第40話 県大会前日

 あの練習試合から数日が経ち、いよいよインターハイ県大会の前日になった。あの練習試合の後、メディアの取材があったが、あれ以降はメディアの取材が来ることは無かった。その理由は分からないが来なくなったことは俺にとっては良かった。


 あの日、俺は部を辞める覚悟だった。でも、皆んなが引き止めてくれた。味方になってくれる人がいて嬉しかった。あの後、見に行った琉球ユナイテッドの優勝もありあの日は俺の人生にとっても忘れられない日となった。


 そして今は明日のインターハイに向けて最後の練習に入っていた。皆んなあの練習試合から自分の課題を見つめ、それを出来るだけ克服しようと励んでいた。特に宮城は俺が練習試合でやった戦術を身につけようとしている。あの時の葛藤から吹っ切れて、今は自分に上手く焦点が向いているようだった。


 ラリーをして休憩している所に赤嶺がやってきた。


「皆んな〜、県大会の組み合わせが出たぞ〜」


 どうやら県大会の組み合わせが大会HPから発表されたようだ。皆んな赤嶺の元に集まりスマホの画面にあるドロー(組み合わせ)表を見た。


 組み合わせを見ると、第1シードは沖縄松蔭(おきなわしょういん)、第2シードは桑田、第3シードは潮林、第4シードは沖縄南となっていた。俺達蒼京学園は新設のチームということもありノーシード。しかし幸運なことに早い段階でシードと当たることは無かった。シードと当たるとするなら準々決勝からということになった。


「え…、俺ら勝ち進んだら準々決勝で潮林とじゃん。」


「本当に潮林と5年連続で当たることになるかもな…」


「なあ、阿西。他のシード校はどんな感じなんだ?」


 俺は阿西に他のシード高校の情報について聞いた。


「第1シードの沖縄松蔭は県大会で8連覇中の絶対王者だ。今年も相当なメンバーが集まっているみたい。今年の沖縄の県2強の選手も1名いる。」


「8連覇は凄いな。県2強のあと1人は誰なの?」


「その人がいるのは、第2シードの桑田だ。ただその人は去年ある試合で怪我をして出られるかどうか分からないんだ」


「それは残念だね」


「それでも強力なメンバーが揃ってるよ。県No. 1のビッグサーバーもいるし。」


「ビッグサーバーもいるのか?それは楽しみだな」


「サーブ受けてみたいって顔してるな?Mかよ。」


「Mではないわ笑。ただ戦ってみたいだけ。それで沖縄南はどうなんだ?」


「沖縄南も強いメンバーが揃ってるな。あそこは10年連続で県ベスト8以上に進んでる安定してるチームだ。沖縄南は間違いなく今年もベスト8には来るだろうな。」


「そのチームに加えて潮林か〜、大変そうだな」


「そうだな。ところでスマッシュは打てるようになりそうか?山田も気にかけていたぞ」


「そうなのか。…ごめん、まだ打てないんだ。もうちょっとかかると思う」


「そうか…」


 俺はまだスマッシュを打つことができない。練習試合の時も、そして今日までの練習も一回もスマッシュを打てなかった。中々脳に染みついたトラウマは抜けない。色々手を尽くしてはいるが、それでももう少し時間をかけないとダメなようだ。


「おーい、ミーティングするぞ〜」


 山田が木村先生と共にやってきた。山田はHR長会議、先生は職員会議などがあり今日は部活にこれていなかった。そして山田は箱を持ちながらテニスコートに入って来た。


「ミーティングの前に渡すものがあるぞ。」


「山田、その箱は?」


赤嶺が尋ねる。


「これは明日着るユニフォームだ」


「お〜!ユニフォーム間に合ったんだ。もう届かないと思ったよ」


「今日届いてな。ぎりぎりだったよ。」


「ね、ね、山田。どんなユニフォームなの?」


 興味深く玉城が聞いてくる。実は玉城は服好きであることが数日前分かった。結構ファッションにこだわりがあるらしい。なのでカッコ悪そうなユニフォームだったら、選んだ山田が特大ダメ出しを喰らいそうなので、ユニフォームがかっこいいものであることを願った。


「今回は俺が勝手にユニフォームを選んでしまったが、ユニフォームはこんな感じだ。」


 そう言って山田は箱の中からユニフォームを取り出して皆んなに見せた。


「おお…、これは…」


 山田が手にしたユニフォームは白ベースのユニフォームで黒の線が横と斜めに多く加えられている。これはあのGOAT、芝の王者と呼ばれた伝説の選手が全豪オープンで着ていたモデルとよく似ていた。若干違う所はあったが、プロテニスを見る者にとってはこのユニフォームのデザインはこれ以上ないくらい、かっこよくて最高のウェアだ。


「かっこいい…、かっこいいよ!これ!」


 どうやらご満悦なようで良かった。これで山田は玉城からの特大ダメ出しは避けられそうで良かった。


「よし、今からミーティングを初めるぞ」


 木村先生が呼びかけてミーティングが始まった。


「明日はいよいよ県大会だ。今日はゆっくり休んで明日に備えてほしい。明日の集合時間は7時だ。遅れるなよ」


「「はい」」


「今日は大会の紙を渡して解散する。皆んな明日は全力で頑張るぞ」


「「はい!」」


 ミーティングはあっという間に終わり、俺達は帰宅の途についた。


「皆んなまた明日」


「おう、じゃあな遠野」


「遅刻すんなよー」


「そっちこそー」


 俺と喜納、国吉は帰り道が違うので校門を出てすぐに分かれた。


「悠馬!」


 後ろから名前を呼ばれたので振り返ってみると、凛がいた。


「凛か。凛も今、帰り?」


「うん。…途中まで一緒に帰っても良い?」


「うん。大丈夫」


 こうして俺達は2人で帰ることになった。


「調子はどう?」


「調子は結構良いと思う。練習試合の課題も上手く直せたし」


「それは良かった。後はスマッシュって感じ?」


「そうだな。本当に後はそれだけなんだ」


「昔の出来事があってだったよね…、ごめん。あんな事があって苦しんでたなんて全然気づかなかった。」


「ううん。俺はあの事は隠そうと思ってやってきたから。悪いのはむしろ俺だ。…でも、皆んながあの出来事を知っても、俺に今までと変わらず接してくれたり、励ましの言葉をかけてくれたのがとても嬉しかった。今は皆んなに悩みを打ち明けて良かったとさえ思うようになったよ」


「悠馬がそう思えるようになって嬉しいよ。でも…まだトラウマは抜けきらないよね?」


「…うん。これは一生の傷かもしれない」


 そう、心の傷というのは目に見えるものではない。いつ治るのかも、どうすれば治るかも体の傷と比べれば分からないことが多い。1週間で治るかもしれないし、もしかしたら何十年と続くかもしれない。だから、いじめと呼ばれるものは良くないんだ。被害者に見えない大きな傷を残すから。そもそも、いじめなんて言葉はなくなるべきだ。軽い表現のように見えてしまい、犯罪ではないと認識する人が出てきそうだから。いじめは犯罪。それを多くの人が認識し、互いを尊重し、傷つけ合わない社会になってほしい、そう思っている。


「やっぱりそうだよね。でも、私は悠馬がそれを乗り越えられると思ってる」


「出来るかな、俺に…」


 そう不安を吐露すると凛が俺の前へ走り、そして振り返った。


「出来る。だから自分を信じてほしい。それに…あなたが変わらない限り、あなたが遠野悠馬である限り、私はあなたの味方だから」


「凛…」


 凛は俺を本当に信頼してくれている。俺の味方になってくれて、こうして悩んでるときは励ましてくれる。凄い人だ。ここまで他人に対して尽くせる人がいるのだろうか。俺にはこの時、凛が輝いて見えた。


「…ちょっと恥ずかしいこと言ったな。でも、今日はそれを言いたかったんだ。じゃあね、悠馬、また明日」


 そう言って凛は走り去っていった。黒い髪をなびかせながら走り去る凛の姿は夕日に照らされていた。俺は鼓動がどんどん早くなる心臓を押さえながらその姿を見ていた。






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