第15話 その頃の姉5

 母の決断力と言うか、行動力を甘く見ていた。父の年末休暇に入った途端、兼ねてから目をつけていたらしいマンションのモデルルームへと家族全員を連れて行き、即断即決で購入を決めてしまった。


 うわあ、3000万円の買い物だよ! それを即決ってどうなの!


 流石の私も驚いた。ただ、よく考えると、流石の母も勢いで決めないと買えなくなると思ったのかも? 誰も気が付いていないかもしれないけど、申込書に住所や名前を記入するときの母の手が若干震えていたような気がする。


 そして、家が決まれば今度は引っ越しの準備だった。まずはどの家具を残し、どの家具を捨てるのか。家電製品はどうするのか。決めなければならない事は目白押しだ。


「間取り図しか無いのは不便ねぇ。実測しないと不安になるわ」


 だよね。その気持ちはすっごく良く判る。前の人生で一人暮らしを始めた時や、結婚して新しいマンションに引っ越しした時などはそうだった。しかも、実測しても実際に家具が収まるまではちゃんと収まるか不安で一杯だった。


「お母さん、冷蔵庫の扉は左開きが良いの? 右開き?」


「ここが冷蔵庫を入れるスペースよね? でも、扉開くと邪魔?」


「逆に開くタイプだと扉が壁に当たって完全に開かなくない?」


 電気屋さんで冷蔵庫を見ながら母に質問をする。だけど中々に決められないんだよね。で、結局はどっちにも開く事が出来る冷蔵庫になった。


「電子レンジも見たし、あ、エアコンも新しいのがいるわね。各部屋につけないと駄目だし、貴方達の部屋にもつけるから選びなさい」


「お母さん、そんなに購入して大丈夫なの?」


 母はどうやら今使っている家電製品のほとんどを新しくするみたいだ。家の購入費用と、恐らく買うであろう父の車の価格、それでも恐らくは1000万円程残るのだろうか? そこに母が言っていたように、私や日和の学費なんかもある。そこら辺はどう考えているんだろうか?


「ちゃんと考えているから大丈夫よ。せっかくの新築なんだし、ここでケチっても嫌でしょ? ほら、貴方達のベッドとかはどうするの?」


 家電屋さんで一通りの購入手続きをして、女3人で今度はお値段の安い家具屋さんに来ている。そこで、今度はそれぞれ部屋の家具を物色中。


「今の2段ベッドを外したので良いよ?」


「私もそれでいいよ?」


 私の発言に日和も便乗してきました。態々いまベッドを買ったとしても、大学生になって一人暮らしをするようになると滅多に使わなくなります。まあ、実家に私の部屋を残してくれていればですが。家を出た途端に早々に誰かに部屋を乗っ取られるなら、持って行けと言われるかもしれませんが。


「勉強机は欲しいでしょ?」


「う~ん、欲しいけど学習机はいらないからね。格好悪いから」


 さすがに高校生にまでなって、学習机は無い。という事で、自分のイメージした勉強用の机を見る。


「これかなあ? シンプルで良いし、引き出しとかはこの別売りのと組み合わせるのか。悪くないかな」


 どれに決めればよいのか悩んでいた所、家具屋さんの中に部屋をイメージした展示が幾つかあった。そして、そのイメージを基に家具選びをする事にした。


「うわあ、お姉ちゃん大人っぽい感じにするんだね」


 日和は、どうやら自分の家具を見るのは置いといて、私の後を着いて回っている。


「うん、こんな感じで白と黒を基調にしてコーデしてみようかなって。それこそ、悩んでいても時間だけ過ぎて行くしね」


 女子高生の部屋とするとちょっと落ち着き過ぎるかもしれない。ただ、今更白やピンクの部屋に住みたいとは思わないからこれでいいか。


「そっかあ、こう言うのもカッコいいなあ。お姉ちゃんはセンスがあるよね」


「私と言うよりここの展示がだけどね。日和も展示を参考にしたら? あっちの展示とか良いんじゃない?」


 恐らくは女の子向けの部屋をイメージしているのだろう。全体的にピンク系で統一された部屋が再現されていた。


「えっと、もう中学生になるから、もっと大人っぽいのがいい」


「ああ、そっか。そうだよね、もう中学生になるんだよね。よし、お姉ちゃんと選ぼうか」


 小春と一緒に生きていたら、こんな風に一緒に選ぶこともあったのかなと思う。ついつい日和を見ていると、自分の子供を見るような気持にさせられてしまう。


 日和と二人でワイワイと家具やインテリアを選んでいると、どうやら白色で統一しようと思っているようだった。その為、寸法を気にしながら机や引き出しを選んでいく。


「クローゼットが邪魔になるかな?」


「ベッドの下に引き出しみたいな棚を作ると良いかな? でも、2段ベッドの下の寸法は測ってこなかったね」


「クローゼットに引き出し付きの棚を入れれば良いかな? う~ん、これ何て良さそう」


 自分の部屋の家具より、日和の部屋の家具を選ぶのが楽しい。これもやっぱり小春の事を日和にダブらせているのかもしれない。ちょこちょこと私の前を歩き、家具を見て回る日和を見ていると、何だか目頭に込み上げてくるものがある。


「あ、これお姉ちゃんの部屋に似合いそう? ほら、ちょっと大人っぽいよ?」


「うん、そうだね。でも、せっかく日和が見つけてくれたけど、これは後で良いかな? 家具を置いてみないと何とも判らないからね」


「あ、そっかあ。うん、そしたら、お母さんの所へ行こ?」


 一通り自分の部屋の家具を選んで、手を繋いでお母さんの所へと向かう。すると、母は母で沢山置かれているソファーの所でウロウロとしていた。


「お母さん、どうしたの?」


「ん? どれにしようか悩んでいるのよ。色々あって迷っちゃうの」


「うわあ、これフカフカだ」


 日和がソファーの座り心地を確かめている内に、私は母が決めかねているソファーを比較していく。


「この角がくの字に曲がってるのは使い辛いと思う。どうしても場所が固定されちゃうから。どうせくの字にするんだったらこっちと組み合わせたら?」


「そうねぇ、それも良いかな?」


 母と二人で選んでいると、日和が思わぬ爆弾発言をした。


「ねぇねぇ、今度の家って分譲って事はさあ、猫とか犬を飼っても良いの?」


 今まで住んでいたマンションは、賃貸で勿論ペット不可だった。しかし、今度の家は勿論ペットを飼う事が出来る。


「そうよね、ペットを飼えるのよね。考えていなかったわ」


「飼うなら犬が良いなあ」


「駄目よ、犬は散歩しないとだから。日中は誰も居なくなるし、そう考えると猫が良いよ!」


 私は何方かと言うと猫派だ。勿論、犬も嫌いではないが、やはり飼いやすさを優先してしまう。


「え~~~、犬の方が良いよ? お散歩は私も手伝う」


「ふふふ、そこはまた考えましょう。急ぐ必要は無いでしょ? ただ、犬か猫を飼う事を考えれば、ソファーはこの辺にしておきましょうか」


 布製のシンプルなソファーにあっさり決める母だが、恐らくは猫にボロボロにされる可能性を考慮したのだろう。


 そんな風に、引っ越しへ向けて慌ただしくしていると、気が付けば3月に入り終業式となる。


「ちょっと日向、みんなに引っ越す事言ってないでしょ?」


「美穂に黙っててって言ったんだから、そこは察してるでしょ?」


 私の返事に呆れた表情を浮かべる美穂だが、そもそも美穂を含め親しい友人達にはすでに伝えてある。勿論、口止めをしてあるけど。


「はあ、4月になって大騒ぎになるかなあ」


「そんな事無いんじゃない? クラス替えもあるし、大丈夫だよ」


 下手したら私が転校した事に気が付かない人も居るだろうし、そもそも気にしない人の方が多いと思う。


「私らが被害に遭う未来が見える」


 そう言って声を掛けて来たのは、私や美穂とは中学校からの付き合いの里美だ。今どき珍しい陸上部で、何故私達のグループに入ってるんだ? と首を傾げたくなる程タイプが違う。しかし、何かとつるむ事が多く、自然と私らが里美の勉強や宿題の面倒を見てあげる事が多かった。


「それもだけどさ、日向がいないと里美の面倒を私一人で見る事に?」


「うん、それは仕方が無いね」


「何でそれを里美が言うのかが謎ね」


 3人でワイワイと他愛もない遣り取りをしている。ただ、これが今後は出来なくなるのが寂しく感じる。


 それくらいには、私も新しい人生を楽しんでも居たのだろうか?


 ふとそんな事を思っていると、里美がコソコソと近寄って来た。


「で? 新しい家の住所は教えたら駄目なんだよね?」


「ん~~~、駄目って訳じゃ無いよ? どのみち電話してきたら新しい電話番号を3か月だったかな? 案内されると思うし。ただ、教える人は出来るだけ選んでは欲しいかな?」


「例えば?」


「男子は駄目」


「南無さん」


 私が里美にそう告げると、里美が手を合わせて訳の分からない事を言う。


「まあ、どっちみち高校へ進学したら友人層も変わっちゃうから仕方ない」


 美穂がそう言うが、本人は思いっきり私と同じ高校へ行く気満々なんだ。その事を知っている里美は苦笑いしているぞ。


「まあ、3年生になったら部活は引退するつもりだから、駄目もとで勉強を頑張ってみるかな?」


「1年で私らに追いついたら凄いわ。まあ、勉強するのは悪い事じゃ無いし、何なら同じ塾にくる?」


「え? 日向って塾替わるんじゃないの?」


 引っ越しする為に塾を変える事は話をしていた。ただ、それに合わせて美穂と一緒に名駅前の進学塾に変わる事は話していなかったかもしれない。


「4月から、二人で名駅前の塾に変わる事にした」


「え? 真面目に? うわ、あぶな!」


 私の回答に里美がオーバーアクションで仰け反る。それを美穂と不思議そうに見ていると、なんと里美が今まで私達が通っていた塾に入ろうとしていた事を知った。


「美穂がいるし、判らない所は教えて貰えるからいいかなって思ってた。実は驚かそうとすでに申込書は貰って来てる」


「「うっわ!」」


 美穂が驚くじゃ無く、塾に入った里美が驚くところだった。そして、里美はとりあえず私達が4月から通う塾へ申し込みを行う事となる。


「まだ、空いてると良いなあ。っていうか、入塾テスト通る?」


「知らん」


「どうなんだろ?」


 まあ、二人がかりで勉強を教えていたのだ。今までの定期試験でも、150人中50番以内の成績をだいたい維持しているのだから大丈夫だとは思う。


 ただ、ともかく4月からもこの3人で会える事が嬉しいと思う自分がいた。

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