4 持ち帰り




南の入り口で彼は待っていた。

前のように街路灯が彼の長い影を落とす。


築ノ宮は彼女をエスコートするために当たり前のように手を差しだした。

波留はそこに触れた。

少しばかりひんやりとした彼の手だ。


彼女は今でも迷っていた。

彼と一緒にいて良いのか悪いのか。


本当の心はもっと近づきたいのだ。

だが違う所で警戒音が鳴る。それは自分を守るための音だ。


「先ほどのキャラクターはどうですか?」


築ノ宮が波留に言った。


「あ、はい、可愛いです。少し変わってますね。」

「ええ、それがとても良くて。

それと色がピンクなのであなたを思い出したんですよ。

私も一つ持っているのでお揃いですね。」


彼はとても素直なのだ。

お揃いと言う言葉も多分他意はないのだろう。

だが波留にはその言葉は残酷で、

それでも天にも昇るような快感があった。


彼には特別な意識は無いのだろう。

だからこそ普通に誉め言葉が出る。

それは尚更 たちが悪い。

波留はもうその言葉一つ一つに振り回されている。


だが彼は全く悪くない。

駄目なのはそれに惑わされ心を制御できない自分なのだと

波留は分かっていた。


店に着くと先客がいた。

年配の男性だ。

もう食事は終わりなのか二人を見て立ち上がり、

笑いながらお先に、と言って出て行った。


知り合いではない。

通りすがりだがそのような言葉が自然に出るような

そんな雰囲気の人が来る店だ。


「いらっしゃい、なんにする?」


カウンターの後ろでモンちゃんが言う。


「私は今日はミックスにしましょうか?

豚肉とイカが入っているんですよね。

波留さんはどうしますか?」


築ノ宮が伺うように彼女を見た。

ミックスはここのメニューの中では値段が高い方だ。


「あの、私は豚で……。」

「波留さん、今日はこの前のお礼に私が払います。

ミックスはいかがですか?

アレルギーがあるなら別ですが。」

「……、」


波留は一瞬口ごもる。


「じゃあ、ミックスで……。」

「あいよ。」


その時築ノ宮がマスクを取った。

その顔を見てモンちゃんが言った。


「どうしたんだい、えらい傷付けてるな。」

「ああ、ちょっと怪我をしてしまって。」

「跡が残ったら綺麗な顔が台無しだろう。」

「多分残りませんよ。元々傷が残らない性質たちなので。」


話をしながらいつもの手際でモンちゃんがお好みを焼き出した。

それを築ノ宮が嬉しそうに見る。

波留はその横顔を見た。


胸が苦しくなる。


「あの……、」


波留が呟くように言った。築ノ宮が彼女を見た。


「ごめんなさい、予定がありました。

失礼します。」


と波留は席を立ち

築ノ宮が止める間もなく後ろも見ずに店を出て行った。

あっけにとられた彼がモンちゃんを見た。

モンちゃんはちらりと彼女が出て行った

古い引き戸を見た。


「あんたさ、つきちゃん。」

「築ちゃん……、」

「あの子、彼女なのかい?」


築ノ宮は口をつぐんだ。


「違うのかい?」

「いや、その……、」


彼自身もよく分からなかった。

気になる人であるのは確かだが。

モンちゃんは手早くお好み焼きを焼き上げ、

その二つを持ち帰り用の容器に入れた。


「あんたさ、凄い金持ちだろ。」

「……。」

「その腕時計はヴァシュロンだろ。

今日はただのトレーナーだけど

それもブランド物だよな?ロゴで分かるよ。鞄も帽子もだ。

この前の背広も凄かったな。」

「分かるんですか?」


モンちゃんはビールを取り出し栓を開けた。

そして二つのグラスにそれを注いで一つを築ノ宮の前に置いた。


「車かい?」

「いえ、歩きです。」

「じゃあ、飲め。」


モンちゃんは軽くため息をつく。


「あたしは客商売が長いからね、大体分かるよ。

であの子は貧乏だ。しかも一人暮らしのはずだ。

要するに生活の苦しい寂しい子なんだよ。」


先日波留と話した時に彼女は親はもういないと言っていた。

そしてこの街にも最近来たばかりだ。


「そんな子があんたみたいな大金持ちと

どう知り合ったのか分からないけど、

金持ちのただからかうだけの遊びだったら

これ持って一人で家に帰りな。」

「遊び……、」


思わぬ言葉で築ノ宮は驚いた。

彼女と何度も会ったのはからかっているつもりはなかった。

気になる人なのだ。

何しろ彼女は人と物の怪の……。


そこまで築ノ宮は考えてはっと思った。


それは彼女の所に来るためのただの言い訳だ。


どうしても彼女の事が頭から離れなかった。

今日も波留の所に来るのが楽しみだった。

いつものカプセルトイを買いながら

どれかを彼女に渡そうと選ぶのも楽しかった。

そんな事は初めてだった。


「遊びではないです。」


彼はモンちゃんを真っすぐ見た。


「ならあの子の事が好きなのかい?」


それを聞いて築ノ宮は返事が出来なかった。

何しろ彼は物の怪を祓う家系だ。

実際に先日も物の怪を一体祓った。頬の傷はその証拠だ。

彼は物の怪を祓うのだ。


だがそれでも彼女を思い出すとそれは忘れてしまう。


かつて自分の手の平にいた小さな物の怪を思い出す。

小さな可愛らしいものだった。

兄弟弟子のヒナトリは小さな物の怪は食べ物を探すのが大変だ、

冬は寒いと物の怪の言葉を自分に伝えた。


人に害をなす物の怪はほんのわずかで

ほとんどの物の怪は人と同じで必死に生きているのだ。

だから築ノ宮は考えた。

彼らと争う事なく共存したいと。


それは3年間の修行で彼が得た結論だ。

それを聞いた彼の師の穂積師は何も言わず頷いた。

近くにいたヒナトリは理解しているのか分からなかったが、

彼もにっこりと笑っていた。

そう思い、自分がこの家系の首領になった時に

まず物の怪が生きて行く聖域を作ったのだ。


築ノ宮はあの時から物の怪を祓う宿命を負いながら、

彼らに惹かれる心を持っているのだ。


だからこそ波留と言う女性を見つけて、

自分ではどうしようもない気持ちを持つのかもしれない。


「……そうかも。」


築ノ宮が上向き加減でくうを見て呟くように言った。

それを見てモンちゃんが苦笑いをして

お好み焼きの袋を彼の前に置いた。


「あの子の家とか分かるかい?

ここからそんなに遠くない所みたいだけど。」


彼なら彼女の気配を探ればすぐに分るだろう。

先日自宅近くまで行ったからだ。


「分かります。」


彼は顔を上げた。


「じゃあ、これ一杯飲んで行って来い。

あ、お好み焼き代は貰うよ。現金だけだがな。

まあビールだけは奢ってやるよ。」


とモンちゃんはにやりと笑って言った。







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