ついてくる子

 田舎の飲み街は、人数は都会ほどではないが、賑わいは引けを取らない。というのも、都会に比べて物価が安いため、酒や食い物の値段も安いのだ。


 今日は晴れているため、雪が溶けた。

 濡れた路面には看板のネオンライトが反射し、星空のように色とりどりに照り輝いていた。


 人の流れは不規則で、店から店へ移る者もいれば、道路の真ん中に眠る人もいる。


 堅苦しい社会のしがらみから脱け出した、哀れな家畜の姿である。

 入り組んだ路地の角に立ち、オレは事件があった場所で突っ立っていた。


「ふぅ……。冷えるな……」


 おっさんの夜は長い。

 酔いつぶれたサラリーマンを見て、大半は「迷惑」とか、「キモ」とか軽蔑の目を向けるだろう。


 だが、オレは違う。

 日々、こいつらが汗水を流し、日本経済を回してくれているから、今日こんにちの平和があるのだ。


 その裏で動くオレもまた、感謝は求めないが、日本を守る一人であると自負している。


 コートの内側から煙草を取り出す。

 煙草を口に咥え、火を点けると、目の前に『禁煙』の文字が見えた。

 路地裏だというのに、吸う奴が後を絶たないらしい。


 怒られたら嫌なので、オレは立つ位置を変えて、禁煙の張り紙を背中で隠した。


「ふーっ。奴は今夜動くはずだ」


 オレは被害に遭った店の横に立ち、特徴を整理する。


 まずは、犬の足跡。

 足の大きさは23cmだという。

 犬として見ればかなりデカい。

 だが、ケモノとして見れば、恐らく大人ではないだろう。


 大抵の店は、魚を主に扱う店が多い。

 沿岸の町にある飲み街らしい。

 そこで襲われた店は、だ。

 つまり、肉を大量に輸入しているということだ。


 犬の嗅覚は、人間に比べて一万倍と聞く。

 耳はもちろん良いだろうが、奴の場合、聴覚ではなく、嗅覚だ。


「パパ―」

「ふーっ。星は必ず動く。あれ? 丸だっけ? 刑事用語は分からねえな。くそ。ドラマで見たのに」

「ぱ~ぱっ」


 むぎゅっ。


 片腕が柔らかいもので挟まれた。

 オレは緊張で一瞬体が固まり、恐る恐る隣を向いた。


 サナエだった。


「おまえな」

「パパぁ。ひど~い」


 真冬だというのに、セーターにチェック柄のスカートを履いたギャルの恰好。一応、ストッキングは履いているし、白いコートを羽織っているが、待ち伏せには向いていない恰好だろう。


 サナエは意地の悪い笑みを浮かべ、ニヤニヤとしていた。


「ついてきたのか?」

「だってぇ。ししょーのこと心配だもん」

「そうか。離れてくれ」

「えー、なんでー」


 なんで?

 疑問に対し、当然の答えをぶつける。



 路地裏の向こうを赤いランプがゆっくりと通り過ぎる。

 サナエの枝毛がない綺麗な髪は、後ろから赤色に染められ、やがて元の色に戻っていく。


 パトカーが通り過ぎたのだ。


 サナエはオレを慕ってくれるが、ベタベタくっ付かれるのは社会的にマズい。しかも、オレは創作物の主人公みたいに、イケメンではない。


 かつて、禁酒法時代にいたギャングのボス。アルカポネに見た目が似ているのだ。眉毛の濃い、にちゃっと笑った二足歩行のブタだ。


 そんな奴と年端もいかない娘がくっ付いていたら、不審に思うのが当然。

 ストレートに言うと、援助交際を疑われる。

 援助できる金なんかないのに。


「大丈夫。パパってことにしてるから」

「だから、今時の手法は相手をパパって呼ぶ事だろうが。まんまじゃねえか」

「もー、ほんとは嬉しいくせに」


 あと、20年若かったら嬉しかったよ。

 でも、オレは43歳。

 もう、おっさんだ。


 頭は毛髪が少なく、デコが広い。

 ハゲているデブの窓際社員みたいなものだ。


「うぃ、さむっ」


 やめろ、と言っているのに。

 サナエがオレの片腕を抱きかかえて、小さく震える。


「ししょー。どこか休める場所に行こ?」

「待ってくれ。もう、それにしか聞こえねえ」

「カラオケがあってぇ。ベッドがあってぇ。シャワーを浴びれてぇ」

「……例のホテルじゃないか」

「ていうか、店が閉まっている時に襲われたんでしょ。だったら、まだ早いよ」


 素人の意見を聞いて、オレは鼻で笑ってしまった。

 サナエはムッとしていたが、狩人の勘というやつを教えてやる。


「いいか? 相次いで襲うには、現場に溶け込んで観察が必要だ」

「えー、でも、相手犬でしょ」

「嗅覚で警察がうろついていないか、どうかを見極めているんだろう」

「どうやって?」

「はは。それは神のみぞ知るだ」

「え、相手にも分からないの?」


 ズケズケと聞いてくるので、オレは煙草を足元に落とす。

 靴の底でもみ消すと、人の流れに注目した。


「ねー、言ってる意味が分からないー」


 最近の若者はいけない。

 懐疑的かいぎてきになってしまっては、五感とか、思考が鈍るってもんだ。


「煙草の吸殻くらい拾おうよぉ。ていうか、煙草吸ったらダメって言ったのにぃ」


 オレの片足を持ち上げ、なぜか持参している携帯灰皿に吸殻を入れるサナエ。まるで、行動パターンが予測されているかのようだ。


「こんなんだから、前のアパート追い出されるんだよぉ」

「う、うるせぇな」

「理事長に泣きついて、近衛さん紹介してもらったの忘れたんですかぁ?」


 実は、4年前から面倒を見るってなった時、他の狩人と一緒に住んでいた近衛を紹介された。年も近いので、不安を払拭ふっしょくできるだろうという心意気だ。


 そして、去年。


 オレは家賃未納が相次ぎ、アパートを追い出された。

 学校に済ませてくれと頼んだら、保護者扱いで、近衛家を紹介された。


 狸乃の信頼があってこそ、同じ狩人として住めるってわけだ。

 サナエは喜んでいたが、オレは手の震えが止まらなかった。


「ねー、お腹空いた。何か食べようよぉ」

「まったく」

「ぶー」


 サナエが頬を膨らませた。

 仕方ないので、オレはガッツリ食べるために肉料理の多い店を選び、食べる事にした。

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