第12話 その頃の姉4

 中学2年になって、そろそろ進路に対して気にし始める子も増え始めた。公立中学という事も有り、まさに玉石混交、勉強しない子はまったくしている様子は無い。ただ、入学前に言われていたように学級崩壊と言うほど酷い状況では無かった。


「ねぇ、日向は高校は何処受ける?」


「う~ん、利便性も加味して金鯱高校かな。公立でトップ3に入るし、大学進学率も高いよ」


「金鯱ね、判った。私もそこ受けるわ」


「美穂、あなたねぇ」


 美穂は結局の所、家族を説得して私と同じ地元の中学に進学した。


 その為に、何故か私が美穂の家に遊びに行く事になったのは、未だに訳が判らない。ただ、塾の模試でお互いに1番を取ったり取られたりする関係なのは美穂の両親も知っており、更におしゃべりな美穂は、私が医学部を目指している事まで話してしまっていた。


「ちょっと、何でうちの親にも話していない事を美穂の親が知ってるのよ」


「だって、それ言わないと説得できなかったんだもん」


「何が、だもん、よ! キャラじゃ無いでしょうが!」


「だってさ、日向と一緒の方が絶対に医学部受かりそう。何と言っても勉強のモチベーションが違うって」


 美穂の両親に挨拶をして、更には今後の自分なりのスケジュールやら何やらを質問される。

 これって何の圧迫面接? 何で私がそれ受けてんの? そんな事を思いながら、それでも一つ一つ真面目に答えていると、隣で置物になっていた美穂が馬鹿な事を言った。


「なんか、結婚の了承を貰いに来たみたいだよね」


「はあ?」


 思わず必死に被っていた猫が、どっかに吹っ飛んでいった。その為、思わず素で美穂の頭をスパンと叩いてしまう。


「う~~、やめて! 馬鹿になる!」


「とっくになっとろうが!」


 そんな私達の遣り取りを見て、美穂のお母さんが噴き出す。


「貴方、そんな所で良いんじゃないかしら。美穂ちゃんは良い出会いをしたのね」


「はあ、そうだな。こんな娘だが、大変だとは思うが導いてやってくれ」


 今までの様子から一変し、美穂の両親が深々と頭を下げる。その為、私は慌てて二人に頭を上げて貰うのだった。


 その後、美穂の部屋へと私達は移動して、今日の事を詰問する。


「う~ん、うちってさ、結構厳しいんだよね。曾爺さんの頃から代々医者でしょ? お爺ちゃんもお爺ちゃんの兄弟も医者、お父さんのお兄さんも医者。周り中が医者だらけだったんだよね。もう親戚中が、子供は医者になるのが当たり前だって雰囲気で」


「まあ、ありそうな話だね」


 部屋にある大きなヒヨコのクッションに抱き着く様な形で、どこを見るでも無く美穂の告白は続いている。私は、その事に何か返してあげる事も出来ずに、ただ話を聞いてあげるしか出来ない。


「うん、でさあ、私達の世代になって、医者になった人が激減したんだよ。親に反発して医学部に行かないで学校の先生になっちゃった人とか、理工学部へ行って就職しちゃった人とか。

 従兄弟の中で私が1番年齢が下なんだけど、その皺寄せが凄いのなんの。そのせいで小学生の頃から勉強漬けだったんだ」


 美穂と塾で一緒になったのは、小学校5年生からだった。前の人生の記憶が戻った私は、それまでの自分とは一変して勉強を頑張っていた。学校のテストでは毎回満点を取る。そして、塾へと通い始めた所で簡単に言えば目をつけられた。


「ねぇねぇ、鈴木日向って貴方でしょ?」


「何? 何か用?」


 最初に声を掛けて来た美穂の印象は、思いっきり何だ此奴って感じだった。話し方も態度も思いっきり上から目線だった。まあ、そこは私だって中身は大人だ。ちゃんと大人の対応をした。


「日向にさあ、初めて声を掛けた時、思いっきり私は緊張していたんだよね。日向は小学生なのに服装とかコーデが上手で、何かと派手だったから。私以外にも気にはなっていた子はいたけど、明らかに声を掛けるなみたいな壁を作ってたじゃん。だから中々切っ掛けが無くてさあ」


「どうだったかな? そんな壁作っていた記憶は無いけど、まあ私もあの頃は色々と余裕が無かったんだよ」


 生まれ変わって、前の人生の記憶があって、更には前と同じ人生をもう一回歩き直さないといけない。そして、それ以上に最愛の娘と離れ離れになって、二度と会う事が叶わない。家族には必死に隠し通したけど、色々と余裕が無かったのは確かだ。


「邪魔だ、煩い、関わるなって言われた時、何様だこいつ! って思ったよ」


「? そんな事言った? 私が?」


「言った! 思いっきり言った! うっそ~~~! 日向は覚えて無いの?!」


 しばらく思い出そうとするが、美穂の態度が失礼だった事しか思い出せない。


「美穂が上から目線で話しかけて来た事しか覚えてない」


「はあああ! あれの何処が上から目線なのよ! 緊張してついつい話し方が硬かっただけじゃない!」


「自分を客観的に見る癖をつけるべき」


「日向に言われたくないわ!」


 まあ、こんな感じで美穂とは塾の模試で1番を競い合っていて、何時の間にか仲良くなっていた。ただその過程において、何故か美穂が私に依存するような所が生まれたのが不思議でならない。


 まさか中学受験まで止めるとは、私はおろか塾の先生達も思いもしなかっただろう。頼むから受験してくれ、何なら受験費用は塾が負担すると、塾の先生達に言われた時にはちょっと悩んだが、結局は私も美穂も受験する事は無かった。


 そして中学へと進んだ頃、何かお母さんの様子が変になった。気が付くとお母さんは新聞を見ては溜息を吐いている。いったい何が載っているんだと気になって、お母さんが見ていた新聞を自分でも目を通した。だけど時に気になるような記事は何処にもなかった。


「どうしたんだろ?」


 実際に直接お母さんに尋ねた事もある。だけど結局笑って誤魔化されてしまった。前の人生で、この頃って何かあったかなと記憶を辿るけど、すでに家の事なんか気にもしないで遊び惚けてた記憶しか無かった。


「はあ、今思うとよくもまあ。将来の事を考えないで生きられる子供って怖いなあ。そう考えると美穂に感謝かな? 少なからず影響されてるからね」


 出来ればこのまま大学まで一緒に進めたらいいな。そんな事を思っていたら、ある日お母さんが宝くじを当てた。


「マジか! 幾らだ!」


 父の叫び声が子供部屋へと響いて来た。その為、日和を連れてリビングへ様子を見に行くと、両親が何やら言い合いをしている。


 え? お母さんが宝くじに当たったの?


 前の人生では、お母さんが宝くじに当たる事なんか無かったと思う。その後の両親の遣り取りを日和は良く判っていないようだった。ただ、このまま聞かせるのも問題かと思い、二人揃って部屋に戻った。


「お母さんが宝くじ当たったの? そんな事あったっけ?」


 私は寝ながら今さっき聞いた遣り取りを思い出して、ついつい声に出してしまった。幸い日和には聞こえなかったのか、もう寝てしまったのか声を掛けられることは無かった。


 前の人生と明らかに変わってきている?


 ただ、そう考えれば今の私だって大きく変化していた。学校での成績から始まって、親しくしている友人も、中学への進学も、私の周りでは大きく変化している。


 そっか、まあいい方向だから、でもどうしようか?


 母の様子では、早急に引っ越しをする事になりそうだ。昔からこうと決めたら突っ走る傾向があるのは知っていた。その為、恐らく私が高校入学まで待ってとかにはならない気がする。


「そこら辺はもう少し子供の事を考慮して欲しいのだけどなあ。日和は6年生で転校かあ、そこの地元の中学に進学する事を考えると、今のうちに転校する方がいいのかどうか」


 私は何とでもなるが、流石に小学生の日和の事を考えると心配になる。


 そして、学校の昼休み。お弁当を食べ終わった所で、美穂にどうやら転校するようだと話をする。


「嘘! マジで? どこに!」


「う~ん、まだ決まってないんだけど、名古屋市内なのは間違いないかな? ただ決まれば転校するのは間違いなさそう。ここら辺で、新築の分譲マンションとかがあれば別だけど」


 私の言葉に美穂は頭を抱える。


「う~~~、どうすんのよ!」


「え? 別にそんなに変わらなくない? 家と家はちょっと遠くなるけど、高校は同じところを目指すから。もっとも、どこに引っ越す事になるかで他は未定だけどね」


 淡々と説明する私に、美穂は机に突っ伏したままで恨み言を言う。


「同じ学校じゃ無くなるの酷い!」


「それを子供の私に言われても困る。それに、まだ決まった訳じゃ無い」


 実際の所、まだ引っ越しが決定したわけでは無い。あくまで、その可能性が非常に高いと言うだけだった。


「引っ越ししても塾は同じところだよね?」


「う~ん、思い切って名古屋駅周辺の進学塾とかに変わっても良いかなって思ってる」


「なんで!」


 実は前から考えていた事なんだけど、今の塾も悪くは無いんだけど今一つ物足りない。そもそも、毎回の模試で私と美穂がトップなのがどうなんだと思ってしまう。


「もうワンランク高い進学塾に行ってみない? 今のままだと私達って井の中の蛙かもしれないよ?」


 そう、実は私達のレベルは大したことが無いのかもしれない。だから、全国規模の模試がある塾に変わってみようかと思っている。


「う~~~、日向が言いたいことは判るけど」


「でしょ? 高校へ入学してからでも良いかなって思っていたけど、どうせならこの機会に変わるのも有りだと思う。下手したら私達ってそこの塾だと下から数えた方が早いとかありそうじゃない?」


 私が笑いながらそう言うと、美穂は思いっきり悪い笑顔を浮かべる。


「ふ~ん、判った。良いじゃない、私達がどれくらいの位置にいるか試してやろうじゃない」


「うん、だから塾選びを一緒にしよう」


 頷く美穂を見ながら、どうやら大きな関門は乗り越えたかと内心では思いっきり安堵していた。


「これ、貸しだからね? 将来どこかで返してもらうからね?」


「……」


 どうやら安堵するのは早すぎたみたいだった。めっちゃ高い借りを作った気がしてしまった。

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