第6話 その頃の姉2

 子供の頃の自分に戻って、1ヵ月近く過ぎた。昔の記憶何てほとんど残っていない中で、幸いな事は今が小学生という事だろうか?


「これが高校時代とかだったら終わってたな」


 まともに勉強していなかったという事もある。それだけでなく高校時代に最低限覚えたはずの事もとっくに記憶から無くなっている。そう考えれば過去に戻った年齢が今くらいなのは救いだった。


「まずは英会話かな? 英検2級までとっていたから再度勉強し始めればすぐに思い出すと思うけど。あとは普通の塾? 中学受験はしないつもりだから、塾まではまだ必要ないかな?」


 小学3年生の授業内容はハッキリ言って退屈だった。流石に漢字や社会でならう地名や歴史など、忘れている物も多々ある。それも教科書を見直せば何とか思い出せるレベルだ。


「日和がやたらと私を褒めてくれるけど、あんな子だったっけ?」


 小学校から帰ると予習と復習を行う。勉強は何と言っても暗記だ。数学だって例題なども含めて似たような問題を解いた事の有る無しで難しさは全然違う。


 そして、その事をちゃんと覚えているかが重要なんだ。公式を覚えるのは、それこそ最低条件だ。


 私が帰宅してリビングで勉強をしていると、寂しいのか日和が直ぐにやって来る。そして、私が問題を苦もなく解いていくと凄い凄いと褒めてくれる。


「悪い気はしないけど、あんなに寂しがりやだった?」


 まだ幼稚園児だからだろう。日和はお母さんにベッタリだ。いつもお母さんの後ろを追いかけまわしている。夜などはベットから抜け出して、何時の間にかリビングでお母さんと話している事もある。以前はどうだったかと記憶を探るけど、残念ながら思い出せない。


 久しぶりに通う小学校は、最初は戸惑ったけど教科書にザッと目を通せば何とかなった。


 問題となったのは友人付き合いだ。そもそも、記憶が戻る前と今では性格すら変化している。

 その為に当初は色々と面倒な状況になったけど、これも同じ英会話教室に通う子と話す事で解消された。以前仲が良かった子とは絶交と言われたけど、それでどうこう思うメンタルではない。


 それも小学校で付き合いが終わった子が殆どだった為に、そもそも名前と顔が一致しなくて困った。それも漸くここ1ヵ月で問題無くなってきた。


「前と友人関係は変わっちゃったけどね」


 一緒にバレエを習おうと話していた子とは、今は殆ど会話がなくなってしまった。私がバレエを習う事を断った事で、だんだんと関係が悪くなっていったのだ。


「ヒナちゃんが悪い! バレエを一緒に習おうって言ってたのに!」


 そうだったかな? バレエを習い始めた切っ掛けはこの子だった事は覚えている。一緒にバレエ教室へ見学に行ったのだが、今回はまだ両親にバレエを習いたいという話すらしていないはず?


「そうだった? ごめんね。その場の雰囲気でそう言ったのかもだけど、それも覚えてない」


「嘘つき!」


「どう言われてもバレエを習う気は無いよ? お母さんに話してもいないし」


 結局、この事で今まで仲が良かった関係は一気に壊れてしまった。ただ、バレエ教室を一緒に見に行ってあげて、それから断る方が良かったかもと反省する。


 よく考えたらまだ小学生だ。一人で見学に行く事が怖かったと言うのもあるかも。駄目だなあ、思考が大人になっちゃってる?


 後悔と言うほど強くは無いけど、同じ中学へ進学した子だから悪い事をしたなとは思う。もっとも、徳女に入ってからは自然と友人の層が分かれて、付き合いが無くなった子だったけど。


「小学生が予想以上に子供で困る」


 自分が小学生の頃は、こんなに幼かったんだろうか? いや、きっと幼かったんだろう。だからバレーに通いたいと思ったんだし、徳川女学院へ行きたいと願ったんだ。


「はあ、子供だったなあ。まあ一度経験したからこそ思う事なんだろうけどさ」


 それでも、学生時代は楽しかったのは間違いないか。大人になったからこそ色々と間違った事に気が付いた。だからこそ、何でやり直しが出来ているのかは判らないけれど、今回は間違えないように頑張ろう。


 そして、昨日の夜、母に頼んで塾にも行かせて貰うようにした。お金の遣り繰りに苦労しているお母さんに、これ以上お願いするのは心許なかった。それでも、母はあっさりと塾へ行かせる決断をしてくれる。


 ただ、私はその日の夜に、お父さんと喧嘩しているのを聞いた。


「女は可愛げがあれば十分だ。変に頭が良い女はつんけんして結婚できなくなるぞ」


「あら、貴方ってそんな風に思っていたの? もしかして私って可愛げが無い? それとも馬鹿だと思われているのかしら?」


「べ、別にお前の事を言った訳じゃ無いぞ! 俺は一般論を言ったまでだ。俺だって塾何か行かなくても大学まで行けたんだ。日向だって金かけて塾に行く何で無駄だろ?」


「子供が勉強したいって言うんだから、それを応援してあげるのが親じゃ無いの? そもそも、時代が違うでしょ? はあ、まあいいわ、塾の費用も私が出します。その代わり、変な口出しはしないでください」


 そんな母の言葉に、こっそりと聞いていた私は何と言っていいのか、心にずしりとした重みになる。私は、こんなにも母に愛されていたんだ。

 前の人生では、私は何方かと言えば母よりお小遣いをくれる父に懐いていたような気がする。ただ、今更だけど我が家の家計がどの様な状態だったかを気にした事は無かった。


 前の私は、なんで頑張らなかったんだろう。


 ファッションやブランド品なんか、学生にどうしても必要な物じゃないのに。


 金持ちの友人達に影響を受けて、ただただ周りに馬鹿にされないように? 違うか、ブランドのバッグやお財布を持っていると、何か自分もワンランク上になれたような気がしたんだ。そして、周りに羨ましがられたり、可愛い可愛いとチヤホヤされるのが嬉しくて、結局は本当に自分の実になった物は何だったんだろう。


「小春ぅ、会いたいよ~」


 弱気になると、どうしてもこの世界では出会えないかもしれない娘の事を思い出す。


 こういう風に落ち込みだすと、いつも小春の事を思い出してしまう。小春と一緒に過ごした日々が、輝きを持って思い出される。


 私にとって小春はすべてだった。小春は、どう思ってくれていたんだろう?


 父と母の遣り取りを聞いて、この頃の自分を振り返って、あの頃の自分と小春を思い出す。


 思い描いていたような結婚生活ではなく、毎日のようにちょっとした事でイラついていた。そんな毎日が、小春が生まれて来た事で一変した。夜泣きもした、子育ての途中で、心が折れそうになった事だって何度だってある。それでも、小春の笑顔を見れば、小春と一緒に過ごす幸せと比べれば、疲れもあっという間に消え去ってしまった。


 将来、小春が幸せに暮らせるように何が出来る? 普通に考えれば私の方が早く死んでしまう。その時に、最悪一人で生きて行けるように。その為に、小さい頃から「女は手に職を持たないと駄目だ」そう言い聞かせて来た。


 自分と同じような失敗を小春にさせない為に。


「小春、お母さんね。貴方に教えて来た事が間違いじゃないって証明するからね」


 何時の間にかボロボロと流れる涙を袖で拭きながら、私は先に寝ている日和に気が付かれないようにそっとベットへと戻ろうとして、つい寝息をたてて寝ている日和の顔を見た。


「……小春に似てるって、そっか、血は繋がってるんだ」


 叔母と姪という関係だけど、まだ小さい日和の姿は思ってた以上に小春の姿にダブって見えた。


「よし、日和の人生も幸せにしてあげよう。せっかくやり直すんだから、少しでも皆が幸せになるように」


 前の時は、日和は結局大学にもいかなかった。どちらかと言うと、あまり自己主張をしない子だったと思う。私が中学へ進学してからは、あまり日和に構う事はなかった。日和は高校を卒業すると、そのまま就職をして、結婚もせずに一人だった。


「この子は何が楽しくて生きているんだろう?」


 そんな日和を見て、そんな事を何度も思った。


 ただ、この日和は離婚して出戻った私に特に何も言わず、小春の事も可愛がってくれていた。良い会社に就職した訳ではないから、そんなにお給料も貰っていなかったと思う。それでも、何かと私達を助けてくれた。


「だって、家族だよ? しょうがないじゃん」


 この子が良く口にする言葉だった。前の人生では、それについつい甘えてしまっていたところもあった。


「うん、家族だから、今度は私が日和を導いてあげる」


 この子に、手に職をつける事の大事さを教えてあげよう。そして、子供二人が塾に行くとなると大変だから、日々の勉強も私が教えてあげる。


 眠っている日和の頭を小春にしていた様に撫で、私はベッドの上へと上がるのだった。

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