第36話 負の感情

 潮林高校との練習試合前にアップがてらのラリーが始まり、その後、本番形式の打ち合いが始まった。やはり皆んなどんどん実力をつけている気がする。ショットの精度、威力が上がっているのを感じていた。特にあの2人は…


「ストン」


 まずは赤嶺だ。お得意のドロップショットは健在でどんどん精度が高まっている。それに最近はサーブにもパワーがついてきたから、弱点らしい弱点も見当たらない。そしてもう1人は…


「おりゃー!」


 そう国吉だ。筋力アップのトレーニングをしてから、さらにショットにパワーが出てきた。それだけじゃなく、動きのキレも良くなっている。こないだのトレーニングを見ればまだまだ国吉は成長しそうだ。国吉はほとんどのポイントで相手の宮城を圧倒していた。


 この2人の成長スピードは明らかに普通ではなかった。これが才能って奴なのだろうか…


 アップを終えてすぐに第1試合が始まろうとしていた。試合は第1試合、第2試合それぞれシングルス5つ、ダブルス2つの計7試合が行われる。3面同時進行で行われ、終わった試合の場所に次の試合をする者が入ることになる。


「よし、最初は遠野と阿西のダブルス、国吉と喜納のシングルスだ。行ってこい」


「「はい!」」


 そして最初の3試合は俺達が圧倒していた。相手は潮林のレギュラーではない為、潮林の本当の実力が分からない不気味さはあったものの、しっかり自分の実力を発揮できたと思う。俺と阿西のダブルスも初めて組んだけど、お互いがどういうプレーをするかはある程度分かっていたからやりやすかった。


「ゲームセットアンドマッチ蒼京6-0」


 阿西も動体視力を鍛えたおかげで得意の強打に磨きがかかっていた。それもあって大勝を収めることができた。他の試合を見ていると、国吉も喜納も潮林を圧倒していた。特に国吉は絶好調で相手はなす術なしという感じだった。


 試合を終えてコートから出ると、次の試合に組まれている赤嶺と宮城に会った。


「お疲れ、遠野、阿西」


「「お疲れ〜」」


「2人とも、結構相性いいんだね、息ぴったりだった」


「あー、それは確かに、なんかやりやすかった」


「それは確かに。俺、ダブルスめっちゃ久しぶりだったから不安だったけど、思いの外うまくいった」


「凄いな、俺達も負けてられないね、宮城…?おーい、宮城?」


「…、あ…あー、そうだね、頑張ろう」


「眠いの?ちゃんと睡眠はとれよ〜」


「ごめん。じゃあ、行こうか」


「うん」


 さっき宮城の視線は明らかに国吉の試合の方向に向いていた。しかも、悔しそうな少し憎しみがまじった表情をしてた。そういえば、今日の練習は宮城が国吉の打ち合いの相手をしていた。その時も、同じ表情をしていた。これは恐らく…、こじらせないと良いなと思った。


 しばらく集合場所で休憩をとっていると、喜納と国吉が戻ってきた。


「ふ〜、勝った勝った」


「くは〜、疲れた〜」


「お疲れ、2人とも。どうだった試合は?」


阿西が質問した。


「どっちも6-0だ。今日はめっちゃいい調子だよ。でもレギュラーがいないから潮林の実力がどんなもんか分からない。それに関してはやっぱり厄介だ。」


「部長が1人いる見たいだから、その人の試合を見たら分かりそうだな」


「確かにな」


 2人はコートの方を見る。潮林の部長は赤嶺と宮城の前にコートを挟んで立っている。恐らく背が高くて体格もしっかりしている四角のメガネをかけた丸坊主の人だろう。確証が無かったので阿西に聞いてみた。


「部長さんって身長が高い方の人だよね?」


「そうだよ。威厳出てるよな〜、やっぱり」


「知ってるのか?」


「少しだけどな。部長の名前はジャクソン怜生(レオ)っていって、3年生だ。お父さんがアメリカの人だそうだ。実力もかなりのものだぞ。県のベスト16、もしくはベスト8に入るぐらいだ」


「強いんだな。プレイスタイルとかは?」


「プレイスタイルは守備的ベースライナーだな。中々ミスしてくれない堅実なプレイヤーという噂だ」


「そうなんだ…」


 宮城にとっては相性の悪いプレイヤーだ。でも、トレーニングで鍛えた力を出せれば相性の悪さはひっくり返せる。それぐらいの力を宮城は持っている。


 試合は宮城のサーブから始まった。宮城のフラットショット、新しく身につけたスピンショットはジャクソン怜生さんの相方には通用していた。しかし、実力者のジャクソン怜生さんには通用していなかった。得意のフラットショットは何度打っても返され、まだ習得から日が経っていない不完全な部分のあるスピンショットが狙われてしまい、ポイントを落とすという展開が多かった。


 試合は第8ゲームが終わり、スコアは4-4。タイのスコアだが宮城は第1ゲームと第5ゲームと、自分のサービスゲームを落とす展開になってしまった。更に少しずつ宮城はジャクソン怜生さんを一方的にボールを打つようになっていた。

 しかも、ミスも多くなっている。冷静さを失っていた。


「宮城はなんでジャクソンさんばっかり狙うんだ?」


「確かに。狙うんだったら通用しているもう1人のほうを狙ったほうが良いのに…」


 阿西と喜納が疑問の声を上げる。そうだ。通用していないショットを打ち続けても無意味だ。何か作戦があるかもしれないが、今の明らかにミスが多くなっている宮城にそんな余裕があるように見えない。赤嶺が宮城に対して何か話しているが宮城は聞く耳を持たず、立ち去ってしまう。今の宮城は迷走状態に入っているように俺には見えた。


(宮城視点)


 くそ、くそ、なんでだ、なんでなんだ。ここまでの戦い、僕のショットはまるっきり通用していない。ここまで互角のスコアになっているのは、全部赤嶺のおかげだ。赤嶺があの人と互角に渡り合っているからだ。なんで、なんでなんだ。どうしてあの人と互角に戦うことができるんだ。まだテニスを初めて少ししか経ってないのに。これじゃ…僕の方が始めたての人のようだ。これ以上、足は引っ張れない。あの人に打ち勝って流れを変えるんだ。それしかない。


 しかし、俺はミスを繰り返す。コントロールが効かない。ボールが言うことを聞いてくれない。当たりが真っ白のように感じる。視界が狭い。だめだ。このままじゃだめだ。何とかしないと。試合は第9ゲーム。0-40。このゲームを落としたら、この試合は決まってしまう。だって次はあの人のサービスゲーム。ここまで1回もポイントを取れていないあの人のサービスゲーム。やはりこのゲームは落とせない。絶対に流れを変えないと。俺はファーストサーブを打った。


「フォルト」


 ストロークのコントロールが効かなくなり、連鎖反応のようにサーブのコントロールも効かなくなった。次のセカンドサーブはどう打つ。考えれば考える程、分からなくなっていた。俺は考えのまとまらない内にセカンドサーブを打った。


「カチン」


 え、ガットに当たる音ではなかった。これはラケットのフレームに当たった音だ。ラケットのフレームに当たったボールはネットに突き刺さった。


「ダブルフォルト、ゲーム潮林5-4」


 その後の記憶はよく分からない。気がついた時には試合終了のコールがされていた。


「ゲームセットアンドマッチ潮林6-4」


「宮城…この試合の事は忘れよう、次に切り替えよう」


 試合後、赤嶺が僕になんていったら分からないような顔をして話しかけてきた。励ましてくれているのは分かっている。でも、今の僕にはどんな言葉も心に突き刺さる。1人になりたいと思った。


「ごめん、赤嶺。ちょっと顔洗ってくる…」


俺は失意のまま、コートを後にした。


(遠野視点)


 明らかに宮城は冷静さを失っていた。しかし、その状態になったのは、試合だけじゃないはずだ。今まで思っていたことがあの試合で爆発してしまった。俺にはそう見えた。宮城の感情は人間が必ず持っているものだと思うから、難しい問題だと思う。俺はその感情について考えながら買ったばかりのドリンクを飲もうとした。


「あ…」


 俺は手元を滑らして、ペットボトル入りのドリンクを落とした。下り坂で落としたので、どんどん転がってしまう。下り坂の一番下までペットボトルは転がった。俺は慌ててペットボトルを拾う。


「やっちまった。ん?」


 下り坂にある木で隠れたベンチには宮城がいた。こんなところにいたのか。


「遠野…」


「宮城…」


俺は宮城と話すチャンスを得た。


「隣、良いか?」


「うん。大丈夫」











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