第19話 アメリカと日本と

 鈴木家の親子がアメリカ領事館を立ち去った数日後、アメリカ領事館では、蜂の巣を突いたような騒動となっていた。アメリカ領事は、問題の手紙を自分だけで判断する物ではないと早々に東京にいる大使と国務省へ、そして大使館に常駐していたCIA職員は所属する部署へとコピーを送りつけていた。


 問題はその後である。手紙の内容に対する真偽の問い合わせが名古屋にある領事館へと一斉に行われたのだ。職員としては、その真偽を判断して貰う為に送っているのだが、ある意味本末転倒の状態になる。


『私は東京の大使館へ行ってくる。今後の指示は大使の判断のもとに行われると思ってくれ。さすがに、地方に配属された領事では責任が背負えないからね。私への問い合わせはすべて大使へと廻して欲しい。では、行ってくるよ。まあ、恨み言の一つや二つ聞いて帰って来る』


 そうそうに大使へと責任者の立場を押し付ける事に成功していた領事は、笑顔を浮かべながら新幹線で東京へと向かうのだった。


 そして、丸投げされた日本駐在大使は、日本国内における諜報責任者を集め緊急会議を行っていた。


『事の真偽は問題では無い。こういう情報が入ったのだ。情報の裏取りをするのが君達の仕事だろう。ましてや、此処まで具体的な内容が記されているのだ。すでにCIAで掴んでいる情報と照らし合わせれば、多少は真偽の判断がつくのではないかね?』


 大使の疑問は至極尤もである。世界有数の情報機関であるCIA、しかしそのCIA極東支部のに所属する担当者達の下には、そもそも中東関連の情報はそこまで集まってはいなかった。


『今の段階では、本部での判断待ちです。そもそも、本国で発生するテロに対し、我々が出来る事は限られます』


『今できるのは、更なる情報を集める事かと』


 至極真面目な表情で告げるCIA職員に対し、大使自身は何を此奴は言っているんだといった表情を浮かべた。


『何かね? 件のジュニアハイスクールの子供に、他に何か夢を見なかったかと尋ねるのかね? そもそも、そんな不確かな情報だけで動けないから裏付けを取れと言っている』


『それに関しては、すでに本国が動いています』


『ならばその連絡待ちだよ。我々は、あくまでも万が一の為に情報を上げたに過ぎん。この情報を戯言と一笑に付すのは簡単だが、もし真実であった時に君たちはステイツの国民に弁明できるのか? とっとと本部の尻を叩いて情報を集めたまえ』


 大使は、未だに情報の真偽に拘る部下たちを呆れたような表情で見る。

 問題は今回齎された情報の真偽ではなく、その可能性があるかどうか、数パーセントであろうと可能性があるのなら如何にしてテロを未然に防ぐのか。その為に必要なのは、テロ側の情報のみではなく、空港、航空会社などにおけるテロ対策の情報も含めての話なのだ。


 もっとも、アメリカ大使館は情報源である鈴木家の情報、特に背後などに何らかの組織が関わっていないかなどを、より詳しく探るために内容は伏せたまま日本政府にも確認を行った。


 そして、問い合わせを受けた外務省は、国内の一般人の情報など持っている訳もなく、そのまま調査を検察庁へと依頼した。その検察庁も、態々アメリカ大使館が依頼してきた事で、当たり前にこの問い合わせに対し興味を持つ。


「良く判らないな。なぜこの家族をアメリカ政府が態々問い合わせをしてきたんだ? どっかの諜報員か? 何かの事件絡みか?」


 手元にある鈴木家の資料を見ながら、検察庁長官は首を傾げる。その手にしている書類には、鈴木家の家族構成、資産、納税記録、はたまた交通違反内容など、今すぐにデーターで確認が可能な情報はすべて記録されていた。


「判る限りで言えば、例の長者番付に載った鈴木家がここでした。そこは確認がとれましたが、それ以外は特に特記事項はないですね。ああ、強いて言えば、昨年にマンションを2件購入しているくらいですか。その一つが長者番付に出た住所なので、恐らくは長者番付の住所を誤魔化す偽の、偽の住所を作る為に購入したんですかね」


「ほう、あのマスコミで騒がれていた家か。となると、インサイダーか? であれば大使館からではなく連邦警察から問い合わせが来そうだが。若しかすると政治案件だろうか?」


 ただ、色々と理由を考えてみるが、どれもアメリカ政府が調べるとなると腑に落ちない点が出て来る。それこそ、日本政府に探りを入れる必要性を感じない。


「どうやら、先日その家族が名古屋にあるアメリカ領事館を訪れたようです。それで興味を示したのだとは思うのですが、何故この鈴木家がアメリカ領事館を訪問したのかは明かされていません。一応、アメリカ大使館に訪問してきた理由を尋ねたのですが、誤魔化されました」


「誤魔化された? 何って言われたんだ?」


「それが、子供のアメリカ留学を検討しているとかなんとか」


「馬鹿な、そんな事で一々素性を調べる訳が無いな。ただ、言い訳にしても変だな」


 アメリカ大使館が何らかの情報を隠したいのは判るが、それにしてはこちら側に明らかに疑ってくれと言うような内容だ。


「で? 外務さんはどうする?」


「我々とは畑違いですからね。出来れば検察側でお願いできればと」


「はあ、まあそうなるわな。ただ、調べると言っても何を調べれば良いのか。とりあえずインサイダーの疑いで引っ張るか?」


「それで本当に知りたいことが、闇に消えなければ良いのですが」


 相手の言葉に思いっきり顔を顰める。


「まずは金銭の流れを調べるか。相手に調査されている事を知られないようにな」


「お願いしますよ。まあ、いざとなれば何か理由を付けて引っ張ってください」


「判った。その代わりそちらもアメリカさんからもっと情報をとってくれ」


 二人は顔を見合わせて、明らかに面倒事と判断し大きく溜息を吐くのだった。




 そして、同じころアメリカ大使館ではより面倒な事態となっていた。


『で? 結局CIAさんは情報を掴んでいたと?』


『ここまで具体的な情報ではなかったようですが、テロが行われる可能性は高いと見ていたようですね。今まさにアメリカ国内の国務省と国防総省、CIAはパニックですよ。ハイジャックした機体を操縦してツインタワーにカミカゼさせるとなると、何処かで操縦訓練をしている可能性が高い。出来れば一人で良いので実行犯の名前を憶えていて欲しかったですね』


『という事は、この予言は真実だと?』


『真実の可能性があるというだけですよ。御伽噺にしては、あまりに具体的過ぎますね。思うように情報が集まらなければ、その子供を再度呼び出すかもしれません。万が一、不測の事態が起きないように考慮しろってね』


『それで日本政府に意味深な問い合わせか、難儀な物だな』


 東京にあるアメリカの日本大使館では、大使と日本駐在のCIA職員が今回の事態を受けて、秘密裏に対応を打合せしていた。


『未来予知など本当に出来るのかねぇ』


『その日本人一家がここ数年で稼いだ額はざっと1億ドルですからね。嘘だと言い切るにはちょっと勇気が要りますよ』


『1億ドル、1億ドルかあ、俺では、一生かかっても稼げんな。その子供は何歳だ?』


『どうするんで?』


『うちの息子の嫁になってくれんかとね』


 そんな馬鹿話をしながらも、男達は刻々と入って来る情報を分析していくのだった。


 そして、更にはアメリカ本国にあるCIAの特殊機関。ここでは、テロではなく、その未来を予言したと言う日本人の子供に注目が集まっていた。


『未来予知か、出来れば色々と調べてみたいところだが』


『未来予知ではなく、タイムトラベラーと聞いていますが』


『ん? そうなのか? 私は未来予知だと聞いたのだが』


 CIAに齎された同時自爆テロの予言に対し、同じCIAに所属する超能力などの超常現象を研究する部署では、その部署に配属されている超能力者達へ情報の裏付けを依頼されていた。

 その為、この部署に所属する一部の超能力者達にテロの予知を依頼したのだが、残念ながら所属する者達では予知できたものは誰も居なかった。


『占い師のサマンサ婆さんによると、未来は非常に流動的であるそうだ。その為、何かアメリカにとって大きな事が起きそうだとは出ているが、それが具体的にいつ発生するかまでは判らんらしい』


 スプーンを曲げたり、物を動かしたりと結果が目に見えるような超能力であれば良いが、過去視や未来視などといった能力は、中々に判断が難しい。今までに幾つかの事件を解決した実績もある為、一概に嘘だとは言い切れない。ただ、その場合でも、ある1場面を念視したとか、この様な風景を見たとかの情報を繋ぎ合わせ、そこからは地道な捜査が実を結んでの解決がほぼ全てだった。


『テロの発生日、場所、方法、そして、テロを計画した人物。あまりに具体的過ぎだな』


『特にその組織と主導者の名前ですね。普通の日本人、ましてや子供が知っているはずはないですね』


『そのテロの実行犯はジェットの操縦が出来るんだろ? そこから何か予知できないか? うちにだって能力者が居るんだ』


 彼らの下に上層部から渡された資料は、事件の内容はあっても具体的な方法においてはハイジャックされた機体がカミカゼしたとしか判らないのだ。


『全員では無いにしても、実行犯の何人かはすでにアメリカに入国している可能性が高いな』


『FBIも協力して、容疑者の洗い出しを行っている。ただ漠然とし過ぎてな。何かもう少し手がかりが欲しい。霊能力者まで投入しているんだが・・・・・・』


 超常現象の研究を行ってはいる。しかし、中々に具体的な成果をあげるには至っていない。その為、彼らとしても今後の予算的な事も含め、出来ればここで何か実績をあげたい所なのだ。


『国防省としては、航空会社の各社に操縦室へ絶対に第三者を通さないように要請を行う。更に持ち物検査の徹底と、更なるハイジャック予防の検証だ。スカイマーシャルも一時的に復活させる事になったらしいが、まあ元々あった制度だからな。あとは、現在フライトしているパイロットや関係者の身元確認もいるな』


 もっとも、これによりテロが防がれたとしても、根本的な解決には至らないだろうが。


『恒久的なハイジャック防止方法を検討する必要があるな。もちろん入国検査を厳しくする。併せて、国内に入国しているテロリストの炙り出しをどうするかだ。何にせよ、今の段階では出来る事をやっていくしかない』


 実質的なタイムリミットである9月11日、それまでに何が出来るのか? 政府機関総出のテロリスト探しが始まろうとしていた。

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