第35話 全力か手加減か

 今日の練習試合は徳崎テニスコート。以前、阿西と試合をした場所だ。集合時間は9時だったが時刻は8時20分、予定より早く到着した。集合場所には木村先生が一番早く来ていた。流石先生だ。俺は木村先生に挨拶した。


「おはようございます」


「おー、おはよう、遠野。早いな」


「そうですね。念の為早く行こうと思ったら、思いの外早かったです。時間あるのでウォームアップがてら走りに行ってきます」


「ああ、分かった、…遠野」


「はい」


「俺は別に大丈夫だからな」


「…ありがとうございます。では、行ってきます」


 俺は先生が何を言っているのか理解できた。大丈夫という先生の言葉を聞いて安心したが、迷惑をかける訳にはいかない。万が一があった時の覚悟は決めている。俺は春にしては珍しい冷ややかな風と共に走り出した。


(記者視点)


「は〜、全くこんな時になんで俺達はテニスコートに向かわないといけないんだ」


「そっすね〜、今日は琉球ユナイテッドのサッカー日本リーグ初優勝がかかった試合なのに〜、他の記者は皆んなそこに行っちゃったのに。なんか自分達だけここの取材なんて理不尽すぎます。」


「まあ、社長が世話になってる会社の所が高校生に関する噂を提供しているから調べてこいって言われたし、断れねーしな」


「そうですね…。にしても本当なんすかね、その噂。」


「さあな、でも、あの噂が本当にしたって、記事としては少しインパクトが薄い気が…、まあ良いや、面白そうな記事かけそうだったらしっかり取材しようぜ。その後はサッカー見に行こうぜ」


「分かりました、先輩」


(遠野視点)


 ウォームアップから戻ってくると、部員のほとんどが集合場所に着いていた。


「遠野、おはよう」


「おはよう、阿西。皆んな来てる…って訳では無さそうだな」


 俺は集合場所を一瞥してある男がいないのを確認した。


「ああ、国吉がいない」


「やっぱり」


「これは山田のお仕置きが来そうだよ」


「確かに…国吉間に合うといいけどな」


「うん。集合時間まで後1分」


 果たして国吉は間に合うのだろうか。山田は国吉を待っているようだった。少しピリピリしていた。タイムリミットが近づくに連れ、山田は…


「あれは…、山田の雰囲気が変わった」


「まさか、ゾーンか」


「ゾーンの発動条件が意味不明なんだが…」


 多分、ゾーンではないのだろうが、禍々しい雰囲気が山田には漂っていた。


 集合時間から10分後、国吉が駆け足でやってきた。


「すみません!、遅れました!」


「お、国吉来たね」


「10分遅れ…これはマズイ」


 赤嶺と坂田が国吉の心配をしていた。それもそのはず…


「え…、ハッ…」


国吉が後ろを振り返ると山田が立っていた。


「国吉…ちょっと良いか?」


「ギャー!」


 国吉は人気のない場所に連れ去られた。山田はしっかりとした性格だ。寝坊しての遅刻なんて言語道断だろう。


 この後、国吉が生気を失った顔で戻ってきたが何があったかは国吉の顔を見たせいか誰も聞くことができなかった。そして木村先生が集合場所へと戻ってきた。


「よし、皆んな揃ってるな。ん…、どうした国吉、そんな魂吸い取られた顔して」


「いえ…大丈夫です…、ミーティング始めましょう…」


「あ…、ああ…、体調悪いんだったらすぐ横になって休むんだぞ…」


 先生もだいぶ困惑している様子だった。山田は普段と何一つ変わらない顔をしていた。恐ろしい男だ。


「えっと…、それじゃ、ミーティングを初めるぞ。今日の相手は潮林(しおばやし)高校だ。県ではベスト8常連の実力校だ。この蒼京学園とは県のインターハイで4年連続で今まで当たっていたそうだ」


「へ〜、そうだったんですか?、その試合は勝ったんですか?」


 国吉が先生に質問していた。相手学校の名前を聞いて急に元気を取り戻していた。凄い切り替えの速さだな。


「ああ、ここ4年の対戦成績は2勝2敗で去年は潮林が勝ったらしい。だから、部の廃部処分があるまでは蒼京と潮林はライバル関係にあったチームだったそうだ」


「そうだったんですか、でも、妙ですね、そんな所が練習試合を組んでくれるなんて」


 喜納がこの練習試合に対して疑問を持っていた。確かに俺もそう思った。今日はインターハイの1週間前、その時期にライバル関係にあるチームにわざわざ練習試合を申し込むものか?普通なら手の内は見せないようにするはずなのに。


「ああ、俺も気になってはいたんだが…、さっき相手の監督さんと話をしたが、今日の潮林高校は部長以外はレギュラー不在だそうだ」


「「なんだって!?」」


「恐らく、向こうの狙いは俺達のデータ集めだ。廃部になったはずの蒼京テニス部が復活して実力の程度が分からないからこの練習試合で調べるというところだろう」


「そういうことですか…」


「どうする?わざと普段とは違うプレーでもするか?今日、どういう試合をするかはお前達に任せようと思うんだが」


 先生がそう言うと少し場に沈黙の時間が流れた。皆んなどう試合をするかを考えていた。でも、俺の答えは最初から決まっていた。


「今日はいつも通りのプレイがしたいです。それが本番の試合に繋がると思います」


 俺は今まで通り全力でプレイすることを希望した。ここで消極的な試合をすることは、今までの練習の成果を出すチャンスを失ってしまう。それだけは避けたかった。今日の試合で得た課題を次の本番に活かす、俺はそれを望んでいた。だから、俺はいつも通りのプレイをする事を提案した。そして、山田も俺の提案に続くようにして口を開こうとしていた。


「僕も遠野の意見に賛成です。ここで全力を出さなければ、練習試合の意味がありません」


「うん。皆んなはどうだ」


「俺達も遠野達の意見に賛成です。全力の勝負がしたいです」


 山田は俺の意見に賛成してくれた。そして、皆んなも。皆んなも全力の試合がしたいと思ってくれたのが何より嬉しかった。


「分かった。じゃあ、今日は全力で試合して潮林高校を倒そう!」


「「はい!」」


「今日は1人2試合戦ってもらう。今日の試合で必ず課題は出てくるだろう。それを見つけて、本番までに修正できるようにしよう。ではオーダーを発表するぞ」


先生が発表したオーダーは次の通りになった。


第1試合

ダブルス

赤嶺、宮城ペア

遠野、阿西ペア

シングルス

山田

国吉

喜納

与那嶺

坂田

第2試合

ダブルス

喜納、国吉ペア

山田、坂田ペア

シングルス

遠野

阿西

赤嶺

与那嶺

宮城


 基本は皆んなシングルス1試合、ダブルス1試合ということになった。さあ、後は練習をして試合をするだけ。ここまでのトレーニングの成果をしっかりと出してみせる。部員全員その思いでいっぱいだった。


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