第37話 嫉妬と劣等感

(木村視点)


 宮城の姿が見当たらない。宮城の精神状態は明らかにおかしかった。あそこまでメンタルが崩れるのは何か普段から負い目に感じることがあったからだ。


 俺はまた間違えた。選手の能力を育てることばかりに夢中になってそれ以外のことを忘れてしまう。悪い癖だ。宮城を探して話をしなければならない。メンタルケアをしないと、宮城がテニスを辞めてしまうかもしれない。俺は宮城を必死に探した。テニスコートの至る所を探し、下り坂のベンチのある所に俺の探す人物がいた。


「いた…」


 宮城を見つけた。しかしそこにはもう1人の人物がいた。


「遠野…」


 そこには遠野がいた。2人の様子からするに、雑談ではない真剣な話をしているようだった。しばらく考えて俺は今はこの場を遠野に任せることにした。遠野の方があのような体験をしたからこそ、人の負の感情について理解しているのではないかと思った。あの残酷な出来事から立ち直ろうとしている遠野なら宮城を救ってくれるかもしれないと思ったのだ。


そう思って俺はその場を離れた。


(遠野視点)


 俺が思う宮城の感情は果たして当たっているのか、それが良く分からなかった。だから、俺は会話の糸口が掴めなかった。無理に聞くのは悪いと思ったが、負の感情を溜め込みすぎるのも良くないと考えた俺はさっきの試合の事から聞くことにした。


「宮城…」


「僕さ…」


 宮城に試合の話を聞こうと思ったら、宮城の方から喋り始めてくれた。


「僕さ、小学校まではずっとスポーツは体育の授業でしかやったことなくてさ。見ることは好きだったんだけど、自分の運動神経にあんまり自信なくてさ、実際初めるのに勇気が出なかったんだよね。怖かったんだよね。上手くできなくて諦めるのが」


「うん」


「でも、そんな自分を変えたくて思い切って中学校は友達に誘われた勢いでテニス部に入ったんだ。最初は確かに上手く出来なかったけど、それでも楽しかった。気づけば練習する事に夢中になってた。そうしたら、少しずつ上手くなって実力がついて、また楽しくなって、気づいたら試合で勝てるぐらいの実力がついたんだ、すごく嬉しかったよ。」


「僕達の中学校はそんなに強い学校じゃなくて同学年の人は皆んな初心者からのスタートだったけど、それでも楽しかった。テニスをやればやるほどテニスを好きになっていた。本当に楽しかったよ、中学校の部活は。高校でも同じ楽しみが得られると思った。でも…」


「赤嶺と国吉の事か」


「…うん。赤嶺と国吉は高校からテニスを初めて正直、できるようになるのは時間がかかると思ってたんだけど、びっくりするぐらい早く上手くなっていて、いつの間にかもう僕を完全に追い抜いちゃってさ…」


そう話している内に、宮城は涙を流し始めた。


「なんだか今までの努力、テニスをしてきた時間はなんだったんだろうって思っちゃって、なんであの2人はこんなにできるのかとか、なんで僕は対抗すらできないのか、なんであの2人にはあんなに才能があって、僕にはないのかとか思っちゃってさ…」


 やはりそうだ。宮城が抱いていた感情は嫉妬と劣等感。でも、その感情を抱くのは無理もない。3年以上テニスをやってきたのに、テニスを初めて2ヶ月未満の人に一瞬で抜かされてしまったのだから。自分に対して負い目を感じてしまうのは不思議ではない。


 宮城は涙を流しながら話し続ける。


「それでどんどん赤嶺と国吉の事、敵みたいな感じで見るようになって…、本当はそんなのダメなのにさ…、あの2人のこと信頼してるはずなのに、そういう風に悪く思っちゃって、もっと自分が情け無く感じちゃって辛かったんだ…」


 宮城が嫉妬している相手がよりによってよく一緒にいる赤嶺、そしてクラスが唯一一緒でありよく話す国吉であったことも、宮城にとっては辛い思いを増幅させる要因だったのだろう。仲が良く、信頼しているからこそ、抱いてはいけない憎しみの気持ち、そしてそんな気持ちを抱いてしまう自分に対する情けなさ。正に負のスパイラルに宮城は陥っていたのだろう。


 しばらく泣いた後、宮城は愚痴のように諦めた顔をしながら話した。


「は〜、やっぱり才能のある人は良いなー、あっという間に実力つけて、どんどん上に行く。僕は選ばれた人間じゃないから努力するだけ無駄だったんだな」


「おい、そんな言い方…」


「遠野だって、国吉と一緒にトレーニングしたり、打ち合った時に感じたでしょ、国吉の才能。やっぱり努力には限界あるよ。どれだけ努力してもプロのスポーツ選手になれるわけじゃない、一流のミュージシャンにはなれない。選ばれた人間、才能を持った人間だけが上に行く。努力は才能には勝てないよ」


 宮城はやけになっている。投げやりになって全てを諦めようとしていた。このままだと宮城は何も希望のない人生を送るかもしれない。それは避けたかった。希望の見えない世界で生きる程、辛いものは無い。だからこそ、俺は宮城に自分の考えを言う必要があると思った。


「確かに国吉の才能は俺も嫉妬を抱いたよ」


「ほら、やっぱりそうでしょ」


「それでも…努力する事は素晴らしいよ。例え、宮城の言ってることが本当であったとしても俺は抗おうと思う。そうすれば自分の進むべき道が見える気がするんだ。それしかないと思うんだ」


「そうなんだ。遠野は負けず嫌いだ」


「そうかもね。次の試合、俺はあのジャクソンさんと試合する。良かったら見に来てよ、勝てるかどうかは分からないけど、これが俺だって試合を見せてくるよ。それじゃ、そろそろ時間だから行ってくる」


 俺は自分の思いを伝えて試合へと向かった。俺の思いが宮城に届いたかは分からないけど、俺は自分の信じる道を行きたい。ただそれだけだった。




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