第20話 世の中は穏やかに恙なく?
その後、わたしとお母さんはドキドキしながら運命の9月12日を迎えました。アメリカとの時差によって、もしテロが起こるとすると日本では9月12日の夜になるという事だったんです。
「何かすっごく怖い」
「そうね。でも、日和はやれる事はやったと思うわ」
私は普通のサラリーマンの家に生まれた子供だ。何かしら発言に影響力がある訳でも、事件を解決できるスーパーウーマンでもない。何故か、気が付いたら逆行転生してきてしまった一般人なんだ。そんな私が自分で同時多発テロを止める事なんて出来ない。
だからこそ、早めにアメリカ大使館へと話に行ったし、たまたま自分達の為に行っていた株の取引実績で、相手側に信じて貰えるかもしれないと思えただけ。その後、2度ほどアメリカ大使館の人が聞き取りに来られました。ただ、事前に渡していた資料を基にした同じ質問を毎回されるのが面倒でした。
「あとは見ているしか無いんだよね」
「何時くらいだったか覚えてる?」
「夜だったとしか覚えてない。あ、でもお父さんとお母さんが話してたから、もっと遅くなってからかも」
前は夜中に起きてきた時に、お父さんとお母さんがテレビを見ながら騒いでいた。今はまだ6時過ぎで、お父さんは会社から帰ってきていない。それに、夕飯の時に我が家はテレビを見ない。その事を考えると、もっと遅くなってからだと思う。
「お母さんはご飯の用意をするわ。お父さんが帰って来ちゃうからね」
「うん、私はテレビを見ていていい?」
「ええ、見ていていいわよ」
前の時とは違い、広くなったリビングでソファーに座ってテレビを見続ける。住んでいるのが新しい家という、此処だけを見ても前の人生とは大きく変わっている。更にはお姉ちゃんは、目標とする高校を目指して今も塾で勉強している。
「前はエスカレーターで上に進学できたから、思いっきり遊んでたよね」
流石にお姉ちゃんもまだ中学生だったから、前は9時までには帰宅する様に口を酸っぱくして言われていたなあ。それが今や塾の自習室で塾が閉まるギリギリまで勉強して帰ってくる。
帰宅時間だけを見れば、前の人生より遅い10時過ぎになっていた。
「帰宅時間だけ考えれば、今の方が不良?」
そんな事を思いながら、ただボ~っとテレビを見続けていた。
その後、お父さんが帰って来てお姉ちゃん抜きの3人で夕飯を食べて、私は早々にお風呂に入る。この段階でも、未だにテレビでは飛行機がアメリカのツインタワーにぶつかったという報道は無い。
「ただいま~~、お腹空いた~」
「はいはい、おかずを温めるからちょっとまってね」
「お姉ちゃんお帰りなさい~」
「ん、ただいま」
10時を回ってもうじき10時半になるくらいにお姉ちゃんが塾から帰って来た。私はソファーに座ったままで顔だけをお姉ちゃんに向けて出迎える。お姉ちゃんは、ドスッという重い音をさせながら背負っていたリュックを床に降ろし、洗面所へ手を洗いに行った。
その後、お姉ちゃんはお母さんが温めてくれたご飯を食べながら、今日学校であったことや、塾での様子などを話している。私は、ソファーでその話を聞きながらも、どうしても意識はテレビへと向かってしまう。
「ん? 日和どうしたの? 今日は何か変だね?」
「え? あ、何か言った? ごめんね、ちゃんと聞いてなかった」
突然お姉ちゃんに声を掛けられたけど、私は咄嗟に反応できなかった。普段なら私はお姉ちゃんの話に、事細かに質問をしたり、感想を言ったりする。
それなのに、今日に限ってはずっとテレビに気をとられている。その事にお姉ちゃんは違和感を感じたみたいだった。
「ん~~~、ちょっとこっちにおいで」
手招きされるままに、お姉ちゃんの所へと向かう。すると、お姉ちゃんは私の額に手を当てて熱が無いか確認をする。
「熱は無いかな? 今日は何か変だから、早く寝た方が良いよ。一応風邪薬も飲んどく?」
「大丈夫、風邪薬はいらない。でも、うん、寝た方が良いかな。お姉ちゃんありがとうね。もう寝る事にする」
このままテレビを見ていてもと思って、私はお姉ちゃんの言う通りにする事にした。
お姉ちゃんはご飯を口に入れた所で、手をパタパタ振って返事をしてくれる。
私がお母さんに視線を向けると、小さく頷いてくれたので何かあったら呼んでくれると思う。リビングから自分の部屋へと戻る事にすした私に、お姉ちゃんが口の中が空になってから声を掛けてくれる。
「うん、その方が良いわね。ちゃんと暖かくして寝るのよ? あとで見に行くからね。布団を蹴とばしちゃ駄目だよ」
「うん、判ってる。おやすみなさい」
部屋へと戻ると、一人部屋になった為に2段ベッドを1段にしただけベッドがあって、私はそこに思いっきり体を投げだした。見上げた時計の針はすでに11時近くを指している。
私の記憶では、実際にテロが行われていたのなら、もうテレビで報道されていても可笑しく無いと思う。
「無事にテロは防がれたのかな?」
そうであって欲しいという思いと、まだテレビで放送されていないだけで、これからテロは起こるのではないかと言う思い。そんな思いが頭の中で鬩ぎ合っているのが判る。
「うん、寝よう。明日になれば判る事だよね」
此処から何かあっても、自分が何かを出来る訳でもない。ただ、結果を待つだけしかないんだ。
そう思って布団に入ると目を瞑った。
「日和! 日和! 早く起きて! ハイジャックされた飛行機が、ツインタワーにぶつかったわ! 今、テレビの何処の番組でもその報道が!」
私はお母さんの叫び声にベットから飛び起きる。2段ベッドの上に頭をぶつけそうになりながらも、リビングへと急いで駆け込む。するとビルに刺さった飛行機が、炎を立ち登らせている映像が映っていた。
「そんな! 駄目だったの! 全部? 全部無駄だったの?」
「日本全土にも、戒厳令が敷かれたわ!」
「え? 何が起きてるの? 前は日本国内では何も無かったよ?」
私の動揺を余所に、テレビでは先程から次々と映像が切替わっている。
『日本政府が、全国に戒厳令を発動しました。皆さん、どうか外出を控えてください。現在、日本でも同様のテロが発生する可能性が高いとの発表が行われました。繰り返します、アメリカでハイジャック機による自爆テロが複数発生しまし、日本政府が日本国内に戒厳令を発令しました!』
テレビでは、緊急速報の音が鳴り響き、アナウンサーが顔を引き攣らせて原稿を読み上げている。
『どうか、落ち着いて行動してください。外出されているかたは控えてください。外出されている方は、公共機関を利用し、急ぎご自宅へとお戻りください』
「どうしよう? 日向がまだ塾から戻っていないわ。急いで迎えに行かなきゃ!」
お母さんが慌てて家から飛び出していく。
「まって! お母さん、一人にしないで!」
私は慌てて家から飛び出そうとする。その時、窓の外が激しく光り輝いた。
「え? 何? 何が起きてるの?」
明らかにテレビで報道されている内容は、前の世界より規模も被害も大きくなっている。
『東京都庁にハイジャックされた飛行機が・・・・・・』
「うそ、若しかして私が余計な事をしたから? いや、いやあああ~~~~!」
私は窓から炎をあげて崩れ落ちる東京都庁を見て、蹲ってしまう。
「日和、日和、起きて! 日和! 起きて!」
「ごめんなさい、私が悪いの、ごめんなさい、・・・・・・え? あ、お、お姉ちゃん」
目を開けると、お姉ちゃんが私を覗き込んでいた。私は自分の声ではないような、ガラガラの声でお姉ちゃんに話しかける。
「大丈夫? すっごい魘されてたよ。叫び声迄聞こえた」
「え? え? 飛行機は? テロは?」
状況が判らずにお姉ちゃんに尋ねる私を、お姉ちゃんが心配そうに見つめ返してくる。
「大丈夫? 怖い夢を見ていたの? 何か叫び声をあげてたよ?」
「え? え? あ、夢? 夢だった?」
ここで、私は漸く今見ていたのが夢だった事を知った。
よかった。夢で良かった。そうだよね、よく考えたら部屋が前の家の子供部屋だったし、名古屋から東京都庁が見える訳無いよね。
夢であった事を理解して体中の力が抜ける。そして、ここで漸く心配そうに私の顔を覗き込むお姉ちゃんがすでにパジャマに着替えている事に気が付いた。
「若しかしたら起こしちゃった? ごめんなさい」
「あ、大丈夫だよ。今お風呂から出て来たところ。髪を乾かすのに時間が掛かってただけだから。お母さん達はもう寝ちゃってるよ? 日和の部屋の前を通ったら、何か魘されて要るっぽかったから。大丈夫? 何か怖い夢を見た? 今日は一緒に寝る?」
私の頭を撫でながら、あやす様に、宥めるようにお姉ちゃんは優しく話しかけてくれる。
「うん、うん、怖い夢を見たの」
「そっかあ、怖い夢を見ちゃったかあ。よし、お姉ちゃんと一緒に寝よう。ほら、枕を持って」
この後、また悪夢を見そうで、一人で寝る事が怖かった私はお姉ちゃんに促されるままにお姉ちゃんの部屋へと向かった。そこで、それこそ数年ぶりにお姉ちゃんと一緒に寝る事となった。
「お姉ちゃんが一緒だから大丈夫だよ。ごめんね、日和はまだ小学生だったね。一人だとまだ寂しかったよね」
「そんな事無いよ、私だってもう6年生なんだよ?」
「そっかあ、そうだよね。ほら、寝よっか。お姉ちゃんがいるから悪夢何て逃げてっちゃうよ」
そんなお姉ちゃんの声を聴きながら、人の温もりがある事で悪夢に再度襲われる事も無く、朝まで眠る事が出来ました。そして、朝お姉ちゃんが起きるのに合わせて一緒に起きて、急いでリビングへと向かいました。
すると、朝食の用意をしているお母さんと、パンとベーコンエッグを食べているお父さんがいました。
「日向、日和、おはよう。今日は早起きね」
「二人ともおはよう。早く座りなさい」
「お母さん、お父さん、おはよう」
笑顔を浮かべるお母さんに、まずは結局どうだったのかを尋ねたい。ただ、お父さんが居る為に私は聞く事が出来なかった。併せて、お父さんが居る為にテレビを点ける事も出来ない。
どうしようかとモジモジしている私を見て、お母さんがお父さんに声を掛ける。
「貴方、ちょっとテレビを点けるわよ? 天気予報を見たいの」
「ん? ああ、なんだ、雨が降るのか?」
「そこを知りたいの。日和、悪いけどテレビつけてくれる?」
「うん、わかった」
私は飛びつくようにテレビのリモコンを手に、電源を入れる。そして、天気予報を探すふりをしながら、チャンネルを一つずつ変えて行った。
どこのチャンネルでも普段通りの放送を行っている。同時多発テロの話題はどこも行っていない!
思わずお母さんへと視線を向けると、お母さんが笑顔のまま大きく頷いてくれます。
「さあ、日和もテーブルに座ってご飯を食べなさい」
「うん!」
私は、笑顔を浮かべてテーブルへ座った。そして、お母さんの作ってくれたベーコンエッグにお塩を振りかけながら、今日までの事を振り返る。
よかった。テロは起きなかった。
テロが無くなった事で世界規模で未来は変わった。だから、此処からは私が知っている未来知識はもう当てにならなくなってしまったかもしれない。ただ、それはきっと良かった事だと思うし、何よりも多くの命が救われたんだ。
変わる前の未来を知っている人は恐らくいないと思う。でも、今はあの悲惨なテロは防げた事をとにかく喜ぼう。この先、まだまだ東日本大震災も、コロナだってどうなるか判らない。それでも、前の人生より少しでも平和になって欲しい。
私が逆行転生した意味があった。少しでも、そう思えた事が嬉しい。
これからの未来が、以前よりも少しでも優しくなりますように。
朝ご飯を前に、何時もより丁寧に手を合わせ。そんな事を願う。
「いただきま~す」
◇◇◇
同時多発テロの発生時間が違います。
お話の関係で、時間を少し変えています。宜しくお願いいたします。
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