第23話 投資再開と自分の未来
2002年も無事に終わって、早くも2003年に入りました。
ITバブルも終わって私の知っている未来が変わった事は確かなんですが、それでも同じように発展していく分野と言うのがあると思うんですよね。
「インターネットとか、ネットでのショッピングとかよね」
新聞の株価を睨みながら、もし買っておくなら今だよねという思いと、大損したらどうするのという思いが鬩ぎ合っているんです。ただ、今の私には資金的な余裕があるんですよね。
「お母さん、また投資したい」
思い切ってお母さんにお願いしました。
「え? でも、日和が知っている未来と変わっちゃったんでしょ?」
お母さんは私の話を信じてくれています。その為、今からの投資が必ず私が知っている通りに進むとは限らない事も理解していました。
「うん、でも、この先の世の中がどう発展していくのかは判ってる。だから長期的に見れば損はしないはず」
「日和が稼いでくれたお金だから好きにさせてあげたいけど、でもお母さんは心配なのよ?」
「うん、そこは判ってる。だから、全部とか無茶な事は言わない」
そう言うと、私は手にした紙をお母さんに差し出した。
「一度に買うと問題あるから、それぞれ焦らずに1億円くらいまで買い進めたいの」
私が書いた紙には、通販大手になるNAIAGARA、アパレル展開で大きくなるクイックショップ、あとOrange、ここも確か2003年から復調していくんだよね。本命はこの段階でまだ上場を果たしていないから、とりあえずこの3社の株を購入に走ります。
「証券会社の人とか、お伺いが来るんでしょ?」
うちが取引をお願いしていた証券会社では、我が家の事は伝説になっているそうです。幸い守秘義務などの兼ね合いで情報が流出する事は無かったんですが、我が家が次に何処へ投資するのか注目を集めているそうです。
「今は色々と見極めが厳しいからって言ってあるわ」
此処からは株価が上がったとして、売り時の見極めが難しいと思う。ただ、私のメモを見ても2019年頃まで寝かせないとだし、そもそも下がっても今の購入金額まで下がる事は無いはず? という事で、お母さんにお願いして株の購入をお願いします。
「あ、お母さんとお姉ちゃんの分はどうする?」
「お母さんはもう投資は懲り懲り。これ以上お金があっても使い道は無いし、貴方達に相続するときに税金が凄い事になるだけよ? でも、日向はどうしようかしら? もう貯金の事は話してあるし、本人に聞いてみるわ」
うん、確かにそうなんですよね。これ以上お金があってもどうするのって思わなくは無いんです。ある意味、一生分のお金はすでに稼いじゃってるんですから。
「私って強欲なのかなぁ」
思わずそう言葉にしてしまう。
高確率で儲かるとは思うけど、幸せになるのに其処迄お金が必要かと言えば、多分要らない気はします。それでも、お金が増える可能性があって、何もしないと言うのも私の精神的にちょっとなんです。
「そうねぇ、日和もお母さんとは別の意味で貧乏性なんだと思うわね。それとも、小市民というべきかしら?」
「お金儲けをしようとするのが貧乏性なの?」
お母さんの言う事が今一つ理解出来なくて、首を傾げました。すると、お母さんは笑いながら頭を撫でてくれます。
「日和はいま、約30億円のお金を持っているわよね?」
「うん」
お母さんの言葉に素直に頷きます。相変わらず笑顔のままでお母さんは私に質問します。
「こんな聞き方でいいのか判らないけど、日和、30億円ってどれくらい大金だと思う?」
「え? えっと、30億円だから凄い金額?」
「そうよね、凄い金額よね。でも、その凄い金額を持っているって自覚が、日和にあるのかしら?」
そのお母さんの言葉を自分なりに考える。そして、お母さんが何を言いたいのか考えてみる。
「全然自覚がないと思う。っていうか、全く無い。凄い金額って思うけど、それがどれくらい凄いのかは良く判らない」
前の人生も含めて実際に手にした事がある金額は100万円未満だ。前の人生で車を購入したのが私にとって一番大きい金額かなと思うけど、あれもローンだった為に数字が私の前を行き来しただけだった。
「そうね、お母さんだって10億円くらいまだ持っているのよ? でも、その10億円を何かに使うのかって言われても、使い道が思い浮かばないわね。
贅沢したいかって言われても、どうしても周りの目を気にするし、そもそも贅沢って思う段階で貧乏性なんじゃないかしら? とは言っても、我が家って実は毎月赤字なの。日々貯金は目減りして言ってるんだけどね」
そう言って笑うお母さんだけど、聞き捨て出来ない内容が含まれていました。
「え? うちって毎月赤字なの!」
「お父さんとお母さんのお給料で、遣り繰りは出来て無いのは確かね。もし日和の御蔭で株で儲かっていなかったらって思ったら怖いわ。もしそうなっていたら、どうやって遣り繰りすれば良いか思いつかないわね」
お母さんの話を聞きながら、私の記憶にある前の人生と比較してみる。すると、塾だって今のようにお高い塾では無く、普通の家の傍にある塾だった。普段の食事も、今ほどお肉などを食べていただろうか? そう考えれば出費は確実に増えていると思う。
「お母さんの作ってくれるコロッケとか好きだよ?」
そこで思い出したのは、お母さんが作ってくれるジャガイモのコロッケだ。俵の形をしていて、それこそ中にはジャガイモしか入っていない。でも、コショウが効いていて私の好物の一つだ。
ただ、今思うと最近は全然食べて無い気がする。
「ふふふ、日和がそう言ってくれて嬉しいわ。あれも節約料理の一つだったのよ? ジャガイモと調味料しか使ってないから。でも駄目ね、お金に余裕があると思うと、どうしても手軽に作れる料理になっちゃうわ。あれ、手作りするの結構大変だから」
そう言って笑うお母さんだけど、今更ながらに子供二人を育てるのは大変だったんだと痛感していた。
「お母さん、頑張って育ててくれてありがとう」
「あら、どういたしまして。代わりにお母さん達の老後はお願いするわね?」
そう言ってウインクするお母さんに、私は思わず噴き出した。
「頑張って長生きして、親孝行出来るようにする」
「出来れば孫もお願いね? 日和の話に子供の話が出た事が無いから、お母さんちょっと心配してるの」
「え? あ、えっと」
思わぬ突込みに思いっきり口ごもってしまう。
「未来は変わったんでしょ? それなら、此処からは自分次第よ?」
うん、未来は変わった。ただ、変わったからと言って私が前の人生で身につけてしまった考え方が変わる訳では無い。それどころか、前の考えに引き摺られている事の方が多いかもしれない。
「日和は、もう少し自分に自信を持っても良いと思うわね。自分に自信を付ける為にも、勉強も頑張りなさい。勉強は、貴方の可能性を広げてくれるわ。
まあ、日向の受け売りですけどね。日向が何であそこまで手に職を付けるって言うようになったのかは判らないけど、お母さんも間違いでは無いと思う。まあ、努力を怠ったお母さんが言う事じゃ無いけどね」
「ううん、お母さんありがとう。お姉ちゃんは、多分だけど美穂さんの影響が大きいと思う」
「そうね、良い友達が出来たわね」
実際に、お姉ちゃんに何があったのかは判らない。美穂さんと仲良くなったことが大きいのだと思うけど、そもそもの切っ掛けが何かを私は知らない。
ちょっとした変化が、後々に大きな変化へと繋がって行く。お姉ちゃんを見ていると特にその変化が大きい。
「バタフライエフェクトかあ」
「そうかもしれないわね。ただ、日和はこの後どう変化していくのかしら?」
「判んないけど、やっぱり前の人生に影響されてはいるかな? どうしても他の子と同じように騒ぐのが精神的に疲れちゃって、学校だと思いっきり浮いちゃってる」
「あら、虐めとかは大丈夫なの?」
「そこはまあ、何せ前の人生の記憶もあるから何とでもなるよ」
心配そうに尋ねて来るお母さんに苦笑をしながら答えた。まあ、実際には其処迄簡単に何とかなっていたら苦労はしないんだけどね。ただ、元来私は一人でいる事を苦にしない。社会人になれば、そもそも友人関係など一気に希薄になってしまった。その記憶も助けにはなってくれている。
その後、お父さんが帰宅してきた為に、私はお母さんに再度投資のお願いをして話は終わる。
「本当にまだ投資するの? 一生分のお金はもうあるのよ?」
私の投資再開に、お母さんは何方かと言えば反対なのだと思う。お金は必要だけど、持ちすぎるのもどうなのか。その答えは残念ながら私は持っていない。
自分の部屋に戻って、ベットに横になりながら考える。
「これ以上お金を稼ぐのは、強欲なのかな? お母さんにはキリが無いわよって言われちゃったけど」
ただ、目減りしていくお金を見ているのも気分的には嫌だし、そう考えると将来的に安定した何かが欲しい。
「お姉ちゃんが言う手に職をっていうのが一番健全なんだろうな」
ただ、一度投資という甘い汁の味を知ってしまった。これがどうしてもなんですよね。
今回の投資は最短でも10年以上は寝かす事になると思う。だから毎日気にしなくて良い分、気持ちは楽。
そして、何時もの様に学校へと行って自分の席へと座る。すると、隣の席の男子が声を掛けて来た。
「よお、がり勉2号」
そうなんですよね。不本意ながら私の渾名は、がり勉にされちゃいました。まあ、1学期のテストの成績もあるんでしょうけど、時間が空いてやる事が無いと持ち込んだ文庫本を読んでいたのも良く無いみたいです。ちなみに、1号は佐野さんです。
「志田君、その渾名止めてくれる? ハッキリ言って不快なんだけど」
「え~~~、だってお前ってがり勉じゃん。間違った事言ってないぞ?」
この志田というガキは、2学期の席替えで隣の席になってから何かと絡んでくる。クラスで大騒ぎする時の中心になっている為、私としては非常に苦手で扱い辛い。
「だいたい、お前っていっつも勉強してるよな。楽しいか?」
「余計なお世話」
前に話していた佐野さんとも、席替えで席を離れたら話す機会が激減した。まあ、今もお互いに塾の課題に追われているのは同じなんだけどね。ただ、結局、佐野さんは私と同じ塾には変わらなかった。佐野さんは口にしないけど、月々の塾代がネックにになったみたい。
佐野さんとは、何となくそこから余所余所しくなっちゃったんだよね。
実際に子供の学費なんかは天井知らずな所がある。それこそ、お姉ちゃんが通っている塾は、年間100万円近い塾代と夏期冬季などの講習代などが掛かっている。
普通のサラリーマン家庭だと通わせるのは無理だよね。この頃から既に教育格差は始まってたんだなあ。
前の人生では其処迄考えていなかったし、それ程学校とかに拘っていなかったから判らなかったんだろう。
そう言えば前の人生で、お姉ちゃんが小春ちゃんを必死になって塾とかに通わせてたのってこういう事なのかな? まだ小さいのに可哀そうって思ったのを覚えている。
どっちが正しいか何て、其れこそ大人になってからしか判らないのかな。
必死に勉強して良い学校へ行ったから幸せになれるとは限らないし、そこまで頑張らなくて普通に生きても幸せになれる人もいるだろう。
結局は運なのだろうか? ただ、それはそれで違うと思うし、努力というものが必ず必要になるのは変わらない。
あなたは何処で努力するの? 今? それとも将来? その結果は?
私が自問自答していると、邪魔が入る。
「おい、がり勉。何ぶつぶつ言ってるんだよ」
「志田君には関係無いから気にしないで」
私がそう言うと、頬を膨らませて前を向いてしまった。
はあ、難儀な2学期になりそうだなあ。
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