第5話 これからどうしましょうか?

 久しぶりといいますか、何とも微妙な気持ちで幼稚園にやって来ました。


 お母さんは私を先生に預けてさっさとお仕事に行っちゃいました。ちなみに、お母さんはスーパーで働いています。私はお母さんが迎えに来るまで幼稚園でお世話になるのです。


 それと、お姉ちゃんも小学校の放課後児童クラブで私と同じようにお母さんが迎えに行くまで小学校にいます。通学は普通に分団登校なので、朝大変なのは私を幼稚園まで送る事ですね。


「ひよりちゃん、おはよ~」


「おはよ~、かおりちゃん今日も元気だね」


「うん、元気だよ!」


 このかおりちゃんは、幼稚園から中学校まで同じだった幼馴染の木下香ちゃんです。流石に私も香ちゃんは覚えていました。


「讃岐先生が、またバタバタしてるね」


 去年からこの幼稚園で働き始めた讃岐先生は、早くも今年は私達年長さんクラスの担任になったんです。まだ慣れない為にいっつもバタバタしています。ちなみに、讃岐先生とは卒園してもずっと年賀状の遣り取りをしていました。


 そっか、讃岐先生ってこんな容姿してたんだった。なんかもっと年上だと思ってた。


 年賀状って一度出して、年賀状を貰っちゃうと辞め時が難しいんですよね。卒園してから讃岐先生に会った記憶何て無いのですけどね。


 そんなこんなで、特に何かあるでもなく久しぶりの幼稚園1日目を終えて帰宅中です。


 ハッキリ言って予想以上に疲れました。流石に37歳の意識がある中で、5歳児に合わせるのは非常に大変でした。


 ちょっとしたことで泣くし騒ぐし、仕方が無いので私は隅っこの方で絵本を読んでいたんですが、視線の先で常に讃岐先生を見ていました。


 うん、私に保育士は無理ですね。


 明日からも幼稚園に通わないといけないのかと憂鬱に思いながら、お姉ちゃんとお母さんの会話を聞いていました。


 うん、この頃のお姉ちゃんはまだ普通だった。


 そう思いながらも。この頃の事ってあまり記憶にないんですよね。


 お姉ちゃんに関しては、印象に残っているのは中学生以降だよねぇ。何と言っても問題行動が多くなったからなあ。これもお母さんと相談しないとだね。


 その夜、私はお母さんからノートと筆記用具など一式を貰いました。


「お母さんありがとう! これに書き留めて行くね」


「くれぐれも日向には見られないようにね」


 確かにお姉ちゃんに見られると色々と拙いですからね。そもそも、私がこの年齢で大人と同じ様な文章を書けることが異常なのです。そこも踏まえノートはお母さんに保管して貰う事にしました。


「それで、近々に何かしなければいけない事とかあるの? 今年は早々に地震があったし、災害とか備えが出来れば助かるわ」


「地震は2011年に東北で大きなのが発生するよ。福島の原子力発電所にも被害が出て、放射能が漏れたり10m以上の津波ですごい被害が出るの。でも、それに対して私が何かできるのかなあ」


「え? 放射能って大変な事じゃない!」


 恐らくお母さんも漠然としたイメージしか無いと思う。


 実際に災害が発生した時の私もそうだったけど、最初にテレビで報道されていたのは津波の方だった。その後、次々と震災発生時の映像が流れたけど、結局死ぬまで被災地に行くことの無かった私には、実際にどれくらいの事が起きていたのかは判らない。


「うん、でもうちって名古屋だから、名古屋はあまり大きな地震とか来ないよ。東南海大地震がって言われているけど、2027年までは何も起きなかった」


 私の説明に安心した様子のお母さんだけど、未来を知っている私としては悩み処だった。


「そうね、地震を止めるって出来ないわね。まだ時間はあるからそれは置いておきましょう。日和としては、何か急いでしたい事はあるの?」


「うん、こんな事を言うとあれだけど、まずはお金を稼ぎたい。その為にも、可能なら株の投資を1997年までに出来るようにしたい」


 恐らく思いもしなかった提案だったのだろう。ただ、少し考えた後にお母さんは真剣な表情で私に質問して来た。


「もしかして、株で儲けるの? というか儲けられるの?」


「うん、もし私がいた世界と本当に同じだったらだけど」


 私の疑問にお母さんは首を傾げる。


「違う可能性はあるの?」


「うん、そもそも前の世界で私は未来の記憶何て無かったから。そこからして違うよ。それに、パラレルワールドとかの可能性もあるから」


「パラレルワールド、並行世界かあ」


「え? お母さん良く判るね」


 パラレルワールドと聞いて、すぐに並行世界って出てくる人ってどれくらい居るのだろうか? もしかすると、私が知らなかっただけでお母さんは隠れオタクだったのかも。


「あら、それこそ常識よ? そんな事より投資の事ね。う~ん、幾らくらいになるの?」


「私が考えている通りに行くならだけど、最低200倍は堅いよ。チキンレースになるけど、限界まで粘れば600倍以上?」


「200倍! ちょっとまって、200倍って言ったら100万で2億? 1000万だと20億!」


 お母さんが勝手に皮算用しているけど、あくまでも仮定なんだよね。


「あのね、そこは売り出し価格っていうか、初値が1株200万円なの、だから200万円以上無いと何も出来ないの。子供でお金を何にも持っていない私が言うのは変だけど、本当に出来ればだけど1000万円は欲しい」


「1株200万って、凄いわね」


 未だかつて株取引などしたことの無い私は、あくまでもネット上での情報を基に妄想していただけ。だから上場前の公募された株をどうやったら買えるのか判らない。併せて、売り出しが始まった株もどう素早く買えば良いかも同様だった。


 どの道、資金はあればあるほど良いけど、実際に値上がりするかは今も不安がある。


「今の貯金や定期、貴方達が生まれた時に始めた積み立てがあるけど、全部合わせても400万くらいしか無いわ。お父さんの方は良く判んないけど期待できないと思うし」


「あ、お父さんには話しちゃ駄目!」


 お母さんの言葉に、私は咄嗟に反応してしまった。そんな私にお母さんは目を真ん丸にして此方を見返してくる。


「お父さんに何かあるの? 日和の話だと70歳までは元気みたいだけど」


 私が交通事故に遭った時の説明で、お父さんが恐らく死んだであろう事も隠さずに伝えている。その為、お母さんは比較的冷静に私が動揺した理由を聞いて来た。


「お父さんって見栄っ張りで派手好きでしょ? 私が中学校の時に内緒でゴルフ場の会員権を何百万とかで買ったのが判ってお母さんと大喧嘩してた。あと、車とかもそんなに乗る機会が無いのに高いの買いたがったり、ブランド物の鞄とか欲しがったり、もし大金を持ったら絶対に身を持ち崩すよ。断言してもいい」


 私の話す内容に、お母さんは思わず絶句していた。


「そうね、あの人ならありそうね。ちなみにその時のお父さんの年収って幾らだった?」


「そんなの子供の私達が知る訳無いよ」


「……言われてみるとそうよね。ごめん、何か普通に知ってそうだったから」


 流石に中学生の娘に年収を知られている父親は、そうそう居ないと思う。うちはまだ共働きだから多少はマシだったんだと思うけど、決して裕福では無かったはず。


 お母さんがいっつもお金の遣り繰りに苦労していたのを知っている。私達が寝た後にお父さんと言い合いしているのは聞こえてたんだよね。


「お姉ちゃんが徳川女学園中等部に行ったから、それもあって余裕は無かったと思うよ?」


「え? 日向は徳女行ったの?」


「うん、お友達が行くからって。ちなみに私は普通に北倉中だった」


 あれも結構すったもんだしたんだよね。


 急遽6年生から中学受験の塾にお姉ちゃんを通わせたりして。もともと、お姉ちゃんは小学校の頃の成績は悪くなかったんだよ。小学校では塾へ行かなくてもそこそこの点数はとってたと思う。よく私の勉強とか見てくれていたし。


 それもあって6年生からの追い込みでも間に合って、無事に徳川女学園に合格したんだけど。


「あの子は、お父さんに似て目立ちたがりな所があるわよね。既にその片鱗を感じさせるもの」


「うん、徳女の子はお金持ちが多いから、どんどん派手好き、ブランド好きになってったよ。お父さんも見栄っ張りだから、他の子に馬鹿にされるとか言われると、お姉ちゃんに言われるままにお誕生日にブランドの鞄とかお財布とか買ってあげてた」


 思わず頭を抱えるお母さんだけど、恐らくその情景が目に浮かぶんだと思う。


「ちなみに、私のお誕生日はウニシロの服とかだった。あと、未だにお姉ちゃんの中高のお小遣いの金額には疑惑を持っています」


「疑惑?」


「うん、公称と実態が違うと思う」


「それもお父さん?」


「うん」


 私の言葉に大きく溜息を吐くお母さん。


 お父さんの性格的に、お姉ちゃんの友達や親などに馬鹿にされたくないとかの思いが絡んでいるんだと思っている。確かお父さんと同じ会社の人の娘さんも、徳川女学園にいたはず? お姉ちゃんとは仲良くなかったみたいだけど。


「判ったわ。お父さんには内緒で進めましょう。ただ、そうすると色々と考えないと駄目ね。ちょっと時間を頂戴」


「うん、お金が総てだとは思わないけど、お金が無いと出来ない事も多いから」


「はあ、子供に言われる言葉じゃ無いわね」


 私の言葉にお母さんは思いっきり苦笑を浮かべます。


 でも、未来は決して明るくないんですよね。私達が定年するのは70歳以上になりそうだったし、貰える年金は少なそうだった。普通のOLがそもそも定年までにいくら貯めれるかって問題もあるけど、定年後は中々に寂しい老後になったと思う。


 老後のことなんて5歳の幼稚園児が普通考える事じゃないんだろうな。


 でも、お金はやっぱり大事だし、普通にしていて稼げることなんかないです。その為にも、何とか1997年に株を買ってお金を稼ぎたい。


「お母さんばっかりに頼ってごめんなさい」


「馬鹿ねぇ、子供が、ましてや5歳児が母親に頼らなくてどうするのよ。ましてや、家族の為でしょ? 日和じゃ無いけど、お金はあるに越した事無いわ。あと、この先の未来を色々と聞きたいわ。日和の様子だと、あまり明るい未来じゃ無さそうだけど」


 お母さんはそう言って笑っていました。

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