第21話 お姉ちゃんの高校合格

 私は、無事に目指していた公立高校へと入学する事が出来た。通っていた塾での判定もA判定を貰えていたし、一応滑り止めで受験していた私立の進学校も、問題無く合格していた。そのお陰で幾分は気持ちも楽に試験を受けられたのだけど、それでも合格が判るまでは何かとイラついたりしていたように思う。


「あったよ! ほら、あそこに番号がある!」


「え? どこ? あ、あった!」


 学校の前に貼り出された合格者番号、それを美穂と一緒に確認に来ていた。そして、共に番号がある事にホッとすると共に、お互いに手を取り合って喜びを表現する。


「これで最低3年間は一緒の学校だ!」


「うん、その後も一緒の学校に行けるように頑張ろう!」


 残念ながら同じ高校を目指していた里美は、願書提出の段階で学校のランクを落としたために同じ高校には通えなくなってしまった。


 まあ、中学3年生になってからの追い込みでこの高校は厳しかった。2度目の学生生活と言うちょっと反則を使っている私ですら、中学生レベルの勉強でも苦労はしていたんだ。良く勘違いされるけど、私は典型的な秀才タイプでコツコツと毎日ちゃんと勉強をして、地道に積み上げていくタイプだ。


 そして、公立の進学校を目指す人達の多くが、そうやって頑張って来た人達だと思う。


「ここはまだ通過点だからね。でも、受かってホッとしたわ。親戚連中もこれでしばらくは黙るかな?」


 美穂はそう言いながらケラケラと笑っているが、普通の公立中学へ進学した事で親戚たちからの当たりが結構きつかったみたいだ。


「医者の一族っていうのも大変だね。そもそも、それが嫌で美穂の従妹達は医者にならなかったんでしょ? それを思うと懲りないねぇ」


「そうなんだよね。自分所の子供を医者にしてから文句言えって」


 合格発表を見た後に、近くのファミレスで二人で食事をしながら話をしていると、美穂の持っている携帯電話が鳴り始めた。


「は~い、おお~、やったね! おめでとう。私も日向も受かってたよ。まあ、落ちるとは思っても居なかったけどね!」


 掛かって来た電話の相手は、どうやら里美の様だ。そして、電話の様子では里美も無事に公立高校に合格したのだろう。


「どうする? これから会う? え? ああ、うん、じゃあ横川さん達にもおめでとうって言っておいて。うん、またね!」


「里美はあっちで捕まったか」


 電話を切った美穂に聞くと、やはり同じように合格発表を見に来ていたクラスメイトに捕まったらしい。


「うん、まあ、これから一緒の高校に通うのなら、そっちを優先させるべきでしょう」


「そうだね。となると、これからどうしよっか?」


 元々は里美の連絡をまって、これからお疲れ様会でもしようかと思っていた。ただ、万が一誰かが不合格だったらという事も有り、何となくそういうつもりで決めていた訳では無い。


「あ、日向も家に電話しとく?」


「ん~、まあ、日和あたりが連絡を待ちわびてそうだよね。そこで電話して来るからいいよ。ありがとう」


 美穂は携帯電話を貸してくれようとするけど、それを断って財布からテレホンカードを取り出して、ファミレスの入り口横にある公衆電話へと向かう。


「あ、日和? うん、合格してた。ありがとう。まあ、大丈夫だと思ってたけどね。美穂とお昼してから帰るから、お母さんにもそう言っておいて」


 受話器の向こうでは、私以上に大喜びをする日和がいる。そこまで大喜びしてくれる事に、何か照れ臭くなって早々に電話を切った。


「後で文句言われそうだね」


 家に帰ったらプンプン怒っていそうな妹だが、あの子も本当に素直に育ってくれた。前の人生では、中学高校と家族とは接点が薄かっただけに、どうしても素直に好意を向けられると後ろめたくなる。


「どうだった?」


「思いっきり喜んでくれた」


「日和ちゃんは可愛いねぇ。誰かさんはこんなに捻くれてるのに」


「美穂にだけは言われたくないなあ」


 自分でも、自分の事を素直ではないと思ってはいる。ただ、この友人は素直でないだけでなく天邪鬼な所がある。それ故に時には凄く面倒くさいのだ。


 そして、ファミレスで食事をして、何故か一緒に記念の写真を撮ろうという事になった。


「ねぇ、なんで此処?」


「え? うちが何時も使ってる写真屋さんだよ?」


 てっきり何処かでプリクラするだけの積りだった私は、美穂に案内されるままに写真屋さんへと連れて来られていた。


「せっかくの記念だし、どうせなら綺麗に撮ってもらいたいでしょ?」


「まあそうだけどね」


 最近はデジカメも普及し始めている。ただ、未来の知識をもっているからこそ売られているデジカメには手を出し辛い。


 値段と写真の質が合わないし、印刷するのも面倒だからなあ。


 撮影して、後日その写真を引き取る事となる。そして、ここで美穂と別れて帰宅した。すると、家には珍しく母が帰って来ていた。


「日向、高校合格おめでと~~」


「お姉ちゃんおめでと~~」


パンパン! パンパン!


 玄関から家に入ると、バタバタと走って玄関までやって来たお母さんと日和が、クラッカーを鳴らして出迎えてくれた。


「吃驚した! よくクラッカーなんて売ってたね」


「ふふふ、今日という日の為に予め用意してあったの」


「無駄にならなくてよかったね。無事に合格していました。応援してくれてありがとう」


 ドヤ顔で言い放つ母に、あれ? こんなお茶目な人だったっけ? と思いながら、とりあえずお礼を言った。


「あのね、今日はお母さんがミートローフを作ってくれるの!」


 我が家のお祝い時の定番メニューに、私も思わず頬が緩む。そして、ミートローフに喜ぶ日和の頭を撫でる。


 その後、父が比較的早めに帰宅した為に家族4人揃って食事をした。その際に夕方合格を聞いてきた父が、会社の人達に自慢しまくったらしい事を知って私達は苦笑しか浮かばなかった。


「お父さんは相変わらずだね」


「まあね、ただ是であの人の実家も貴方達に何も言わなくなると良いわね」


 父と日和はすでにお風呂に入って眠ってしまった。その為、母と二人でリビングでまったりとしながら話し込んでいる。


「今度は日和に矛先が向きそうで嫌だなあ。今年のお正月は私の受験であっちに行かなくて良かったけど、お父さんの事だから近々自慢しに実家に行こうって言いそう」


「そうねぇ、言いそうねぇ」


 次男だった父は、何かと兄と差別されて育ったらしい。長男は両親が学費を出して私大に通わせたが、次男の父は奨学金を借りて大学に通った。長男という事で常に優遇されてきた兄に対し、父は屈折した思いを持っているのも仕方が無いとは思う。


「自分の子供を巻き込まないで欲しいんだけどなあ。お父さんの実家とは関わりたくない」


「そうねぇ、でもお父さんだって素直に貴方達を自慢したいのよ? うちの子はこんなに優秀なんだぞってね。そうでなくても親は子供を自慢したいものよ?」


「う~~~ん、お母さんならともかく、お父さんだからなあ」


 私の様子に母は思いっきり苦笑を浮かべている。ただ、そろそろ私も寝ようかなと思っていると、母が真剣な表情で尋ねて来た。


「日向、貴方が将来どう考えているのか聞いても良い?」


「え?」


 私は今まで自分の将来を母に相談した事は無い。ただ、私がよく日和に手に職を持たないと駄目なんだと言っているのを聞いている。その為、薄々私が医者を目指している事に気が付いているだろう。


「うん、別に隠している訳じゃ無いから。出来れば医学部に進学して、お医者さんになりたいと思ってる。高校での頑張り次第だと思うけど」


 ただ、調べれば調べるほどにそう簡単ではなさそうだった。なぜなら、私が通う事が可能な医学部は授業料から考えて国公立しかない。


 美穂は4月から医学部専門の予備校へと通う事に決めた。そして、そこで学んだテキストなどを、私にも回してくれると言ってくれている。そこまで美穂に甘えるのもどうかと思ったけど、将来返してくれれば良いと言われて甘える事にした。


「そう、日向はすごいわね。私は医学部なんて思いもしなかったわ」


 そう言って笑いながら、母は突然通帳を取り出して私へと差し出してきた。


「え? 通帳?」


 差し出された通帳には、鈴木日向と私の名前が書かれている。私は通帳を手に取って中を見ると、そこにはとんでもない金額が記載されていた。


「うわ! なにこれ、えっと、一、十、百、……え? 30億以上って。なにこれ? 本物? ドッキリ?」


 有り得ない金額に呆然として母を見る。すると、目の前には笑顔を浮かべた母の顔があった。


「前に宝くじに当たったって言ったけど、あれは嘘なの。本当は株で大儲けしたの」


「え? 株?」


 母の言葉がまったく理解できず、母の顔と通帳を何度も見比べる。


「本当はこの話をするのは、貴方がちゃんと社会人になってからにしようかと思ってたの。でも、今の貴方を見て考えを改めたわ。これで、医学部向けの塾にも行けるし、私大の医学部も検討できるでしょ?」


「え? 真面目に? 冗談じゃ無く? これ本物なの?」


 想像だにしていなかった事に、未だに私は訳が判っていなかった。そして、母の話を聞くうちに、漸くこれが本当の事だとわかった。


「だから頑張るのよ?」


「うん、うん、お母さんありがとう」


 知らず知らずに頬を涙が伝っていく。そんな私を母は抱きしめながら、ぼそりと呟いた。


「お父さんには絶対に内緒よ?」


「え? そうなの?」


 抱きしめられた状態で顔を上げると、母が真顔で私を見つめる。


「あの人に知られたら、そこら中に自慢して、下手すれば家族みんな事件に巻き込まれたりして碌な一生にはならないわ」


「……そうかもしれない」


 母の言葉に、私は以前にあったお母さんの宝くじ当選の時を思い出した。あの時も、絶対に内緒だと言われながらも、翌日には宝くじ当選を会社中に自慢していた。


「下手したらお父さん仕事辞めて遊び惚けそう」


「お母さんもそんな気がするわ」


 ただ、改めて通帳にある金額を見るが、ぜんぜん現実感が湧いてこない。


「どこをどうやったらこんな金額を稼げるの?」


「WAPOOの株を買ったの。上がるって言われてたから思い切ってお婆ちゃんにまでお金を借りて突っ込んだわ。売り切るまで怖いのなんのって大変だったのよ? もうやりたくないわね」


 そう言って笑う母の顔は、とてもそんなに大変だったようには思えない。


「でもさ、もうこれって遊んで暮らせるよね?」


「馬鹿ねぇ、そんな事したらきっと後悔するわよ? 間違いなく碌な人生を送らないわ。いい? 日向が結婚する人が現れたとしても、絶対に内緒にするの。お金は怖いんだから」


 真剣な母の表情に、私はただただ頷く。そして、ここで前にテレビの報道番組で騒がれていた長者番付を思い出した。


「ねぇ、お母さん。もしかして、長者番付で騒がれていたのって」


「ええ、貴方達の事よ? 特定されないようにカモフラージュするの大変だったんだから。

 まさか長者番付に載るなんて直前まで思っても居なかったから。大金何か持ってるって判ると、誘拐とか犯罪に巻き込まれる可能性が高いって言われて、バタバタと不動産屋さんを回ったり、ここで頑張らないと二人に何かあったら取り返しがつかないって必死だったのよ?

 もう経験したくないわ」


 私は、笑いながら話す母を見ながら、そうか、当たり前だけど同じ金額を日和も持っているんだと背筋が寒くなるのだった。

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