第16話 新しい学校と新たな悩み

 そんなこんなで、無事に小学校へと転入をして早くも1ヵ月が過ぎました。


 打ち解けたかと言えばまだなんですが、特に問題無く通えているから問題は無いのでしょう。ずっと一緒に育って来た友人達と別れ、全然知らない同級生との生活ですから、やはり前と同じようには行きませんね。

 ただ、もともと中身が大人ですから、負担にはなっていないですし、特に問題とは思っていませんけど。

 そして、お姉ちゃんは私と違って早々に馴染んだみたいです。ただ、そんなお姉ちゃんも高校受験に向けて此方では進学塾へ通い始めて忙しそうにしています。


「あっちの塾は何方かと言うと日々の授業をフォローする感じだったからね。あのままだと不味いかなとは思っていたから、丁度良かったかな。それに美穂と里美も同じ塾だから大丈夫」


 そう言って毎日遅くまで塾に通っています。毎日の帰りが10時過ぎって中学3年生にはどうなのかって考えちゃいます。


 それにしても、改めて思うのですがお姉ちゃんは前世とは違いますね。ハッキリと口に出した事は無いのですが、今の感じでは恐らく国立大学を目指しているんだと思います。


 我が家の家計的な問題で、国立しか駄目だと思っている可能性が高いですね?


 お母さんとこの事について話し合った結果、お姉ちゃんが高校に入学した時点で貯金の事というか、我が家の貯えについて打ち明けようと話をしています。


 今のお姉ちゃんであれば、変に横道に逸れる心配もないと思えますし、逆に打ち明ける事で進学先に幅が出るし、心の余裕も生まれますよね。それに、そろそろ話をしておかないと、後で恨まれそうですし?


 そして、私は家とは別の事を悩み続けています。


「どうしよう? このままだと大勢の人が死んじゃうよね?」


 そうです、来年は2001年なんです。アメリカで起きた同時多発テロが起きた年です。


 1万人以上の人が、あの悲惨な事件で亡くなったんです。そして、私はそれをもしかすると防ぐ事が出来るのかもしれません。ただ、その為に何をすれば良いのかが判らないんです。


「未来から逆行転生してきました。そんな事を言っても信じて貰えないよね?」


 お母さんだからこそ、半信半疑であっても最終的には私の事を信じてくれたんだと思います。それにあの時点で5歳児では普通は判らない知識を持っていた事も覚えてます。それもあって、間違いなく後押ししてくれたんだと思います。


 記憶が蘇った時、既に阪神大震災は終わっていました。あの地下鉄にサリンがまかれた事件も終わっていました。終わってしまっていたからこそ、悩まなくて此処まで来る事が出来ました。ただ、もしかすると今回は間に合うんです。


「でも、本当にテロは起こるの?」


 既に私の知っている過去とは変わっています。我が家は株で大儲けして、マンションも購入したし、お姉ちゃんは公立中学に行って優等生になっています。我が家に限って言えば、バタフライエフェクトは竜巻クラスの影響を及ぼしています。


 だからこそ、同じ未来が来るとは限らないですよね。もしかして、このまま何もしなくてもテロは起きないかもしれないよね?


 そんな甘い思いが頭を過ります。


 でも、もし何もしなくてテロが起きたら、私は良心の呵責に耐えられるでしょうか?


 私が来年9月に向け悩みに悩んでいると、そんな先の事よりついに心配していた高額納税者、別名、長者番付が発表されました。


「思いっきり載っているわね」


「うん、思いっきり載ってる」


 新聞では、全体ではなく政治家や芸能人などの高額納税者が個別リストになって掲示されています。ただ、一般人? というか普通に表示されている中に、私とお姉ちゃんの名前が並んで表示されています。更に結構離れてはいますがお母さんの名前もありました。


「税金が当初覚悟していたより安くて良かったわ」


「うん、それでもお姉ちゃんと私は結構上位にいるけどね」


 私達は知らなかったんですが、なんと証券優遇税制というのがあるんです。そして、これの御蔭で税金として取られる金額が諸々込みで10%に抑えられていました。


 これには思いっきり驚きました。だって、株取引とかしている人達ってお金持ちばかりですよね? 一般庶民はあんまり株とかに手を出しているイメージが無いです。何となく不公平感を感じなくは無いですが、この事で今回は救われた所もあるので敢えてこれ以上言わないですけどね。


「住所もちゃんと横浜になっていてるわね。これで取り敢えず問題回避はできたかしら?」


「うん、あのままだったらって思うと怖いね。でも、私とお姉ちゃんの所は目立つ」


「そうねぇ、住所が一緒だから特に目立つわね」


 そんな風にお母さんと顔を見合わせて笑っていたんですが、その余裕もすぐに無くなっちゃいました。


『この高額納税者達は誰だ!』


 今まさにテレビのワイドショーで槍玉にあげられているのは、思いっきり我が家の事です。


 切っ掛けは何だったのかは知りません。


 ただ、同じ住所に暮らす3人の名前が揃って高額納税者に名前を連ねているんだから確かに目立ちますよね。そして、それを見た人達が騒ぎ始め、週刊誌やマスコミが詮索を始めたみたいです。


「今の所は特定されていないけど、大丈夫かしら?」


「判んない。でも、何でこんな事を知りたいのって思うよね」


「う~ん、お母さんは知りたいと思う気持ちも、判らなくは無いけどね」


「うぇぇ」


 テレビのワイドショーの中では、まさにお母さんが購入した横浜のマンションが映し出されています。別に我が家は芸能人では無いし、犯罪者でもありません。それなのにこんな事が許される事実に驚愕します。


「未来で、こんな事したら大変な事になるのに」


「そうなの?」


「うん、個人情報保護とか言われてて、卒業アルバムとかも無くなった学校もある。あっても、住所とかは勿論載ってない」


「いいわねぇ、もしかするとその頃だったら高額納税者の公示制度なんか無くなるのかもしれないわね」


 ただ、今のこの状況でそんな愚痴を言っていても何の解決にもなりません。


「お母さん、高額納税者って公人扱いなの?」


「そんな事は無いと思うんだけど。ただ、高額納税者番付は称賛の意味もあるけど、そもそもは周囲から監視する意味もあるって税理士さんが言っていたわ」


「監視?」


「ええ、脱税とかをしないようにだったかしら?」


「番付出すと脱税できないの?」


「どうなのかしら?」


 制度自体が良く判らない私とお母さんですから、結局は黙り込んでテレビを見ています。


『あの、失礼ですが此処にお住まいの方ですか?』


『長者番付に載られたこのマンションにお住いの鈴木さん一家の事をお聞きしたいのですが。失礼ですが、鈴木さんではありません? 御面識はありますか?』


 驚いた事に、テレビではマンションから出て来たまったく関係ない人に直接声を掛けています。思いっきり迷惑そうに無言で足早に立ち去る人が殆どです。ただ、こちらも驚いた事に中にはインタビューを受ける人も居るんです。


『そうねぇ、ここはお隣の人もどういう方が住んでいるのか判らないから。何階にお住みかは御存じ? そこが判らないとちょっと難しいわね』


 私とお母さんは、口をポカンと空けてテレビのそんな遣り取りを見ています。だいたいですね、我が家は誰一人このマンションで生活した事が無いんですが。


 そもそも長者番付で書かれているお姉ちゃんと私の職業は無職です。そして、お母さんは会社員になっています。その為、テレビでは私とお姉ちゃんは定年した夫婦で、お母さんはその娘では? みたいな話になっている所が笑えると言えば笑えます。


「錚々たる人達の中に無職と会社員だもんね。それは注目を浴びちゃうのは判るよ? ほとんどが会社の社長さんとかだから」


 改めて長者番付の一覧を眺めました。


「でも、これって住所と番地迄しか出ていないのに良く判ったよね?」


「あの番地だと、あそこのマンションになっちゃうんだと思うわ。大きいマンションの方が良いと思ったんだけど、逆だったかしら? 人の噂も75日って言うけど、早く収まって欲しいわね」


 二人揃って大きく溜息を吐いて、テレビを消しました。


 ただ、此処まで騒がれたらやっぱり私達にも何かと影響があるんですよね。


「う~~ん、自分の名前が鬱陶しい」


「お姉ちゃん如何したの?」


 ある日、学校から帰って来たお姉ちゃんがそんな事を言い始めました。


「ほら、最近ワイドショーで私と同じ名前がよく出ているよね? クラスの男子がそれで揶揄って来る。転校生だったから勘違いしている子も出て来て、私は名古屋生まれの名古屋育ちだっていうのに」


「あ~~~」


 まだ転校してきて2か月くらいです。お姉ちゃんは早々に馴染んでいたみたいですが、先日の中間テストではなんと学年順位がトップだったそうです。


「前の学校より何かレベルが低い」


 などと豪語していましたが、せっかくだから次回の期末でも1番を取ってやると気合を入れています。


 そんな事もあって、お姉ちゃんは何かとクラスで目立つのだと思います。肌のケアとか煩いくらいなので、同年代の子と比べても垢抜けてる感じだし。私はまだ馴染めたとは言い切れないのに凄いなあと思っていたんですが、此処に来て何かと厄介事が出始めたみたい。


「問題は男子よりは女子かな? クラスの何人かが思いっきり敵対心持ってくるから。日和も気をつけるんだよ? 女の嫉妬は醜いからね?」


「う、うん。でも、多分私は大丈夫?」


 嫉妬と言うからには、恐らく長者番付は切っ掛けでしか無かったのではと思うんだよね。

 きっと新しい中学校でもモテているんだろう。うん、前世では女子校とか行っていたから、歪んだんだろうなあ。女子高って男子の視線とか気にしたりしないだろうから、色々と歯止めがないって聞くからね?


「良く話をする子達は北区から引っ越してきたのを知っているから、まあ揶揄う程度だけど。そっから逆に馬鹿なのがサラリーマンの娘、サラリーマンの娘って煩いって! あんた達の大半だってサラリーマンの子供だろうに!」


 うん、何やらお姉ちゃんの部屋から叫び声が聞こえて来ました。あとでメンタルフォローが必要ですね。やれやれです。


 でもお姉ちゃん、実は貴方は億万長者なんですよ?

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