 しきりに汗を拭く校長と教頭を見ながら、質問をした警察官は残る生活指導の教師へと視線を向ける。


「何分、成績も良い生徒なので、万が一何かがあってはと、ご父兄をお呼びして確認をしただけです。事実無根であれば此処まで大事にするのはどうかと」


 そう告げる教師に対し、警察官は手紙がいつ届けられたのかなど、客観的な事実を聞き取って行く。


「教師である皆さんが教育のプロであるのに対し、我々も犯罪捜査のプロなんですよ。その犯罪のプロである私達が、この件は放置してはならないと判断しました。この意味はお判りですか?」


 一通り聞き取りを行った警察官は、無表情のままに目の前にいる3人へと話始める。


「いや、しかしですね」


「聞いてください。いいですか? 夜の地下鉄の駅構内、しかも人通りが少なくない。そこで周りを歩く人達や被写体に気が付かれずに写真を撮る。この意味が解りますか? 此処だけを見ても明らかに普通じゃない。被害届を提出した子や、ご家族は、この写真を見て背筋が凍った事でしょうね」


 警察官のその言葉に、漸く3人は沈黙した。


「地下街に設置された防犯カメラの映像も洗い出し始めています。この手紙や写真に指紋があれば、より特定は容易になるでしょう。常々思っていたのですが、貴方方教育者は少々勘違いされている。我々が動いたという事は、犯罪と思われる行為が確認されたからです。それを隠蔽しようとすれば、それも即ち犯罪です。そこをお間違えない様に」


 そう告げて応接間から立ち去ろうとした警察官は、扉の前で立ち止まって振り返る。


「ああ、それとですね。良くこれも勘違いされているんですが、虐めと言う犯罪はありません。あるのは暴行罪、恐喝罪などの歴れっきとした法律違反です。そこも間違えないでください」


 そこまで告げた警察官は、そのまま学校を立ち去るのだった。


 そして、警察官が訪れた金鯱高校では、生徒達がなぜ警察官がやって来たのかで大騒ぎとなっていた。


「なあ、何かあったのかな? 学校に警官が来るなんて普通じゃ無いよな」


「虐めとかかな? 誰か自殺したとか?」


「まじ? 今日休んでる誰かか?」


 すでに推薦試験などで大学に合格している生徒もいる。その為、3年生の中には出席日数に問題無い範囲で学校を休む生徒などもいる。この為、特に3年生を中心にさまざまな憶測が広がって行く。


 ただ、事件はその後あっというまに解決した。


 その決め手はやはり駅構内に設置されている防犯カメラだった。サリン事件の後、駅構内には複数の防犯カメラが設置される事となった。そして、その防犯カメラの1台にまさに日向を盗撮していると思しき人物がハッキリと映っていた。

 そこを起点に防犯カメラの映像を追いかけて行き、数日で対象を特定する。その後、写真や手紙に残っていた指紋と照合した所、金鯱高校3年の男子生徒へと辿り着いたのだ。


「結局は受験ノイローゼ? でもさ、何で日向がターゲットになったの? 接点はなかったんでしょ?」


 美穂の言葉に頷く日向だが、そこからが正にこの話のバカバカしい所だった。


「前に野田君がさあ、掲示板の前で長者番付が私だって騒いだよね? あれを聞いてて、何か妬まれたらしい」


「え? あれのどこに妬む要素があるの?」


「中途半端に聞いたみたいで、私が長者番付に載るくらい金持ちだと思い込んだんだって。それで、思うように成績が上がらないのと、受験へのプレッシャー、何かそう言うのが合わさっての犯行? ただね、家宅捜索をした際に、部屋からナイフとか色々とヤバ目の物が見つかったらしい。勿論、ターゲットは私」


 日向の説明に、美穂は思いっきり顔を引き攣らせる。そして、聞き耳を立てて日向達の話を聞いていたクラスメートたちもそれは同様だった。


「野田のやろう! どう責任取らせるか! あいつの所為で危うく日向が殺されるところだった! 勘違いで殺されるとか有り得ないから」


「うん、今回はマジで危なかったかも。すぐに動いてくれたお母さんや警察にどんだけ感謝してもし足りないよ。お母さんも顔を引き攣らせていたから。ただ、これって落し処が難しくて」


 今表立って出ているのは、あくまでも名誉毀損罪が主になってしまう。ナイフなどが自室から見つかったとしても、実際に日向が襲われた訳では無い。その為、傷害未遂にすら問う事が出来ない。


「あとは相手の両親と和解とかになるかも? ただ、釈放されてまた狙われないかは不安だけどね。まあ、精神的にきてるから、病院に収容されるみたいな事を聞いたけど。それに、今回の事で、今年の受験は終わったよね。来年も受けれるかは判んないけどさ」


 実際に進学校において精神を病む生徒は少なくない。受験のプレッシャー、生徒間の問題、それこそ自分より弱い者に対する虐めなど、進学校だからと言って少なくなるわけでは無い。


「結果は自分の努力次第なんだって言っても、綺麗ごとになるのかな」


「美穂が言う通りだと思うけど、頑張っても頑張っても中々結果がついてこない。そうなると不安やらなんやらで、潰れそうになるのも判らなくはないよ」


 美穂は思いもしていなかった言葉を聞き、目を真ん丸くして日向を見る。


「日向でもそんな風に思うんだ。すっごく意外だった」


「まあ、美穂ほどプレッシャーは掛けられて無いけどね。こういう時はサラリーマンの家で良かったって思うわ」


 日向の言葉に苦笑する美穂だが、恐らく日向の言葉は間違いではないだろう。


「追い詰められたら隠さずに言うんだよ? まあ、私で出来る事なんて限られるだろうけどさ」


「うん、最悪私が駄目でも日向が医者になってくれて、私を嫁に貰ってくれれば許す」


「うわ! 美穂が嫁かあ」


「何よ! 文句あるの!」


 そんな風にじゃれ合いながらも二人は、自分達が3年生になった今頃はどうなっているのかと思いを馳せるのだった。


 その頃、某所では愛知県警が纏めた報告書を見ながら、4名の男達が今回の事件について検証を行っていた。


『結局は子供が受験のプレッシャーで潰れただけか。ただ、これを放置していたなら姉が殺害されていた可能性はどれくらいある?』


『そうですね、60%以上かと。ナイフ数本に撃退用スプレー、さらには対象が通う塾からの帰り道迄調べていました。実際の所、いつ実行しても可笑しくなかったと報告にはあります』


『すぐに警察に相談し、被害を最小限に抑えたな。これは偶然か? 私の認識では、日本人はあまり物事を大袈裟にする事を好まない傾向にあると思っていたが』


『さあ、ただ今回の事に妹が関与したかどうかは不明です。もっとも、盗聴器を仕掛けている訳ではありませんから、家の中での会話迄は把握できていませんし、接点が無ければ関与を証明する事は不可能です』


『あと、これだな。娘二人の名義でまた株を購入し始めている。NAIAGARA、Orangeか、確かに悪くない選択だな。テロの時に提出された資料には、この会社などは記載されていたか?』


『いえ、そもそも、あのテロが起こらなければ未来は大きく変わる。その為に自分の記憶は意味を為さないと書かれていました』


 それぞれが資料を手に考え込む。


『テロが起こらなくとも時代の流れと言うものはある程度判るのでは? そう考えると、この選択も判らなくは無いですね』


『まあ、未来が不確定故にこの金額と言うところでしょうね。そうで無ければ全額を投資に回していますよ』


『我々も多少なりと購入してみますか?』


『職権乱用では? 職務上知りえた情報を使用し、不当に利益を得たと言われかねませんが』


『此処まで不確定な情報では、指摘もされんよ。それに、こんな面倒な職務なのだから、これくらいのお零れは欲しいね』


『まあ、そうですね。それでは、その恩恵を期待して警護レベルを上げるとしましょうか。投資情報も含めて』


 本気かどうかは兎も角、男達はそう言って笑いあうのだった。

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