7 橈米(どうまい)




その日も朝からとても忙しかった。

築ノ宮がやっと執務室に戻り椅子に座ると大きなため息をついた。

人には絶対に見せない姿だ。

そして胸元からスマホを出す。

それには小さな宇宙人のストラップが付いていた

プライベート用のスマホだ。


中を開くと波留からラインが来ている。

朝の挨拶だ。

今は昼過ぎだ。読む時間もなかった。

彼女も今は仕事中かもしれない。


もう午後だが彼は彼女にラインをするとにやにや顔になった。

それこそ人には見せられない。


その時だ。

扉がノックされた。

彼は顔を引き締めて返事をした。


「築ノ宮様、橈米どうまい様がお見えになっていますが……。」


それを聞いて彼の顔が少しばかり歪んだ。


「おい、由美子、彬史はいるんだろ?」


と扉の向こうから声がするとすぐに開けられた。

そこには見た目は悪くはないが

少しばかり品の悪そうな年配の伊達男がいた。


「おう、彬史。元気にしてたか。」


橈米と言う男が馴れ馴れしく部屋に入って来る。

築ノ宮は少しばかり眉を潜めて彼を見た。


「叔父上、こちらにお越しになる際は

ご連絡を入れて頂けるとありがたいのですが。」

「硬い事言うなよ、彬史。顔が見たくなってな。」


と彼は声を上げて笑った。

橈米の後ろで由美子が心配そうに築ノ宮を見ている。

彼は彼女に手を上げると由美子は外に出て行った。


「ところで叔父上、ご用件は。」


表情もなく築ノ宮が橈米を見た。

橈米はそれを見て苦笑いをした。


「そう冷たい顔をするなよ、その、少しばかり用があってな。」

「何でしょう。」


橈米がへへと笑い、

手を広げてそれを築ノ宮に見せた。


「これぐらい用立てて欲しいんだがな。」


要するに借金のお願いなのだ。

築ノ宮の眉間の皺が深くなる。


「五万円ですか。」

「馬鹿言うなよ、5の後に〇が二つ付くマンだよ。

シュワッチってな。」


橈米は笑うが築ノ宮の表情は変わらない。


「叔父上はいくつかマンションをお持ちですよね。

家賃収入はかなりおありで生活には困らないでしょう。

こちらの財務関係で把握してますよ。」

「何言ってるんだ。

大人には大人の事情があるんだよ。

ガキのお前には分からんだろう。」


橈米が少し怒ったように言った。

それを見て築ノ宮がため息をつき

書類を出すとそれに何かを書き橈米に差し出した。


「えっ、100万かよ。

しかも経理に出せってか。今くれよ。」

「だめです。

一応経理の者が私個人の口座から出します。

ご自分で提出してください。

それに叔父上はいつも大体必要な額の五倍を言うので

これで十分です。」


橈米が苦笑いをした。


「全くお前は嫌味な男になったな。

子どもの頃は俺の後ばかり追っていたのにな。」

「その頃の私は間違っていました。」


築ノ宮は彼から目を逸らすと書類の束を取り出した。


「忙しいので帰って下さい。」


橈米の顔が歪み無言で部屋を出て行った。

彼が出た後にそこに由美子がいたのだろう。


「クソが!」


と怒鳴る声がした。

それを聞いて築ノ宮がため息をつく。

そしてすぐに扉がノックされて由美子が入って来た。


「申し訳ありません、お止めしたのですが。」


築ノ宮が首を振った。


「渡辺さんは悪くありません。

嫌な思いをさせてしまいましたね。」

「いえ、築ノ宮様こそご気分が……。」

「大丈夫ですよ。」




橈米は築ノ宮の父親の母親違いの弟だ。


かつては物の怪の封印に先頭に立って行っていた人物だ。

能力も高い。

その頃子どもだった築ノ宮にとっては橈米は憧れの人だった。


だが橈米は能力はあったが慢心にまみれた男だった。

人を人と思わず物の怪と知れば容赦なく祓った。

どんな小さなものでも。

そして彼は組織を自分の物のように操っていた。


その頃の首領は築ノ宮の父親の博倫だが

彼は何事にも当たらず障らずの男だった。

そんな組織を橈米は自分の思うように動かしていた。

そして訳の分からない金も動く。

築ノ宮の組織は腐敗していた。


だが築ノ宮が修行から帰って、

博倫が隠居の身となり築ノ宮が首領になった頃から

橈米の旗色が悪くなった。

何しろ築ノ宮の後ろ盾に穂積師が付いたのだ。

橈米も力ある術師だったが穂積師には敵わない。


そして聖域が作られる事となった。


それに反対する者は橈米以外誰もいなかった。

その時彼は気が付いた。

自分は失脚したのだと。


彼の居場所はもうなかった。

全てを消し去るように物の怪を狩る時代は終わったのだ。


橈米の兄の博倫は聖域が出来ると早々とそこに隠居してしまった。

それから橈米は自分の兄と会っていない。


それから10年程経つ。


橈米はそれなりの資産を与えられて

暮らしには全く困ってはいないはずだった。


だがどんな生活をしているのだろうか。

度々築ノ宮の前に現れて金を無心していく。

何年か前から怪しげな女性と同居しているらしい。


築ノ宮が知っているのはそれぐらいだ。

詮索する気は無かったが、

彼はどこか引っかかる人物だった。

身内でなければとうの昔に縁を切っている。




由美子が次の仕事の打ち合わせに執務室を出て行った。

すぐに出かけなければいけない。


築ノ宮は書類の横に置かれているプライベート用のスマホを見た。

ラインの着信を知らせる光が見えた。

それを見ると波留からの優しい言葉だ。

丁度遅い昼食時間らしい。


彼はそれを読んで大きくため息をつき、

机にしなだれかかった。


「帰りたい。」


彼は思わず呟く。

だがその時扉が叩かれた。

次の予定だろう。


彼はスマホをしまうとすぐに立ち上がった。

返信する間もない。

だが彼女なら既読の文字で分かってくれるだろう。


彼は彼女の桜色の髪を思い出す。

そしてあの瞳の光を。

それを考えると体の中が熱くなった。


今度はいつ彼女に会えるだろうか。

多分時間は作らなければ出来ないだろう。







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