第39話 全てを話す

(遠野視点)


「小学校の時の事件で話を伺いに来ました。」


 ついに来てしまったメディアの取材。あの金間周三が、俺達が今住んでいる場所、学校を特定する可能性があるのは分かっていた。ただここまで早く見つかるものなのか?ここまでの特定能力があの一族にはあるのか?、色んな疑問が頭の中を飛び交う。


 俺が俯き加減になっている所に記者が容赦なく質問し始める。


「遠野悠馬さん、あなたは小6の時にクラスメイトを階段から突き落とし、怪我を負わせたというのは本当でしょうか?」


「…」


 やはり俺があの事件でかけられた冤罪の事をそのまま聞かれた。来るかもしれないとは分かってはいても、いざ来るとなるとやはりとてつもなく嫌な気持ちになる。高校生になっても冤罪をかけられるのかと思った。それにこの記者もこんな皆んながいるような場所で取材するのも卑怯のように感じる。わざとだ。恐らく、逃げにくくする為だろう。


 さっきまで賑やかだったこの集合場所はこの取材とその内容の為か、静まり返っている。皆んな何が起きているのか、困惑している様子だった。


「…」


「黙っているということは、この事件に関しては事実であると認めるということですか?」


 この記者は俺が口を滑らすことを待っている。だが俺の喋ることはただ一つだ。


「僕は何もやっていないです。言えるのはこれだけです」


「しかし…、君はあの事件で中学校では孤立して不登校に追い込まれたと聞いていますが、やはりあの事件は君がやったと見るべきだ。あれは故意だったんですか?動機は?」


「ですから、僕は何もやってない。お引き取りください」


「でも、事件のことをちゃんと聞かないと…」


 その後も同じようなやりとりが続いた。話は平行線をたどっていた。


(榎本視点)


 どういうこと?、階段、突き落とす、不登校、あの記者から発せられた言葉が頭の中から離れない。これが悠馬の雰囲気が昔と違う理由?いや、そんなはずはない。悠馬はそんな人を階段から突き落とすようなことをする人じゃない。


 頭の中が色々な言葉で回っていて整理がつかない、苦しい感覚がする。でも、本当に苦しいのはこんな皆んなの目の前で取材を受けさせられている悠馬自身だ。止めないと…、この取材は止めないと…


(山田視点)


 この取材者が言ってることが例え本当でも、なぜ蒼京学園が今日このテニスコートで練習試合することを知っている。外部から情報が漏れていた?そうだとしても、何故急にこんな取材する者が表れたんだ。今までメディアの人がいる気配はこれまでの部活中一度も無かったのに。これは何か裏がある。俺はこの取材を一刻も早く止めるべきだと考え、メディアの人に取材の取りやめを申し出ようとした。しかしそのとき…


「何してるんですか!?」


 怒りの混じった大きな声で木村先生がメディアの人に向かって言葉を発した。


「あ…、いや、ちょっと取材をさせてもらっていまして…」


「取材を許可した覚えはありません。お引き取りください」


「すぐに取材は終わるので…」


「お引き取りください」


 木村先生は今まで見せたことのない表情でメディアの人に対応した。流石に萎縮したメディアの人は黙って去っていた。これでひとまず安心だ。しかし…


(遠野視点)


「先生…」


「遠野、大丈夫か?」


「はい。大丈夫です」


 先生が来てくれて助かった。ただ皆んなの前での取材があったから、もう隠すことはできないだろう。


「遠野、さっきのは…」


 山田が過去に何があったんだと言いたいような感じで聞いてきた。それもそのはずだ。やはり話すしかなさそうだ。そうでないと、俺はあの事件の加害者ということになってしまうし、皆んなも何も話さなければ混乱するだけだろう。


「…先生。もう全部自分の口から話します」


「遠野…」


 俺は過去何があったか全てを話した。冤罪をかけられ学年中から攻撃されたこと。校長に隠蔽の協力を依頼されたこと。父さんが会社をクビにされ、転職先の都合で沖縄に来たこと。スマッシュを打てなくなった理由。何もかも話した。


 俺は自分は何もしてないことを言いたかった。あの時のように犯罪者、暴力男という汚名を着せられて生きるのが嫌だったからだ。これまで受けてきた苦しみを理解してほしいという気持ちがない訳ではないが、あまりそういう気持ちは無かった。


 こういう自分の話しにくい秘密を話したが、理解されるどころか話題のネタとして笑い話にされたという例も聞く。特に学生間のトラブルは理解されにくい。話してみて理解ある人なら親身になってくれるかもしれないが、そうでなければ面倒くさいや都合が悪いという理由で無かったことにされるか雑な対応をされる場合がある。俺がいた中学校は後者のような対応だったのであの時はかなり落ち込んだ。だからこの話をしても、目の前にいる人達は理解してくれないと無意識に思っていたのかもしれない。だからこそ、俺は理解してほしいという感情は持てなかった。


 そして、これを話すことになった時、俺はこの部を抜ける決断をするという考えを立てていた。メディアに取材された以上、これからもメディアに対応しないといけなくなる。そうなると、今度は部の皆んなにも迷惑がかかる。それでテニスに集中出来なくなるのは良くないことだ。この話は木村先生にもしているので部を辞める準備はできていた。


 しかし俺は油断していたのかもしれない。沖縄まで来ればあの出来事に関するいざこざを気にせず生活できると。メディアに対応されるとしても、部が好成績を収めて自分達が有名になったときぐらいだと思っていた。まさか、こんなに早くメディアが来るとは思わなかった。


「…これが俺の過去。だから俺は階段から突き落としていなどいないし、犯罪者でもないんだ。これだけは信じて欲しい」


「…」


 皆んな黙りこんでいる。暗い話だし、面白い話でもないからそうなるだろう。こんな過去を持つ人物、部の平和を乱すかもしれない人物を受け入れてはくれないだろう。これまで向けてきた好意的な視線は敵意に満ちた視線に変わるかもしれない。あの時はそうだったから…


「許せない」


 凛が喋り始めた。やはり、俺に対して敵意を向けてくるか。


「許せない。悠馬をそんな目に合わせるなんて絶対に許せない」


「え…」


 予想外の返答に俺は驚いた。それに続くように山田が喋り始める。


「そうだ。罪の無い人間をここまで攻撃するなんて人間のやる事じゃない。間違ってる。遠野、すまない。辛い事を喋らせてしまって。少なくとも俺は絶対そんな事をしないから安心してくれ」


「山田…」


「俺もだよ遠野。これからは楽しい時間過ごそう。」


 今度は阿西がありがたい言葉を言ってくれた。


「でも、今日みたいなことがあるかもしれないし、そうなったら皆んなにも迷惑かけるし…」


「何を言ってるんだ、遠野。そんなん気にしなくても全然大丈夫だぜ。むしろ、俺は大歓迎だぜ。」


「お前はただ目立ちたいだけだろ。遠野、辛かったな。周りに迷惑かけたくない気持ちもあるだろうけど、俺は大丈夫だぞ。」


「国吉、喜納…」


 それに続くように赤嶺、与那嶺、坂田、宮城も話す。


「そうそう。部を辞めようと考えてるかもしれないけど、そっちの方が俺は嫌だ。まだ遠野と試合したことないし。」


「そうだ。俺は一回遠野に負けた。けど、またリベンジしたいと思ってるんだ」


「俺との勝負はまだ決着ついてないしな。辞めたくないのに辞めるなんて許さない」


「遠野…、僕がテニスへの希望を取り戻したのは君なのに。その君が部から身を引くのは納得できない。もっと僕は遠野とテニスをしたい」


「皆んな…」


 皆んなの言葉が心に突き刺さる。一つ一つの言葉が温くて世界が違って見える。敵意に満ち溢れたあの世界とは違う、優しさに溢れた世界に見える。


「分かっただろ、遠野。ここにはお前に退部してほしいなんて思ってる奴は1人もない。むしろ、お前と共にテニスをしたいと思っている。それでも部を辞めたいか?」


 木村先生の質問に対して俺は答えかった。自分の想いを。


「…こんな俺でもいいなら、俺はテニスを…皆んなとしたい。だから、これからもよろしくお願いします」


「改めてよろしくな、遠野」


「ありがとう、山田。一緒に目指そう、インターハイ。」


「ああ、その言葉を待ってたよ。はは笑、これからトレーニング大変だな」


「大丈夫だ。どんとこい」


「よし、丸く収まった所で、お前達に朗報だ。練習試合頑張ったご褒美があるぞ」


 そういうと、木村先生はチケットを取り出した。しかもチケットの数はいっぱいある。


「先生、それは?」


「これは今日の琉球ユナイテッドの試合のチケットだ」


「「まじか!」」


「皆んなで日本一、見に行くぞ」


「「おー!!」」


 先生の言葉に歓声が上がった。今日は皆んなから温かい言葉をかけてもらった上にこんなサプライズまであるとは思わなかった。俺はサッカーも良く見ているのでこれはとても嬉しかった。皆んなすぐに会場へと向かい出した。


「よし、悠馬、早く行こうぜ!」


「おう!」


 俺は素晴らしい仲間と共に走り始めたのだった。






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