28 万年青




「で、あたしが渡したアクセサリーは

ちゃんと持ち主の所に行ったんだな。」


築ノ宮がヒナトリ・アンティークに泊ってから

しばらくした夜中だ。

果実酒を前にして万年青おもととヒナトリ、更紗が飲みながら話をしていた、


「ああ、男の子にな。相手は彬史がしたよ。」


万年青がにんまりと笑う。


「そう、それで良いんだよ、今回はちゃちゃっと進めたな。」

「俺はいつもちゃんとやってるだろ?」


万年青がグラスの酒をぐっと飲んで更紗の前に出した。

それを見て更紗が酒を注ぐ。


「今回はあたしもうっかり見逃したからな。

築ノ宮には悪い事をした。

結婚させて子どもを産ませたかったんだ。

新しい世界を作りたかったんだよ。」

「その、おおばくぬしでしたっけ?」


更紗が万年青に聞いた。


「ああ、あいつが全部糸を引いていたんだ。

あたしの裏をかいたんだ。

ちょっと変わったものが食べたいだけだったようだ。

ほんとにムカつくな。」

「変わったものって物の怪だろ?

命のある生き物じゃないか。

獏だから夢を食べるんじゃないのか?」


ヒナトリが聞くと万年青が吐き捨てるように言った。


「もう夢は飽き飽きなんだと。

あたしがあいつの所に行ったらそれだけ言って

慌ててどこかに隠れちまった。

それから全く居場所が分からん。あの馬鹿。」

「でも変わったものが食べたいだけって

ひどいじゃないですか。」


更紗が憤慨したように言った。


「まあ、あたしらにとってはお前達は

箱庭の住人みたいなものだからな。」

「箱庭かよ。」


ヒナトリが不貞腐れたように言う。


「仕方ないだろ。

でもな、あたしはお前達と言うかこの世界は

物凄く依怙贔屓しとるぞ。どこよりも手を掛けとる。」

「そうかぁ、でも俺にはひどくないか?

来るたびにまだ売れ残ってるとか遅いとか。」

「その通りだろう、もたもたしとる。」

「えーっ!」


二人の話を聞きながら更紗がくすくすと笑い出した。

まるで親と子のようだ。


「だが、ヒナトリにはちゃんと更紗を用意しただろ。

ものすごく贔屓だぞ。」

「用意って何だよ、勝手に色々決めたくせに。」

「なら更紗は返すか?どうする。」


するとヒナトリが横にいた更紗に抱きついた。


「だめだ、俺のものだ。」


ヒナトリは結構酔っているのだろう。

更紗は少し驚いた表情だがまんざらではない様子だった。


「お前の男はまるでガキだな。」

「そうですねえ。」


と言って更紗がヒナトリの頭を撫でた。

それを見て万年青が笑う。


「あたしはなかなかの段取り上手だろ。」

「はい。その通りです。」


更紗が万年青を見た。


「でも消えてしまった物の怪の方々は

食べられてそのままですか?」


万年青が難しい顔になる。


「うむ、それが正直よく分からんのだ。

あいつが生きている者を種に変えて食べたら

どうなるのかあたしでも分からん。

ただ、あいつは時々 しょくあたりするんだ。

妙なものばかり喰っているからな。

そんな時はあたしが薬を作ってあいつに渡してた。

だから今回もそのうち酷い目に遭う気がするんだよ。」

「助けを求めに来ると言う事ですか?」

「そうだ。

その時は体中がひっくり返るぐらいの

とんでもないものを喰わせてやるつもりだが、

あいつは姿を隠してしまってな、今はどこにいるか分からん。」

「そうしたらいつかは戻るかもしれないと?」

「そうなんだ。それに……、」


万年青が遠い目をした。


「あたしにもちょっと事情があってな。

早くあいつが見つかると良いと思ってるんだが。」

「事情ですか、なんですか。」


万年青が何かを言いかけたが、

ヒナトリがその時言った。


「でも万年青もそんなこと俺達にべらべらしゃべっていいのか?

大獏主には彬史も手が出せないんだろ?

神様みたいなものじゃないか。」


更紗は普通にしているが、ヒナトリは酔っているらしい。

それを聞いて万年青がにやにやと笑った。


「お前らもあたしが帰った後は、

あたしの事はぼんやりとしか覚えてないだろ?

あいつが記憶を消すのとよく似たもんだよ。」

「まあ万年青が帰ると何となくぼやけるなあ。」

「今の話もほとんど忘れるからな、それで良いんだよ。

あたしも喋りたい時はあるし。」


万年青がふふと笑った。


「まあお前達にはあたし達は情報量が多すぎるからな、

それぐらいにしておかんと死んでしまう。」

「死ぬって穏やかじゃないですね。」


更紗が少し笑った。


「あたしはお前達が可愛いんだよ。

そうならんよう気を付けてるさ。」


そして万年青が席を立つ。


「そろそろ行くよ、またな。」


と言って彼女は姿を消した。

二人ははっとする。


「万年青はいつ帰った?」


更紗もぽかんとした顔になる。


「いつでしょう。さっきまでいた気がするけど。」


ヒナトリはテーブルの上の空になったグラスを見た。


「万年青はいつもこうだよな。

何か話していた覚えはあるけど。」

「ですよね。」


更紗はテーブルを片付けながら言った。


「でも万年青さん、私は好きですよ。すごく優しい。」

「優しいかぁ?」


ヒナトリがうんざりしたように言った。


「優しいですよ。私達を気にかけてくれてます。

アンティークも送って来るし。」

「早く売れって叱られるけどなあ。」


更紗がちらりとヒナトリを見た。


「彬史さんも考えてくれていると思いますよ。」

「彬史か……。」


ヒナトリはため息をついた。


「あいつもいつか心穏やかに過ごせるようになると良いな。」

「そうね。」


その時裏口の扉をそっと叩く音がした。


更紗がスコープを覗くとそこには白川しろかわがいた。


「遅くにごめーん。起きてて良かったわぁ。」


白川は着物のままで少し酔っていた。

彼女は高級クラブのママだ。

そして白蛇の物の怪でもある。


「気を分けてよ、なんか疲れちゃってさあ。」

「えー、俺達もう寝ようと思ってたんだぜ。」

「良いじゃないですか、白川さんどうぞ。」

「更紗ちゃん、ありがと。ほらヒナトリこっちにいらっしゃいよ。」


と彼女は台所の入って行く。

そしてテーブルを見た。


「あら、誰か来てたの?」

「万年青さんですよ。」

「あら、会いたかったわね、帰っちゃったの?」

「入れ違いですね。」


更紗はグラスにキイチゴ酒を入れて白川に渡した。

彼女はそれを受け取り香りを嗅いだ。


「あー、すごく良い香り。

さすが更紗ちゃん。管理もばっちりね。」


更紗がふふと笑う。


「もう二人で勝手にやれよ、俺は寝る。」


とヒナトリがダイニングベンチにごろりと横になり

いびきをかき出した。

そこに白川がしなだれかかる。


「更紗ちゃんが作ったキイチゴ酒とヒナトリから

を貰ってこんな幸せは無いわあ。」

「私ももうちょっと飲もうかな。」

「飲みなさいよ、ほらほら。」


ザルとウワバミの会話である。

際限がない。







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