第11話 目立ちたくない大作戦

 お母さんのお家探しが始まりました。そもそも、今住んでいる我が家は賃貸なんですよ。それなのに、住む予定の無い家を買うという段階ですっごく違和感があるんですが、仕方が無いんでしょう。


 今はともかくカモフラージュする為のお家を探さないといけません。


「どこの県で探すのかという所もあるけど、セキュリティーがしっかりした所じゃないと駄目だよ? 変に情報がゆるゆるだとすぐに此処がバレちゃうと思う」


「セキュリティー? 例えば?」


「最低1階入り口のオートロックは必要だと思う。誰でもマンションに入れちゃうと問題あるよ。それと、ダミーの住所だけじゃなく、それとは別に実際に引っ越しもした方が良いかも。住民票とかって履歴も見れるよね?」


「住民票は本人しか取れないはずよ? 委任状とかがあれば別だけど。でも、オートロックかあ、あんまり付いているイメージが無いけど、最近のマンションだと付いているのかしら?」


 お母さんにはそう言ったけど、まだネットが其処迄発達している訳では無い。そう考えると色々と特定するのは難しいかもしれない。それでも、個人情報などの重要性がまだ認識されていないからこそ、慎重に進めないと駄目だと思う。


 もしかすると、簡単に此処を特定されちゃうかもしれないよね。


「そうね、お父さんと相談してみるわ。宝くじに当たったって言って引っ越しする方向で話を進めてみる」


「宝くじだと金額が合わなくない?」


「あら、1等じゃ無くて前後賞で考えれば良いのよ。バラで買った宝くじで5000万円当たっていたって言うわ。普段の通帳に5000万円入れておけば、お父さんだったら何とかなるわ。多分新しい車を買ってくれって煩い事になると思うから、買ってあげないと駄目だと思うけど。だからお家は4000万円以内になるわね。はあ、そっちも探さないとだわ」


「う、うん、そこはお母さんに任せる」


「何言っているのよ、日和にも協力してもらうわよ」


 お母さんが言う通り、私もお父さんは家より車を買いたがると思う。今の軽自動車で私は問題無いけど、その軽自動車ももう7年くらい乗っている。確か、私が生まれた頃に買ったはず? お父さんがワンボックスの自動スライドドアが付いた車を、前から欲しがっているのは家族みんなが知っていた。


「子供達も大きくなって来たんだから」


 お父さんの定番のセリフなんですよね。でも、まだお姉ちゃんは中学生ですし、私は小学生なんですけど?


 まあ、お母さんが当てた宝くじだから、お母さんの判断優先で何とかなると思う。でもお父さんって自分の欲しい物を買うお金が身近にあって、買えるのに我慢できるって性格じゃ無いからなあ。

 伊達に前世で37年間も親子をやって来ていないから、お父さんの性格だってしっかり判ってますよ。


「土曜日の新聞広告に色々入っていたわよね? ちょっとまって」


 お母さんが読み終わった新聞や広告チラシを入れている棚から、マンション関係のチラシを物色し始めました。


「日和が言うように、マンションとかの方が注意を分散できるかしら? 入口のセキュリティーがしっかりしている分譲マンション、分譲マンションっと、チラシだけだと間取りとかは判るけど、マンション自体の入口とかは良く判らないわね」


 チラシを抜きだして行くけど、そうかあ、この頃のマンションってまだエントランスはあるけどセキュリティーとかの意識は少ないみたい。防犯カメラとかは付いていても、入り口自体にオートロックとかは書かれていない。


「うん、最悪は賃貸でも良くない? 場合によっては再度引っ越ししないとだし、とにかく此処よりは良いと思う。もし身元がバレちゃったら大変な事になるよね?」


 私の言葉に、お母さんが少し考え込む。でも、ここでお母さんから反対意見が出て来た。


「駄目ね。それだとお父さんを説得する理由が弱いわ。引っ越ししなくてもって言い出しかねないと思う」


「え? でもせっかく宝くじ当たったんだよ? 初めから想定してないよね?」


「そうね、でもお父さんが欲しい物を考えたらきりが無いわよ?」


 お母さんの言葉に説得力がありすぎて怖くなります。


「引っ越しして、また直ぐに引っ越ししなくて済むと良いね。2度目に引っ越しってなったらお父さんに株で儲かった事もバレちゃてると思うから」


「はあ、そうならない事を祈るわ」


 お母さんと一緒に、過去の新聞に入っていた広告も取り出して物色します。でも、新聞広告に入っている分譲マンションって、セキュリティーの事もそうだけど、まだ完成していないものばかりなんだよね。


「ただ、此処なんかは来年3月完成よ? 中々良さそうじゃない?」


 3LDKで地下鉄迄徒歩10分、何と1階の入り口にもちゃんとオートロックが付いているみたい。うん、本当にこの通りだったら悪くないのかも? ただ、学校は変わらないと駄目だし、お姉ちゃんが転校する予定の中学校の様子も知りたい。


「中学校が荒れて無いかは知りたいかな? 新しい住宅地とかの学校って荒れてるって言われるから」


「そうか、それもあるわね」


 我が家もそうだけど、今は共働きの家が多い。言い方は悪いかもだけど、そのせいで子供に目が届かないから色々と問題が出て来る印象がある。そして、新興住宅地や団地がある学区は特にその傾向が強いって聞いた事がある。


「お金持ちの人が多い学区は大丈夫って聞いた事がある。本当かどうかは知らないけど」


「公務員の集合住宅がある地域も良い先生を派遣するから、荒れた学校が無いって聞くわよね」


 あくまでも都市伝説みたいなものです。ただ、それでも心配にはなります。


「うちの中学校は普通だったよ。そう考えるとうちの中学校の学区が良いかも? それに、お姉ちゃんは転校を嫌がるかも。美穂さんと離れちゃう事になるし」


「そうねぇ、ただ、同じ学区だとどうなのかしら? そもそも、そんな都合の良いマンションがあるかだし、ねえ、日和は記憶にないの?」


 お母さんにそう聞かれる。それで前世の記憶も総動員して思い出そうとするんだけど、うちの近くで新しいマンションが建ったとか聞かないし、記憶にもない。

 コロナの頃になって、パチンコ屋さんが潰れてマンションになったりしたけど、私の子供の頃の事は流石に覚えて無いよ。


「広告をこまめに見るしか無いと思う」


「それだと遅くないかしら? 公表されるのが5月らしいから、それまでに可能なら引っ越ししたいわ。それに、良く考えたら同じ学区だと周り回ってバレるわよ?」


「う~~~、結局駄目じゃん。不動産屋さんを回ってみるしか無いのかな」


「そうなるわねぇ」


 ネットが発達していない事の不便さを痛感している私でした。


 そして、その翌日の夜、私が布団の中に入って眠ろうとしていると、私達の部屋に聞こえるくらいの大きな声で、お父さんの叫び声が聞こえて来ました。


「マジか! 幾らだ!」


 その声で、ああ、お母さんが宝くじに当たった報告をしたんだと判りました。


 お母さんとの打合せで、普段使っている通帳に5000万円だけお金を移して来たんです。


「手が震えるわね」


「5000万円だもんね」


 お母さんが書き込む用紙を見ながら、私も言葉少なになっちゃいます。


「もし目の前に積んでくださいって頼んだら、積んでくれるのかしら?」


「・・・・・・たぶん?」


 対応してくれた銀行の人が、実際にこれだけの金額を現金となると、すぐには用意は出来ないって教えてくれました。


「支店なので保有している現金はそこまで多くないんですよ?」


 実際にそうなのかは判りませんけど、銀行強盗とか考えると現金を余り持っていない方が安全ですもんね。


 そして、お母さんは通帳を見せながら宝くじが当たった事を報告したんですね。実際には納税用の家を決めてからお父さんに話すか悩んだんですが、そちらも手続きなどで区役所とかに行かないといけないので、両方同時進める事にしました。


 その為にも、まずはお父さんに宝くじが当たった事の報告が必要なのです。


「んん? お父さんの声だったね。どうしたんだろう?」


 二段ベットの上段で寝ていたお姉ちゃんが、お父さんの声で起きちゃいました。


「うん、どうしたんだろ? お姉ちゃん何か思いつく?」


「なんだろ?」


 ちなみに、私とお姉ちゃんは冬休みに入りました。ただ、お姉ちゃんの友達で中学受験する子達は冬季合宿などで大変らしいです。結局、お姉ちゃんは中学受験をしなかったのでのんびりしていますが。


「見に行ってみようか」


「うん」


 此処で行かないのも変なので、お姉ちゃんと二人で子供部屋から出て居間へと向かいます。すると、今ではお父さんが何か興奮して、お母さんに話しかけている姿がありました。


「家も良いが、それより車を買おう。今の車はもうじき7年で車検になるし、そろそろ替え時だっただろ? 車は消耗品だぞ」


「それよりって何よ! 別に車を買うなって言っている訳じゃないわ。でも、まずは住む所を探しましょうって言っているの。子供達も大きくなって来ているし、日向はもう中学生になるのよ? それに、そんなに高い車じゃ無くて相応の車で良いのでしょ? 私はせっかくの機会なんだから、まずは家が欲しいの」


「だけどさ、やっぱり良い車に乗りたいじゃないか。お前が言うように、これから子供達だって大きくなっていくんだ。周りから馬鹿にされない車の方が子供達だって嬉しいだろう?」


「だから、その子供達の事よ? これから中学、高校、大学って進学していくのよ? 学費の事だってあるし、無駄遣いは出来ないわ。そもそも、乗っている車で馬鹿にされたりなんかしません!」


「そんなの、その時に考えれば良いじゃ無いか。自分の事だ、奨学金を借りてでも何とかするだろ? 俺だって奨学金を借りて大学に行ったんだからさ」


 お母さん達の会話が聞こえて来ました。うん、会話の内容が予想通り過ぎて悲しいです。


 お姉ちゃんと二人で、じっと扉の外から会話を聞いています。ただ、このままお姉ちゃんに聞かせて良い話じゃない気がしてきました。


「何か難しいお話をしているね。お姉ちゃん、お部屋に戻ろ?」


「え? うん、そうだね。喧嘩とかじゃ無かったから良かったね」


 お姉ちゃんと気が付かれないようにコソコソと話をして、自分達の部屋へと戻りました。


 お姉ちゃんはお母さん達の会話が気になるのか、何度も居間の様子を気にして振り返っていました。そして、それぞれのベットへと入って部屋の電気を消して、私が先程のお父さん達の会話について考えていると、姉ちゃんが呟く声が聞こえて来ました。


「お母さんが宝くじ当たったの? そんな事あったっけ?」


 でも辛うじて聞こえるかといった小さな声だったので、ハッキリとは聞こえません。ただ、宝くじって聞こえたから、お母さん達の会話が判ったんだよね? そっか、中学生なんだし、さっきのお父さん達の会話は普通理解出来るよね。ただ、私は何も聞こえないふりで眠る事にしました。


 だって、お姉ちゃんの言葉は私に向けて尋ねたものではなく、自分に問いかけたものだと思ったから。


 それにしても、お父さんはやっぱりお父さんだったなあ。あと、お母さんにお姉ちゃんにもきちんと説明をして、口止めしておかないとって言わないとだね。


 もっとも、私はお父さんはあんなもんだと知っていた。だから、結婚とかに対して一線引いた所があったのかもしれない。

 ただ、お姉ちゃんは若しかしたら、お父さんとお母さんの様子から自分の家のように仲睦まじい家庭とかに憧れたのかもしれない。そこには、お母さんの多大な苦労があったんだと思うけど、それに気が付くにはもう少し歳を取ってからじゃないと無理だったのかも。


 だからお姉ちゃんの結婚生活は、その理想とは掛け離れてしまって破綻したのかも。


 ただ、あの男を選んだのは駄目だよ。見栄えは良かったのかもしれないけど、家庭より自分の事が中心で無いと我慢できない男だったよ。ここでふと、そういう所など結構お父さんに似ているのかもと思ってしまう。


 娘は父親に似た人を選ぶって何かで聞いた事があるけど、うわあ、有り得ないよね。


 うちはお母さんがしっかりしていて良かった。


 そう思いながらも、お母さんは何であんなお父さんに引っかかったの? う~ん、もしかすると我が家の女性陣は、駄目な男に引っかかる傾向があるのだろうか? 今生は私が注意しないとと思うのだった。

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