第22話 中学生になって

 アメリカでは昔からスカイマーシャル制度というものがあったみたいです。突然何をと言われるかもしれませんが、ハイジャックに対する対策強化の見直しがアメリカで行われており、そのスカイマーシャル制度も新たに改善されていたそうです。

 当初は、あくまでも試験的に行われていたそうですが、その中で実際に複数のハイジャック犯を逮捕拘束したのが昨年の9月だった?


「よかった~~、これでもう同時多発テロは発生しないよね」


 9月11日のアメリカ同時多発テロ事件。新しい人生を歩んでいる私にとって、常に頭の片隅にあるのがSFなどでよく言われる歴史の修正力です。9月11日には発生しなかったけど、いつか発生するのではないかという疑念が付きまとっている中でアメリカ政府が飛行機へ搭乗する際の規制強化を発表したんです。


『もし我々が油断をしていたならば、どれだけの被害が発生していたか。そして、この最凶最悪のテロを計画した者達に対し、我々は・・・・・・』


 すでに5月に入り、半年近く前の出来事を今アメリカ大統領が演説している。そして、世界全体にテロの脅威を訴え、テロを計画する者達への制裁が始まった事を宣言した。


「どうなって行くのかな?」


 アメリカ世論はテロ事件を経験していないが故に賛否両論、それよりは経済対策へ、失業問題へ政府の援助を期待している人が多い。


「こうなってくると、あの事件の悲惨さを知っているのって、私だけなのかもしれないなあ」


 ただ、私が知ってい歴史とは大きく変わってしまった。その為、もう私にできる事は無い。


 私は気持ちを切り替えて、ここ最近習慣になりつつある自分の未来を考えるというか妄想する?


「う~ん、このまま何もしなくても貯金は30億円以上あるんだよね? 普通の生涯獲得賃金って2億円から2億5000万円くらいなんだよね」


 もっとも、これも前の人生での知識であり、未来が変わってしまった今ではもう少し上がるのかもしれない。


「どうするのがいいかなあ。ただ減って行くのを見るのも嫌だけど、2億円くらい減っても誤差って気もしちゃうし。でも、私が死んじゃったら半分は税金で取られちゃうんだっけ?」


 もっとも、その時に誰に相続するの? という思いが同時に沸き上がるんだけど。


「結婚かあ、するのでしょうか?」


 今一つ実感が沸かない。そもそも、結婚相手に対し貯金の金額をどう伝えるの? という問題もある。下手すると相手の人生まで狂わしちゃいかねない金額です。


 ふみふみと一人で悶えながら考えていると、ノックと共にお姉ちゃんが部屋へと入って来ました。


「ん? 日和は何してるの?」


「えっと、大きなヒヨコのぬいぐるみと戯れてる?」


 思いっきり見たまんまだと思いますが、他に何と言えば良いのか判らない為素直に答えますよ。


「……そう、まあ別にそれは良いのだけどさ、何かお母さんが呼んでるからリビングに来て」


「は~い、何だろう?」


 夕飯は既に食べ終わって、お風呂も入っている。何か伝えたいなら伝える機会はいっぱいあったのに、今声を掛けるという事はお姉ちゃんの帰りを待ってたのかな?


 お姉ちゃんに連れられてリビングへと向かうと、お母さんがテーブルの上に2台の真新しい携帯電話を置いて待っていた。


「うわ! 携帯電話だ! しかも最新のカメラ付きだ!」


「おおお~、携帯電話だ」


 どうやらお姉ちゃんが私を呼びに来ている間に、隠していた携帯電話を取り出したみたいです。お姉ちゃんは大喜びで携帯電話を手に取っていますが、私はちょっと困惑しています。


「日向は帰って来る時間が遅いし、欲しがっていたでしょ?」


 うん、お姉ちゃんは友達の美穂さんが携帯電話を持っているので常々欲しがっていました。既に高校に合格した段階で自分の預金残高を教えられているんですが、お母さんが良いと言ってくれるまで買うのは止めていたみたいです。


「あのお金は、将来の為だから。いま何か欲しいからと言って、あのお金を使うのは違う気がする」


 お姉ちゃんはそう言って通帳をお母さんに返したそうです。そして、今も月々5000円のお小遣いで遣り繰りしています。


「え? お母さん良いの?」


「ええ、その代わり家に帰ってきたら此処に置くのよ。部屋への持ち込みは禁止です」


 うん、部屋に持ち込んじゃって遅くまで電話をしているって話は既にチラホラ聞くそうです。そして、この頃だとまだ料金制度がなんなので、中々に怖い金額が請求されちゃうんですよね?


「私は貰っても使い道が少ないよ?」


 私は、目の前にある携帯電話を手に取ってみます。でも、まだ中学1年生ですから使い道がないですよね。あまりこう言っては何ですが、私って友達の数も限られているんですよ。更に言うなら、周りを見ても携帯電話を持っている同級生が殆どいません。


「日和の携帯電話は悩んだんだけど、日向にあげるのに日和にはあげないって言うのもどうかと思っちゃってね」


 成程、お母さんの気遣いからでしたか。ただ、持て余すと思うんですよね。


「月々の基本料金もかかるんだよね? 勿体ない気がする。それよりお小遣いが上がる方が嬉しいかも?」


「あ!」


 私の言葉にお姉ちゃんがその手もあったかという感じで反応しました。


 この先の将来の事は妄想はするんだけど、実際には庶民感覚が抜けないんです。今年貰ったお年玉でお財布を買う時も、金額は5000円くらいのちょっと良いものを買おうとして即断できずに悩みに悩むんですよね。


「あって困るものでもないでしょうし、日和も今後は塾なんかで帰りが遅くなるでしょ? 何があるか判らないから持っていなさい。日向は高校生になったからお小遣いは上がったでしょ? 日和は我慢なさい」


「「は~~い」」


 結局、お母さんの意見に押し切られて外出時にはマナーモードで携帯電話を持ち歩く事になりました。




 そこから更に時間が進んで、1学期も夏休みもあっと言う間に過ぎて行きました。


 英会話教室や受験しないにもかかわらず中学受験用の塾などに通っていた為に、幸いにして一学期の中間テスト、期末テストは共に学年で2番と好スタートを切る事が出来たんです。でもですね、1年生の夏休みから夏期講習ってどうなのでしょうか?


「馬鹿ねぇ、毎日の積み重ねがいざという時に生きて来るのよ? 夏期講習でちゃんと自分の苦手な所を補いなさい」


 こうお姉ちゃんに言われてしまうと何も言い返せないんです。これが、普通の中学生なら反発するかもしれませんが、何と言っても中身はアラフォーです。私の事を思って言ってくれているのが判るだけに、逆らう事が出来ないんですよね。


「日和は自分に甘い所があるから、やってもやらなくても良いってなると大体やらないでしょ? だから、周りの環境から固めないと駄目だよ」


「う、ぐうの音も出ません」


 流石は小学校の頃から私の勉強を見てくれているお姉ちゃんです。思いっきり私の欠点を把握されていました。生まれ変わったからと言って、そうそう根底にある性格って変わらないんですよね。


「でも、一応、頑張っているよ?」


 何せ学年で2番の成績です。前の人生では取った事が無い順位です。


「いまはまだ1年生の一学期だから、ここでしっかり理解しておかないと二学期から一気に学習内容が飛ぶからね。そこでついて来れなくて成績が下がって行く子もいるから」


 という事で、夏期講習には全部参加させられました。


 そして、私がその事を学校で愚痴っているのは、中学に入ってから仲良くなった佐野さんです。名前順の席という事で私の前の席にいて、更にはお互いに日々の塾が出してくる課題なんかに追われていて、何となく話すようになりました。


「小学校で頭の良い子はだいたい私立へ進むから、そもそも公立中学のレベル差は大きいよね。ゆとり教育って言われて、それで大丈夫なのか不安に思った人達が挙って中学受験させはじめたから」


 成程、そんな経緯があったんですね。思いっきりゆとり世代真っ只中で過ごした記憶がある私は、そういえば就職した後も何かとゆとり世代だ何だと言われ続けました。


「東京なんかだと特にその傾向が強いみたい。御蔭で中学受験専門の塾も増えて来てるらしいよ。ただ、そう言った塾は中々にお高いらしいけど。私も受験するかどうか悩んだんだよね。ただ、私立行って、更に良い塾となるとお金がね」


 佐野さんは中間、期末とともに私を抜いて学年1番を取った才女? 席が近かったのもあるけど、比較的生活環境が近いという事も有り仲良くなりました。


「そっかあ、まあ私立は高いから選択肢になかったんだよね。お姉ちゃんからも私立は金銭的に無理だよって言われていたし」


「え? そうなの? でも、鈴木さんが前に言ってた塾ってそこそこ高いよね? だからてっきりお金持ちかと思ってた」


 私の言葉に佐野さんは驚いた表情をする。


「お父さんは普通のサラリーマンだよ。共働きだから多少は余裕があるのかもしれないけど、お金持ちじゃあないかな? 子供二人を学校に行かせるのは大変みたい。それに、お姉ちゃんの受け売りなんだけど、受験の合否を決めるのは圧倒的に塾のレベルと本人のヤル気だって」


 まあ、実際には貯金が凄い事になっているんですが、その事は内緒なので公にはこういう事になりますね。


「うわあ、何か意外だった。鈴木さんって落ち着いているし、他の子に比べて大人っぽいから絶対に良い所の子だって思ってた」


 まあ、くどいようですが中身は大人ですからね。みんなとキャッキャウフフと騒ぐにはメンタル的に厳しい物があります。


「お姉ちゃんが通っていた塾だから、ほかの塾とか良く判らないし、それならお姉ちゃんが勧める所でいいかなって」


 私は、お姉ちゃんが3年生の時に通っていた塾へとそのまま入ったんですよね。そもそも高校受験向けの塾なので、お姉ちゃんは高校生になった段階で通わなくなったんですが、代わりに私が入塾する事になったんです。


「そっかあ、お姉さんが行ってた塾なんだ。そういえば、何か鈴木さんのお姉さんって、先生達の間でも有名? テストの返却の時とかも先生から声掛けられていたし」


 そうなんですよね。やはり先生達の中でお姉ちゃんの印象が強いみたいで、何かと先生達に声を掛けられる。そのせいで良い意味でも、悪い意味でもクラスで目立つ事になってしまってる。


「まあ去年の卒業生だし、成績良かったから金鯱へ進んだのも大きいと思う」


「え! 金鯱に合格したの?」


 名古屋の公立高校では一二を争う進学校。その為、佐野さんは驚いたみたいだった。


「うん、今年の合格者はお姉ちゃんとお姉ちゃんの友達の2名が受かったって言ってた」


「凄い! うちの中学から合格者が出てたって知らなかった。いいなあ、金鯱。私も第一志望なんだよね。鈴木さんも目指しているの?」


「一応? うちはやりたい事や、目指す物がなければ取り敢えず勉強しなさい。それが将来の助けになるからって言うのが方針なんだよね」


「やりたい事と目指す物? 何となく言いたい事は判るけど」


 私の言葉に、佐野さんは少し考え込む。


「うん、それと絶対に手に職を付けなさいって、将来何かあっても手に職さえあれば何とかなるって言うのがお姉ちゃんの持論」


「何か凄そうなお姉さんだね。でもそっかあ、私もそこの塾に変わろうかな」


「今通っている所は今ひとつなの?」


「どうなんだろ? でも、今年金鯱に合格した人はいなかったはず」


 佐野さんの言葉に、私はただ合槌をうつ事しか出来なかった。

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