第18話 アメリカ領事さんへの説明

 領事さんと思われる人が、何か隣の日本人に話しかけます。そして、日本人の人は頷きます。


「鈴木さん、どうぞお座りください。もう少し肩の力を抜いていただいて構いませんよ。会話は私が通訳しますから、安心してください」


「え? あ、ありがとうございます」


 お母さんと私は、促されるままに椅子へと座ります。ただ、ここで私は一つの可能性を思いっきり失念していた事に気が付きました。


「あ、あの、領事さんは日本語は話せないのですか?」


「ん? ああ、そうですね。片言の挨拶程度であれば話せますが、それが何か問題になりますか?」


 お母さんではなく、私が話しかけた事に、領事さん達はちょっと驚いた様子です。


「えっと、お母さんどうしよう?」


「その可能性は考えていなかったわね。でも、お渡しするしか無いわ」


「何か問題がありましたか?」


 私達の会話は、もちろん通訳さんには丸聞こえです。その為、私達が何を気にしているのか訝しそうに尋ねて来ます。


「あの、このお手紙を読んでいただきたいんです。ただ、私は英語は判らないので、日本語で書いてあって」


「この子が書いた手紙なのですが、出来ればその内容はあまり多くの人に知られたくなかったものですから。皆さんがご不快に思われたら申し訳ありません」


 私は、戸惑いながらも手にしていた手紙を通訳さんへと差し出しました。


「お嬢さんが書いたのかな?」


「はい、私が書きました」


 ただ、明らかに子供の書いた文字では無いと思います。その為、ちょっと首を傾げながら通訳さんは手紙をもう一人の外人さんに手渡します。


『ちょっと封を開いて貰って来てくれ。大丈夫だと思うが、一応は警戒して欲しい』


『判りました』


 何か話しているのを聞きながら、手振りで多分手紙の封を切って来てくださいって言っているのかと思います。


 外国の人は身振りが大きいから、そこから推測しやすいなあ。


 そんな事を思いながら、私は通訳さんと領事さんを眺めています。そうしたら、領事さんと思いっきり視線が合っちゃいました。領事さんは私と目が合うと、微笑んで話しかけて来ました。


「アメリカヘ、コラレタコト、アリマスカ?」


「え? え? えっと、あ、ありません!」


 一瞬、話しかけられてパニックになりかけました。その為、領事さんが日本語で話しかけてくれていたのに、私はすぐに意味が判らず思いっきり焦りました。


「一度は行ってみたいとは思うんですけど。中々私達にはハードルが高くて」


 私の返事の後に、お母さんがそう答えてくれました。そして、お母さんの言葉を通訳さんが伝えると、領事さんはウンウンと頷きます。その後も、片言の日本語で私達に話しかけて来る領事さんに、主に私が返事をしていました。


 外国の人は、動作が大きいなあ。


 そんな中で、思わずそんな事を思いながら領事さんを眺めていると、外に行っていた外人さんが、扉の所から通訳さんを呼びます。そして、扉の所で私の書いた手紙を通訳さんに渡しながら、何かを話しています。通訳さんも手渡された手紙を見ながら、何か話ていました。


 その後、二人は戻って来ると私の手紙とは違う紙を領事さんに渡しました。チラッと見えたのは英語の文字なので、もしかするとこの短時間で英語に翻訳したのでしょうか?


「失礼、それで、この手紙の内容を信じて欲しいと?」


 ちょっと困ったような表情でお母さんに視線を向けて話しかける通訳さん。その間にも領事さんは手渡された紙を読んでいます。


「はい。この子が心穏やかに生きて行くには、信じていただけないかもしれませんがお伝えしなくてはと」


「そ、その通りになる保障はありません。既に私は色々な事を変えてしまったので。でも、その通りになる可能性があるのが嫌だったんです」


 私が発言すると、通訳さんは改めて私へと向き直りました。


「私達が、この手紙を信じる為の根拠が薄いですね」


「そこに書いてあるWAPOOの投資だけでは駄目ですか?」


 そうです。私とお母さんがこの話を領事さんに信じてもらう為の唯一の武器が、WAPOO株の投資実績と、長者番付の資料でした。


「そうですね、偶々という事もありえます。一時マスコミで騒がれた事で、何か勘違いしてしまったという事もあり得ますから」


「そんなあ」


 通訳さんの言葉に、私はギュッとスカートを握りしめて俯きました。


「ソウ、コドモヲ イジメルノ ヨクナイデスネェ」


 今まで翻訳された手紙に目を通していた領事さんが、話し始めました。


「コノ テガミ ジツニ、キョウミブカイ。フツウノ、ニホンノ、コドモガ、テロヲケイカクシタ、ナマエ シラナイネ。アメリカノ、コドモモ オナジ」


 領事の言葉に、通訳の人は明らかに苦笑と思われる表情を浮かべて領事さんを見ました。


『この事を本国に連絡するのかい? 子供の書いた物語かもしれないよ? あまりに荒唐無稽だ。SF映画の世界じゃないんだ』


『この子供が未来を知っているというのは置いておいてだ、ここまで具体的な情報だ。フィリップ、君なら本国に伝えずに黙っているかい?』


『そんなことしたら、まっさきにCIAを首にされるね。入った情報は最低限裏を取らないとね』


『株の話だって確認したんだろ?』


『いや、そこはまだ裏付けはとれてないな。発表された住所と違う事は確認した。だから本人とは今の所は断言できない』


 私やお母さんをそっちのけで、何やら通訳さんと領事さんが英語で話し始めました。私は、思わず縋るような眼差しで領事さんへ視線を向けています。


「この番付表と、貴方の住所が違うが、これは?」


「番付表に住所が出てしまうと、子供達に危険が及ぶかもしれません。その為、税金の申告時に一時的に住所を変更しました。一応、まだそこの住所にあるマンションも私の所有になっています」


「成程、良く考えられましたね」


 お母さんの返事に、通訳さんは少し考えてからそう返事を返してくれました。


「OK~! この情報は本国に伝えましょう。実際に、此処に書かれているような事件になったら大変な事ですからね。本国も何かしら情報を持っているでしょう」


「あの、あと娘は今まで一度もアメリカに行った事がありません。まだ小さいですから、行こうとしたこともありません。ツインタワーもペンタゴンも日本人の子供で知っている子は殆どいないと思います」


「判りました。また、何か聞きたいことが出ましたらご連絡します。連絡はお母さんの携帯で良いですか?」


「はい。この事は主人も上の娘も知りませんから携帯に電話いただければ」


 お母さんの言葉に、通訳さんは大きく頷きました。


 そして、私とお母さんはその後、領事さん達に見送られてエレベーターに乗りました。


「良かったね。少しは信じて貰えたかも」


「そうね。私達ではこれ以上は何も出来ないから」


 お母さんはそう言いながら、私の頭を撫でてくれます。ホッとしたのと、何とかなりそうな安堵感で、私はまた目に涙が浮かんできました。


「大丈夫よ、これできっと良くなるわ」


「うん、うん」


 私達は、重い荷物を漸く肩から降ろしたような気持になり、お互いに顔を見合わせました。そして、二人揃って笑いだしました。


「今日は、御馳走を作りましょうか」


「チューリップが良いなあ」


 手羽先で作るお母さんのチューリップは絶品です。そんな私のおねだり、お母さんは笑いながら答えてくれたのでした。

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