第10話 無事に売り切りました。でも、問題が発生しました。

 WAPOOが上場して漸く1年が過ぎました。この1年、お母さんと二人で日々株価と睨めっこをしていますが、幸いな事に順調に上昇してくれています。


 ただ、お母さんは既に精神的にグロッキー状態かな? どうしても毎日株価を見ていると下がる時だってあるんです。そうすると、心配になって弱気になっちゃうんです。


 購入してすぐの頃は。


「ねぇ、そろそろ売った方が良い気がするわ? もう買った金額の5倍よ?」


「売り出しで200万円になったんだから、そう考えればまだ全然上がってないよ?」


 そして、1株が700万円を超えた時も。


「もう10倍よ? 今売ったら7000万円になるわよ? まだ駄目なの?」


「うん、全然ダメだって。じっと我慢だよ」


 更には。


「二日続いて株価さがっているけど、もう売った方がよくない? もうすでに儲かっているんだから」


「駄目だよお母さん。今は我慢なの。だから、毎日株価見ちゃ駄目だって言ってるでしょ?」


 こういった遣り取りがしょっちゅうあります。


「今の所は順調なのよね? あとは売り時なんでしょうけど、日和の話を聞いていなかったら今の段階で絶対に売りに出していたわ」


「うん、判るよ。ハッキリ言って怖いよね。株価が下がっても、購入時よりは損しないし大丈夫って判っているんだけど、細かな値動きでもドキドキするよね。だけど、今は我慢しないとだから」


「判ってるわ。でも、心臓に悪いわね」


 毎日株価を見るから駄目なんだと思います。来年まで放置するならするで思い切って株価を見ない決断をするのが健康的? ただ、小市民な私やお母さんでは無理なんだろうな。


「ああ、早く来年にならないかしら」


「だから、見なければいいんだよ」


「そうなんだけど、ついつい見ちゃうのよね」


 うん、既に何度も何度もお母さんとは同じ遣り取りをしているんですけどね。


 株価の事はとりあえず置いておいて、私は3年生になりました。つまり、お姉ちゃんも6年生になったんですね。ただ、お姉ちゃんは結局中学受験をしたいと言い出しませんでした。


 一応、今も英会話教室に通っていますし、通っていた塾もそのまま継続して続けています。


「普段の授業は問題無いし、勉強だって土台をしっかりしておかないと後で困るからね」


 うん、相変わらず小学生の考えとは思えません。


 そんなお姉ちゃんのクラスでは、女子は半数近くが中学受験するみたいです。本当かどうかわかりませんが、うちの学区の中学校はあまり評判がよく無いみたい。


「佐保ちゃんが徳川と豊臣を受験するから、私は行かない事にした。どっちに受かるか判んないし一緒の学校に行きたくない。あと、美穂は中学受験しないで公立の中学に行くかも?」


 英会話教室に通っている同級生で、お姉ちゃんと合わない子がいるらしいです。その子が受験するみたいなんだけど、一緒の学校に行きたくないから受験しないそうです。


「佐保は何かと私をライバル視してくるんだけど、うちが貧乏だとか、サラリーマンだとか、そんなの私じゃどうしようもない事でマウント取りに来るんだよね。どうせなら試験結果で言えっていうの。

 ましてや、私が佐保を虐めるとか言い出して、そもそも佐保なんて相手にしてないっての」


 って文句を言っていました。


 あと、お姉ちゃんと仲が良い美穂さんは、何故か受験を止めるみたい? 確か同じ塾でお姉ちゃんといつもトップ争いをしていた人ですよね。


「変に進学校へ進学しても、本人のヤル気と通う塾の質が大学受験を左右するからね。まず目指す高校かな? 美穂も同じこと言ってた」


 何となく、思いっきり美穂さんはお姉ちゃんに感化されている気がするのは気のせいかな? お母さんも進学に関してはお姉ちゃんにお任せするみたいですし。


 ただ、やっぱりお姉ちゃんって目立ちたがりな所があって、今世で承認欲求は強いんですよね。ただ、私とお母さんの努力もあってなのか、今は勉強できる子というのがお姉ちゃんの中では重要なステータスになっているみたいです。


 伊達にお姉ちゃん頭が良いね、カッコいいねを言い続けた訳じゃ無いですよ。


 御蔭で、お姉ちゃんは恐らく成績では小学校でも上位10人以内にいると思う。塾の模試では1番とか2番ばかりです。

 併せて容姿もそこそこだと思うし、言動もどちらかと言えば派手。だから仲の良い子は多いですね。その分、お姉ちゃんを嫌う子もいるみたいですけど。


 その筆頭が、佐保ちゃんです。佐保ちゃんも塾などに通っているから頭も良いし、お父さんが会社を経営しているからお金持ち? その為、サラリーマン家庭の我が家の事を、しょっちゅう貧乏だ何だと言って馬鹿にするらしいです。


「別に私立の中高一貫校行かなくても、私だったら公立でも良い大学に行けるし? 大変だよね、必死に勉強しないと駄目な人って」


 うん、お姉ちゃん、その発言は思いっきり反感買いそうですね。


 恐らくこのセリフをそのまんま、佐保ちゃんに言ったんでしょう。ただ、それだからお姉ちゃんは公立中学への進学に意地になっているような所がある気もする。


「私立はやっぱりお金が掛かるのは確かだから、日和も頑張って勉強して、良い国公立の大学に進学しないと駄目だよ? 日和も地頭は良いんだから」


「別に私は頭良くないよ? でも頑張るのは頑張る」


「そんな事無いって、日和はやれば出来る子だよ」


 私の返事に、お姉ちゃんは笑顔でうんうんと頷く。


 でもですね、前世の記憶があるから何とかなっているんであって、私はそんなに頭は良くないと思う。ただ、そんな事を言おうものなら、滾々とお説教が始まるんですよね。


 ほら、20過ぎればただの人って言うじゃないですか。私はコツコツ頑張ってもお姉ちゃんの足元にも及ばないと思います。


 一応、今の段階でも私立へ進むだけのお金は何とかなるんだけど、お母さんと相談して姉ちゃんが中学を卒業するまで言わない事にしている。当初は高校卒業までと言っていたんだけど、お姉ちゃんの様子を見て変更しました。


「今は良い方向に育ってくれているけど、お父さんの血が濃いから心配はあるのよ。でも、大学受験で私立も視野に入れられると幅が広がるでしょ? 少しでも余裕があるのと無いのでは違うと思うの」


「うん判る。どこでどう転ぶか判んないもんね。それに、私への過剰な期待が薄まってくれると嬉しい」


 お姉ちゃんの期待は結構重いんです。国公立大学何て、私には雲の上だと思うんですよね。


「日和ももう少し頑張ったら? せっかく良い感じに来ているんでしょ? まあ、それはそれとして、金銭感覚を養うと考えると、私立のお金持ちの子達に囲まれるより公立の方が良さそうよね。日向もしっかりしているから、中学で横道に逸れたりしないと思うわ。そこはお母さん信じてる」


 私の認識も大概酷いけど、やはりお父さんと言う見本があるだけに慎重にならざる得ないんだよね。私と違って前の人生の記憶がないお母さんは、今のお姉ちゃんを見て信用しているみたい。確かに今のお姉ちゃんはしっかりしているから、大丈夫なような気もする。


「前の記憶があるから、どうしても認識が偏っちゃうんだよね」


「そんな物なのね。でも、今のお姉ちゃんなら信じられるでしょ?」


「うん」


 そんな事をお母さんとしていました。


 で、私も3年生になって英会話教室と学習塾に通うようになりました。お姉ちゃんが今の塾に行くようになって、お姉ちゃんから教えて貰う時間が少なくなったんです。

 その為、お姉ちゃんと同じ塾に行くようになったんだけど、行く前に想像していたより楽しい! 特に英会話教室! お姉ちゃんから聞いてはいたんだけど、どうしても英語という事で精神的に壁があったんです。ただ、まだ小学生を対象にしているのもあって、カナダ人のお姉さんとのお話がメインなんですよね。


「英検を受ける為の授業は別にあるよ?」


 そう教えてくれたお姉ちゃんですが、今は中学生になってからの事を考えて英検対策のクラスにも通っています。お姉ちゃん曰く、まずは6年生の内に出来れば3級獲りたいなって言ってました。


 真面目に、前世ではお姉ちゃん損したよね。このままちゃんと進んだら、本当に良い大学に進学できるような気がする。


 そう考えると、人の人生って難しいよね。


 ちょっとした切っ掛けや出会いで、その後の人生が大きく変わっちゃう。良い出会いであればいいけど、普通はその後の人生を何かと比較何て出来ない。まして遣り直し何て出来るはずがない。そう考えると今の人生も慎重に生きて行かないと、どこに落とし穴があるか判んないよね。




 そして、運命の2000年を前に、1999年9月に行われたWAPOOの2度目の株分割で私達の所有株数は一人40株になった。


 そして、此処でお母さんは一つの決断をする。


「お母さんはここでリタイアするわ。此処まで来て日和を信じない訳じゃ無いのよ? でも、日和が知っている未来とは明らかに違っている所も出てきているのでしょ? 貴方達の株を何時売るかは日和に任せるわ。だからお母さんはギブアップ!」


 10月12日から1週間ほどで1株5100万円から3900万円まで落ちたんですよね。分割したからという事も判っているんだけど、ここでお母さんがギブアップしちゃいました。でも、売り切った時の価格が1株平均4300万円の40株でしたから約17億円です! 驚きですね。もっとも、此処から税金や手数料が引かれちゃうんですけど。


 ただ、私も結局は12月末でギブアップしました。売り切った価格は1株だいたい8500万円で、私もお姉ちゃんも共にそれぞれ30億円越です。


 お母さんが手持ちの株を売り切った時も、今と同様に二人で通帳を眺めていました。でも、その時より更に金額が凄いんですよね。


「税金が怖いね」


「そうねぇ、いったい幾らくらい払わないといけないのかしら?」


 この時は私も、お母さんもまだ今回の事をそれ程深く考えていませんでした。ただ、通帳に記入された金額を、全然実感できずに二人で眺めていました。


 でも、この余裕と言うか、幸福感はお母さんが納税に関して、税理士さんにお願いに行って帰って来た所で終わっちゃいました。


「日和、ま、拙いわ! このままだと拙いの!」


 税理士さんの所から帰って来たお母さんは、それこそ顔面真っ青と言うか、真っ白という表現がぴったりなくらいになっていました。 


「お母さんどうしたの? 税理士さんに何か言われたの? 嫌な税理士さんだったら変えれば良いんだよ? 絶対にその人じゃなきゃって訳じゃないんでしょ?」


 今年に入ってから、お母さんは税理士さんを探し始めていました。本当なら知り合いの伝手などで探すのが良いのだけど、やはり情報がどう知り合いに洩れるかが怖いので、慎重に税理士さんの選定をしていました。


 私もお母さんに連れられて何度か面会していたし、良さそうな感じのお爺ちゃんでした。その為、何でお母さんがこんな表情をしているのか判りません。


「違うのよ? 税理士さんが悪いんじゃないの。ただ、今日お伺いした時に、納税金額の概算をして、税理士さんが高額納税者公示制度っていうのがあるって教えてくれたの。今までもニュースとかで聞いた事はあったけど、自分がその対象者になるとは思っていなかった。その対策を急いでしないと駄目だって指摘してくれて。税理士さんも金額を知って吃驚してたの」


「高額納税者公示制度?」


 聞いた事が無い名前ですが、何となく意味は解ります。ただ、個人情報保護が騒がれていた時代を主に生きてきた私としては、何がそんなに問題になるか良く判りません。


「いっぱい税金を納めたお金持ちを公表するの。それこそ、新聞や雑誌に名前が出ちゃうの。問題なのは名前もだけど住所も公示されるから、勧誘や窃盗、最悪は誘拐とかが有り得るって。ましてや、日和や日向は子供だから」


「誘拐!」


 あまりの内容に思わず声が出ちゃいました。


「名前だけでなくって住所も町名までは公開されるらしいの。その資料は誰でも手に入れられるらしくって、だから色々と問題が出る可能性があるって」


「え? 何それ! 怖いよ! 何でそんな事をするの?」


 そんな事を言い合っていても仕方が無いのですが、実際に被害に遭うかもしれないという事に私は呆然としてしまいました。


「大丈夫よ、税理士さんと相談してきたから。確定申告をする時までに住民票を移しておけば何とかなるだろうって。住民税とかは今年の1月1日に住んでいた所になるから間に合わないらしいけど、所得税は確定申告を提出した住所が表に出るから、お母さん急いで住所変更するわ」


「住所変更ってそんなに簡単に出来るの? もしかして引っ越すの?」


「借家でも、賃貸でも、最悪は購入してでも良いから家を確保して、そこに住民票を移すの。実際に住んでいなくても良いから、まずは場所探しするわ。でも、借家とかだと大家さんが迷惑に思ったらあっさり契約時の此処の住所を話しちゃう可能性もあるから、出来れば購入の方が良いのかもって教えて貰ったの。あ、あとは、出来れば別の県が良いみたい」


 何かとんでもない事になっちゃったけど、もう12月も終わろうかって言う所でまさかのお家探しが始まりました。

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