第38話 一難去ってまた一難

(宮城視点)


 遠野は抗うといった。抗った先に何があるのかはよく分からなかった。これまで遠野は負けていても、いつのまにかそれに対応策を見つけ勝利してきた。その時の遠野は活き活きしていて普段からはあまり見せない雰囲気があった。これが本来の彼なのか、もしくは、それが遠野の言う抗った先にある道の象徴なのかどちらか分からなかった。僕はそれを分かるようにする為、遠野の試合を見に行くことにした。


「40-0」


 試合はもう始まっていた。まだ第1ゲームだが戦況としてはやはりジャクソンさんの優勢だった。あの人の守備の硬さは普通じゃない。並のショットは全て返されてしまう。遠野もその鉄壁の守備に苦しんでいた。遠野はコントロール重視のショットで左右のコーナーに打ち分けていたが、ジャクソンさんは身長も高いし、動きもあの体格だが素早いからそれも全て返されてしまう。遠野は狙いすぎたボールを打ってしまい、ボールはサイドアウトしてしまった。


「ゲーム潮林1-0」


 その後も、ジャクソンさんの攻勢が続いていた。遠野はサーブから主導権を握ったポイントぐらいでしか得点源が無かった。


「アウト。ゲーム潮林4-1」


 それから第6ゲーム。遠野はスライスサーブを打ち、返ってきた返球をフラットショットで返した。しかし、それもジャクソンさんには難なく返される。だが、遠野はまたフラットショットを打つ。無謀すぎる。そのショットは通じないのに。それにボールもそこまで深くない。コート真ん中に落ちるフラットショットばかり。これでは決まらない。ジャクソンさんはチャンスとみるや、ポジションを上げようとしていた。逆に遠野はラリー戦で押され始めているから、どんどんポジションが下がり始めている。やはりジャクソンさんには遠野でも敵わない。俺は落胆して俯きかけていた。


「バゴーン」


「!」


 遠野の打球音が変わった。これはスピンショットだ。遠野はループ気味の高い弾道で深いスピンショットを打ち始めた。今までとはまるで違うショットだ。


(急にボールの質が変わった?)


 ジャクソンさんも予想外のボールが来たことで返球が中途半端になる。それを遠野は見逃さず、返ってきたボールをフラットショットでコーナー隅に突き刺し、ポイントを取った。


「15-0」


 その後も遠野はさっきのポイント同様にジャクソンさんを振り回した。フラットショットでポジションをわざと上げさせては、深いスピンショットでポジションを下げさせ、ラリーの主導権を相手に渡さない。浅いボール、深いボールの打ち分けとコースの打ち分けを組み合わせた無数のポイントパターンでジャクソンさんを完全に混乱させていた。


「ゲーム蒼京4-4」


「why!!」


(どうなってる?どこにどんな球種で打ってくるか分からないし、全然崩れる気配がない。なぜなんだ?)


 遠野が3ゲーム連取したところでジャクソンさんは声を荒げた。ジャクソンさんは今まで耐えに耐えて相手から主導権を奪って最終的にポイントを取るスタイルだ。しかし、今のジャクソンさんはただ耐えるだけだ。ずっと防戦一方で振り回されているからメンタルが乱れてきたのだろう。こうなるとパフォーマンスが落ちてしまう。完全に形成逆転だった。


 遠野が使った球種はスピンショットとフラットショットのみ。僕はそれに気づいたときに確信した。これは僕を元気づける為の戦術。僕に自分のテニスを極めればちゃんと勝てるんだと知らせるために。


「まったく…、凄い人だよ、遠野は。こんなの見せつけられたら、またテニスしたくなっちゃうじゃん」


 そうだ…、僕は僕なりになりたい姿がある。確かに赤嶺や国吉には置いていかれちゃうかもしれない。でも、それで諦めちゃダメなんだよな、自分だけの道を。それが抗った先にあるものなんだ。そのことを気づかせた男、遠野悠馬。彼は僕に諦めないことを教えてくれた。ありがとう。


「ゲームセットアンドマッチ蒼京6-4」


 僕は試合後、コートから出る遠野の元へ向かった。


「遠野ありがとう。僕、また頑張れそうだ」


「それは良かった。これからもお互い頑張ろう。後、試合頑張って」


「ありがとう、遠野」


(木村視点)


 遠野は見事な試合をした。しかし、まさか宮城が使うべき戦術を遠野がやるなんて。偶然かそれともわざとなのか…、恐らく後者だろう。あの試合で遠野が宮城に対して伝えたいことを試合で表したのだろう。それが伝われば、宮城は立ち直れるかもしれない。そんな試合ができる遠野は大したものだよ…、本当に。


 遠野の試合の後は宮城の試合だ。宮城がコート内に入ってきたが、さっきの試合とは表情が明らかに違う。希望を見つけた活き活きとした表情、そして闘う表情をしていた。


 試合は宮城がさっきの遠野がやったようにフラットショットとスピンショットを組み合わせて相手を前後に揺さぶる戦術をやってみせた。完成度はまだ足りないが自分の戦い方を宮城は見つけたのだろう。今の宮城に迷いの表情は無かった。宮城は相手を圧倒した。


「40-0」


 宮城のマッチポイントだ。宮城がサーブの構えに入る。宮城のサーブはスライスサーブ。相手は何とか中央に返球する。そして…


「ボゴーン!」


 最後は豪快にウィナーショットで決めてみせた。しかも、特訓で偶然出たフラットドライブのショットで。裏でフラットドライブの練習してたんだな、あいつ。宮城は今日をきっかけに更に強くなる。そう確信させる最後の一打だった。


「ゲームセットアンドマッチ蒼京6-0」


(ジャクソン怜生視点)


「まさか、先輩が負けるなんて驚きでしたよ」


「ああ、してやられたよ。それよりもどうだ、今年の蒼京は」


「1年生だけのチームですが、間違いなく去年よりも戦力は上がっています。気になる選手が何人かいますが、それでも俺達には及びませんよ。今年も勝つのは俺達、潮林ですよ」


 そう話すのは、潮林レギュラーの2年生具志堅晴哉(ぐしけんはるや)。潮林のデータ担当である。今日は新しくなった蒼京学園テニス部のデータを集める為にここに来ている。


「そうか。で、お前が気になるという選手は誰なんだ」


「そうですね。やっぱり山田大地と坂田大輔、そして部長を倒した遠野悠馬です」


「やはり、遠野の事は気になるか」


「はい。あのようなタイプはあまり見たことがない。研究しがいがあります」


「だよな。噂をすれば、あっちに遠野がいるな」


「…」


 俺達は無意識に彼を見ていた。彼を倒すことが今度の蒼京戦のカギだ。今年対戦すれば、5年連続の対戦。今年で完全勝利し、このライバル関係に終止符を打って、俺達は悲願の九州に行く。俺達潮林高校の目標はそこにあった。


(遠野視点)


 何か視線を感じ、視線を感じた所を振り返るとそこには潮林の部長のジャクソン怜生さんとあと1人知らない人達が帰っていく姿があった。潮林との練習試合、俺達はほとんどの試合で快勝したが、部長との試合は1勝1敗で大苦戦だった。潮林のレギュラーが皆部長クラスだとすると、本番はタフな試合になるだろう。気を引き締めないといけない状況に俺達はなったんだなという事を思い知らされた。


 …しかし、ここは静かでいいな。いつしか俺は誰もいない静かな所を散歩するのが趣味になっていた。この高校に入る以前は人間関係に苦しめられたから無意識に人を避けてしまっているのだろう。ある程度そうなるのは仕方のないことかなと思いつつも、この趣味はリラックスには最適だと思うのでこれからも続けるだろう。

 俺は大きく腕を伸ばして羽を伸ばす。


「は〜、そろそろ帰るか」


 俺は集合場所へと戻った。集合場所には木村先生以外全員集合しているようだった。宮城が赤嶺に謝罪している。これであの2人もまたいつも通りの2人の関係に戻るだろう。何はともあれ、一件落着。今日も何事もなく一日が…


「遠野悠馬さん…ですよね?」


「はい。そうですが?」


「私、沖縄報道というメディア会社で働いている大熊と申します。小学校の時の事件で話を伺いに来ました」


 遂にその時が来てしまった。恐れていたメディア対応。また俺を潰しにかかるのか、あの家族は…













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