第44話 砂


★シアン・イルアス



 場所は戻り、ミステフトデパートの屋上。


「ムクドリとシャルマは、二人だけで食事してくるみたいだな」


 シャルマからの通信を切り、内容をトトナとロットーに共有する。


「ふむ。ムクドリの様子が少し気になったが、シャルマがついているのなら大丈夫だろう」


 頷いたのは、先ほど合流したユキアだ。


「あの、なんだかすみません。私、ムクドリちゃんの気に障ることを言ってしまったみたいで」


「あー、いや……あいつも結構特殊な奴だからな。トトナはただ同郷の相手に話しかけただけだし、謝ることでもねえだろ」


 少し申し訳なさそうにするトトナを、手を振ってフォローしておく。たまたまムクドリの地雷を踏んでしまっただけで、トトナに非はない。


 フォローしながら、シアンは内心緊張を覚えていた。


 ――タイミングのがしちゃったけど、どうやってトトナ達と別れようかな……。


 シアンは、『魅魁みかいの民』から命を狙われている。『民』は自分達の存在が明るみに出ることを恐れているので、彼らのことを知っているシアンを消しておきたいのだ。


 そして『民』の中には、『碧落へきらく繋ぐ小窓』を持ち地上を行動する者もいる。その者達に居場所を突き止められないよう、シアンは常に目立たないように行動していた。


 ミステフトに来てからも、常にフードを被って青髪を隠している。トトナに話しかけられた時は変に怪しまれないよう自然体で答えたが、一般人と関わりすぎるのも良くないのだ。


 ――それによりにもよって、ユキアが合流しちまった。


 ユキアは人型ストレイとして、旅人の間ではそれなりに有名だ。大きな帽子でウサギ耳を隠してはいるが、もし彼女がユキアだとトトナ達にバレてしまったら。彼女達から「ユキアと一緒にいるシアンという少年」の噂が広がってしまうかもしれない。


 ユキアがトトナ達に聞こえないよう、小声で話しかけてくる。


(すまない、君が一般人に接触されているとは思わず、近寄ってきてしまった)


(いいよ、適当に誤魔化してオレ達も離れようぜ)


 こちらも小声で答える。と、今まで黙っていたロットーが口を開いた。


「なあ。あんたらも、この街の人間じゃねえんよな? さっきのムクドリとシャルマってのと、四人で旅してんの?」


 気だるげな声でそう問うてきた。平然と答える。


「ああ、最近知り合ってな」


「ムクドリは、見たとこ十二歳ぐらいよな? あんな子供が旅って、物騒じゃね? 大丈夫なんかよ?」


「まあ、そう思うよな。でもあいつ、あれで結構しっかりしてて頼りになるんだぜ。……でさ。悪いんだけど、オレ達も観光の途中なんだよ。このデパートも一通り回ったし、そろそろ別のところ行こうと思うんだ」


「そうなんですね。引き留めてしまってすみません」


「いやいや、こっちこそムクドリと日和ひよりトークさせてやれなくて悪かったな。それじゃ」


 手を上げて、ユキアと共にトトナ達から離れる。大した話もしていないし、彼女らの印象にもほとんど残らないだろう。シアンという少年がここにいたことが広まることもないはずだ。


 ……その時、少し強い風が吹いた。


「あっ……」


 ユキアの帽子が、飛ばされかける。すぐに手で押さえたため風にさらわれずには済んだが、一瞬だけウサギ耳の付け根がチラついた。


 デパートの屋上はそれほど人が多くなかったし、どの客も屋台で買い物をするか縁から街の景色を眺めていた。だがこちらを見ていた者が、二人だけいた。


「その耳……もしかして、ユキアさんですか?」


 トトナが、追いかけてきた。別れたばかりのシアン達の方を見ていたため、ユキアの耳に気づいてしまったようだ。


「ユキア・シャーレイさん、ですよね? 人型ストレイの。うわあ、前から会ってみたかったんです私! 握手してください!」


 嬉しそうにユキアの右手を取るトトナ。両手で手をにぎにぎされ、ユキアは戸惑っている。


「お一人で旅をすることが多いって聞いてたんですけど、今はシアン君達と一緒にいるんですね? 耳も隠してるみたいですし、何かあったんですか?」


「あ……ええっと……」


「……トトナ。ユキアはちょっと事情があって、あんまり目立ちたくねえんだよ。ここだと人目に付くし、どっか場所を変えて話さねえか?」


 あたふたするユキアの代わりに、シアンが口を挟む。まだこちらに興味を示す一般客はいないようだが、あまりトトナが騒ぐと噂になるかもしれない。


 トトナは慌てて手を放す。


「そうなんですね、すみません。じゃあ、この近くに美味しいパスタが食べられるお店があるみたいなのでそこに行きましょう」


「ああ、ミステフトのガイドブックに書いてあったやつか。腹も減ったし、そこで昼飯にするか」


 本当はクレープを食べたばかりなのでそれほど空腹ではなかったが、同意しておく。開けた屋上よりは、飲食店の中の方が目立たないだろう。


 ユキアがこちらに近づき、耳打ちしてくる。


「い、いいのか……? あまり一般人と関わりすぎるべきじゃないんだろう?」


「お前がユキアだってバレた以上、うまいこと言って口止めしといた方がいいだろ。大体、お前がちゃんと帽子を押さえとかなかったのが悪いんじゃねえか」


「それは本当にすまなかったが……」


 気まずそうに目を逸らすユキアとの密談を打ち切り、トトナの先導に従い階下へと歩き始める。


 他人と接するのを極力少なくしたいのは事実だが、ここで無理やり振り切る方がマズいだろう。


 ――それに、気になることもあるしな……。





★ユキア・シャーレイ



 ――ん……?


 シアンの後ろをついていく途中、左手の中にちょっとした違和感を覚えた。


 砂だ。少量の砂が、手に付いている。


 だが、心当たりがない。床に手を付いたりなどしていない……というか、屋上に来てから汚れるようなものには触っていない。シャルマと一緒に屋上に上がってきた時は、少なくともこんな砂は付いていなかった。


 手で触れたものといえば、さっき風で飛びそうになった帽子と、握手したトトナの手ぐらいだ。


 ……いや、トトナに触られたのは右手なので、左手に砂が付くとしたら帽子の方か。帽子の側面を撫でてみると、確かに手のひらに砂が付着した。帽子は街に入る前に一度洗ったので、綺麗なはずだが。


 ――街の外の砂が風に巻き上げられて飛んできたのがくっついてたのかな……?


 軽く手のひらと帽子の表面を払い、ユキアは歩を進めた。

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