第9話 その頃の姉3

 やり直し生活が始まって既に2年が過ぎた。すでにこの段階で、前の人生とは大きく変わってきている。


「英会話の塾に、学習塾と勉強漬けだなあ」


 もっとも、中学受験をする為に、以前も6年生からは急遽中学受験用の塾に通っていた。ただ、徳川女子への受験という事で、そこまでレベルは高くなかった。それに比べると今は豊臣女子を受験しても問題無いレベルの勉強をしている。


「うん、今の所中学受験するつもりは無いよ?」


「え~~~、何で? いっしょの中学へ行こうよ」


 同級生の美穂ちゃんが、しきりに豊臣女子の受験を勧めて来る。通っている塾も同じで、塾での成績は今の所は私と美穂ちゃんでトップ争いをしていた。


「うちはサラリーマンだよ? おまけに妹もいるから、金銭的な面でも私立は無理かなあ」


「え~~~、せっかく頭が良いんだから勿体ないよ」


 実際の所、どれくらいお金が掛かるのかは判らないし、前は徳川女子へ通えてたのだから豊臣女子も問題無いのかもしれない。

 ただ、日和は公立の中学校へと通っていた。そう考えれば当たり前に家計的には厳しかったのかもしれない。

 前世で行ってたバレエは止めたけど、その代わり英会話と学習塾へと通わせて貰っている。それもあって、あえて私立の女子校へ行こうと言う気にならないだけだった。


「妹もまだ2年生だし、中学へ行っても出来るだけ早く帰れる方が両親も助かると思う。まあ、ここの中学って評判があんまり良く無いからちょっと心配だけどね」


「でしょ? いまちょっと荒れてるってお母さんが言ってた」


 実際の所、今通っている小学校自体もあまり評判は良くない。学年やクラスによっては学級崩壊に近い状況になっているらしい。特にいまの6年生のクラスでは、先生に対する反発などで授業が進まないと問題になっていたりする。


「ちゃんと勉強しておかないと、あとで困るのは自分なのにね。まあ、実際の勉強は塾が主になっちゃってるから問題無いけど、巻き込まれるのは困るかな」


「そう言える日向ちゃんが凄いよ。私は、日向ちゃんに負けないように頑張ってるだけだからなあ」


 美穂ちゃんは、こういう事をハッキリと言う。塾の模試で私に負けると本当に悔しそうにするし、私に勝つと思いっきり喜ぶ。ただ、その発言には裏が無いし、私だって流石に2度目の人生を歩んでいて小学生に負けるのは悔しい。その為、美穂ちゃんには負けないように頑張っている。


「塾の先生も中学受験して欲しいんでしょ?」


「うん、それっぽい事は言われたかな? 親同伴の進路指導ではやたらと中学受験を勧めて来た」


 塾としては、やはり合格実績が欲しいのだろう。その為、結構な熱意で中学受験を勧めてきている。ただ、母は終始子供の意志に任せているのでと、中学受験をするかどうかは私の判断に任せてくれている。


「日向、豊臣女子に行きたいなら応援するわよ? お金の事なら何とかなるから」


「日向は頭が良いから経済的な心配をしてくれているんでしょ? でも、子供の貴方が心配しなくても良いのよ? お母さんがちゃんと準備しているから」


 進路指導から帰ると、母は必ず私の考えを聞こうとしてくれる。そして、金銭的な事は心配しなくても良いから、行きたい学校へ行きなさいと勧めてくれた。


 でも、大人の記憶がある身としては、豊臣女子へどうしても行った方が良いのかは微妙だと思っている。もっとも、進学校と言われている豊女と、私が行った徳女とは全然違うかもしれないけど。前の人生と同じ様に徳女へ行く気は元々無いし、目指す所が大きく変わっているから。


 そもそも、母が言うように我が家に金銭的な余裕がそこまで有るようには思えない。改めて2度目の人生を歩んでいると、母が日々の生活にも食事にも非常に気を使っているのが判る。


 うちは外食すら稀だしね。お母さんが作ってくれるコロッケやチューリップが御馳走だから。美味しいから問題無いんだけどね。


 ただ、母が出来るだけ食費を抑えるために、日々努力している事には気が付いた。それに、母は自分の服などを買う事はまず無いし、あってもブランド品などは勿論買わない。


 家族だけじゃ無く、小春にも恥ずかしくないように生きないとだから。小春に言い続けて来たように、しっかりとした人生を歩もう。


 私の中にあるのは、小春との思い出と約束だ。


 そして、奇しくも私はいま小春と同じ様な年齢なんだ。それであるなら小春に私が望んだ生き方をしなければ。もし今後、小春に出会える奇跡が訪れたとしたら、私は小春に胸を張ってお母さんは頑張ったんだよって話せるように生きる。


「お母さん、心配しなくても大丈夫だよ。豊女へ行かなくてもしっかり勉強するし、あえて豊女に行かないと駄目だって思えないだけだから」


 お母さんに聞かれる度に、私はそう言い続ける。それに、我が家にはまだ日和がいる。


「勿体ないなあっていうか、日向が来てくれないと私が寂しいんだけど?」


「美穂が居ないと私だって寂しいよ? でも、それはそれ、これはこれだから。うちは美穂の家程裕福じゃ無いしね」


 美穂の家は開業医だ。同じクラスになった事も有り、今では我が家は風邪をひくと美穂の家に行くようになった。その為、一人っ子の美穂がお医者さんになる事を求められている事を知っている。そして、その事に美穂はすごいプレッシャーを感じている事も。


「最悪はお医者さんと結婚すれば良いんだ!」


 そう告げながらも、美穂は必死に勉強を続けている。


「医者の子供には、医者の子供しか判らない辛さがあるんだからね!」


 これはよく美穂が言う言葉だ。昔から、周りの友達達からは医者の子供は良いなと言われたりして良く反発している。美穂はそれだけ頑張っているのを私は知っているし、もちろん友人として応援している。


「女子校行って道を踏み外さないでよ? 美穂だから言うけど、私も一応国立の医学部志望だからね。今まで誰にも言った事がないんだから、内緒だよ?」


「え? 日向って医学部志望なの!」


 今まで誰にも言った事が無い私の目標。それを聞いて美穂は思いっきり驚いた表情を浮かべる。


「国公立しか無理だから、その為にも無駄に中高とお金を使えないの」


「そっかあ、日向も医学部志望かあ」


 何かニヤニヤ笑う美穂がいる。


「ちょっと! ちゃんと聞いてる? 内緒だからね? 親にも言った事無いんだから」


 私は、美穂を揺す振りながら言葉を続ける。ただ、美穂は更に何かブツブツ言いながら不気味な笑みを浮かべていた。


 私は、授業が終わると学童保育で待ってくれていた日和を連れて家へと帰る。4年生になってからは、塾へ行くために一旦日和を連れて家へと帰っている。当初、日和はそのまま学童保育で学校にいて、私だけ帰宅して塾へと通っていた。ただ、それも今年からは日和も私と一緒に帰宅して、母が帰って来るまで一人で宿題などをして過ごすようになった。


「お母さん、日和一人で家に置いておくのは危なくない?」


「そうね、しっかりしているって言ってもまだ2年生だものね」


 私は日和が一人で留守番する事を心配して反対していた。一人でいる時に何かが起きたらどうするんだ。そんな思いが強かった。その為、お母さんを説得しようとしたのだが、驚いた事に学童保育を止めたいと言ったのは日和だったらしい。


「えっとね、あそこだと落ち着かないの」


 よくよく話を聞いていると、日和が宿題をしたり、本を読んでいたりすると複数の男子が邪魔をしてくる。更には、今年入学した1年生に非常に懐かれているらしい。その為にどうしてもその子達に関わっていたら、何時の間にか自分がその子達の世話をするのが当たり前になって来てしまったとか。


「え? 何それ」


「先生に言っても、仲良く遊んでてねって言うの」


 日和は確かに大人しい。それに、危ない事をしている子には注意をするし、泣いている子がいると慰めに行く。幼稚園時代も、クラス担任の先生に非常に頼りにされていたらしい。そして、同様の状態に学童保育でもなってしまったようだった。


「先生に注意してあげようか?」


「別に虐められたりしている訳じゃ無いから、難しいと思うよ?」


「それもそっかあ」


 学童保育で人気者になってしまって困っています。これでは、どう対処すれば良いのか判らない。結局、この事もあって日和は私の下校に合わせて自宅へ帰る事になる。


 私は、日和を見るとついつい小春の事を思い出してしまう。叔母と姪だけあって、まだ幼い日和は何処となく小春の面影を感じさせる。


「日和、今日は学校でどんなことをしたの?」


「ん? 特に何も無いよ? 算数も国語もそんなに難しくないから」


 日和の勉強を見てあげていると、天才なんじゃ無いかと思う時がある。算数の宿題などもスラスラと問題を解いていくし、特に判らなくて困るような所は滅多にない。ただ、どうやら暗記類は苦手そうだった。


「ほら、ここ間違ってるよ」


「え? あれ? あ、ホントだ」


「駄目だよ、ちゃんと見直ししないと」


「うん、でもね、見直ししていると、何だか間違っているような気がしてくるの。お姉ちゃんはそんな事無い?」


「それはね、キチンと覚えていない証拠だよ」


「うぇぇ」


 日和は、端的に言えば大雑把なんだと思う。その為、算数のテストでも落ち着いて解けば全然問題ないのに、ケアレスミスで失点する。どちらかと言えば、簡単な問題程その傾向が強い。


「焦らなくても良いんだから、1問1問落ち着いて解くの。簡単そうだからって頭で計算しない。時々口にしている数字と書いている数字が違う事があるよ?」


 これも日和を見ていて気が付いた事。なぜ口に出している文字と書く文字が違うのかを聞いた時に、書いている段階でついつい他の事を考えていたりするらしい。


「器用なのか器用じゃないのか良く判らない子ね」


 あの時は、思わず素でそう言ってしまった。

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