第45話 毒舌家と怠け者


★シアン・イルアス



 トトナについていき、四人はデパートの付近にあったパスタ専門店に入った。


 サンセマムの酒場などと違いお洒落な内装に若干テンションを上げつつ、奥にある四人席に座る。


 テーブルの上に置いてあるメニューをシェアして、各々頼むものを決めていく。


「シアン、大都市の飲食店では指パッチンで店員を呼ぶんだぞ」


「もういいっつのそういうのは……。にしても、こういうお洒落な店だとメニューに料理の写真が載ってるんだな。どんなものか食う前からわかるのは助かるぜ」


 シアンが今まで利用していた小さな町の飲食店だと、基本的に料理名の名前を書いた紙があるだけだった。


 大きな都市だと、ストレイ研究の結果『写真機』と呼ばれる機械が普及していると聞く。物体や風景の映像を紙に焼き付けた『写真』自体はシアンも見たことがあったが、店で普通に使われているのを見るのは新鮮だった。


 メニューを見て心を躍らせるシアンを見て、向かいのトトナがくすくすと笑う。


「シアン君は、大きな街に来るのは初めてなんですか?」


「まあな。初めて見るものばっかりでドキドキしてるぜ」


「田舎者感丸出しでカッコ悪いですね」


「意外と痛烈なコメント!?」


 にこやかな口調を全く崩さずに、容赦の無い感想を叩きつけてくるトトナ。意外と毒舌家なのかもしれない。


 隣で笑いを堪えていたユキアには、机の下でこっそり蹴りを入れておく。ストレイなので全く効かないが。


 四人分のパスタを注文し終えたところで、トトナが声のトーンを落とした。


「それで……ユキアさん。目立ちたくない理由があるっていう話でしたよね? 今も、耳を隠してるみたいですし」


 ユキアは店内に入ってからも、帽子を取っていない。これはこれで目立つが、ウサギ耳を出しておくより遥かにマシだ。


「ああ、実はそうなんだ。どうも最近、ボクを捕まえてストレイ研究機関に売り飛ばそうと考える人達がいるらしくてね。ここしばらくは、ストレイとしての特徴を隠すようにしてるんだ」


 帽子を被り直しながら、ユキアが答える。


 この設定は、一般人にユキアだとバレた時の言い訳として以前決めていたものだった。実際にそんな者達がいるわけではない。


 トトナはむぅ、と口を尖らせる。表情豊かな少女だ。


「そんなクズどもがいるんですね。許せません……あれ、シアン君もフード被ってるってことは、もしかしてシアン君も人型ストレイなんですか?」


 ユキアと同じくフードを外さないシアンを見て、トトナが首を傾げる。


「そういうわけじゃねえけど、オレもあんまり目立ちたくない理由があんだよ。詳しく訊かないでもらえると助かるぜ」


 ユキアと同じく人型ストレイだと言った方が手っ取り早くはあるのだが、うっかり手を怪我でもしたら人間だとバレてしまうので、否定しておく。


 頬杖をついて聞いていたロットーが、トトナをじろりと睨む。


「おい。人にずけずけ踏み込むの、トトナの悪い癖だぜ。もうちょい自重しろよ」


「む……自堕落ゴミ人間のロットーさんに言われたくないですよ」


 ――ロットーに対しても毒舌は変わらないんだな……。


 旅の相棒にも鋭利な舌鋒を向けるトトナに軽く委縮する。なお、ゴミ人間呼ばわりされたロットーは締まりのない表情のまま眉一つ動かさなかった。慣れているのだろうか。


 ユキアが、トトナをなだめるように手のひらを向ける。


「まあまあ、そう相方を貶めるな。ほら、ここにいるシアンだってこう見えてネズミを見たらビビり散らかしたりするんだぞ」


「おい。会って間もない奴にまでバラしてんじゃねえよ」


「シアン君、ネズミ苦手なんですか? あんな小さな動物にビビるなんて、クソダサいですね」


「うぐぅ!? お前、もうちょっと歯に衣着せた方がいいと思うぞ……」


 言葉の刃がぐっさり刺さった。そしてユキアはまたもや笑いを堪えていた。こうなることを見越してシアンの弱点をバラしたらしい。


 机の下でユキアの足をぐりぐり踏んでいると(微塵も効いていない)、四人分のパスタが運ばれてきた。


 フォークを取り、シアンが頼んだカルボナーラを口に運ぶ。クリーミーなソースと胡椒の風味が鼻に抜ける。ガイドブックに載っている名店だけあって、とても美味だ。


 向かいでトトナも、キノコと海苔のさっぱりした味付けのパスタを食べている。日和風ひよりふうのパスタらしい。


「お~、美味しいですね。やっぱりここにして正解でした。シアン君はどうですか?」


「ああ、オレのも美味いよ。つか今更だけど、ユキアはさん付けでオレは君付けなのな」


 べつにさん付けしてほしいわけではないが、単純に気になった。トトナは同い年ぐらいだし、ムクドリがちゃん付けで呼ばれていたことを考えると、ユキアも「ユキアちゃん」と呼ばれるのが自然ではないのか。


「だって、ユキアさんはストレイなんですから人間よりもずっと年上でしょう?」


「……それもそうか」


 ユキアは外見は十六、七歳ぐらいだが、実際は老いることがなく遥か昔から存在している。目覚めたのが十年前なのでシアンはあまり年上扱いしていないが、他人からしてみたらこっちの方が変わっているのかもしれない。


 野菜多めの冷製パスタを食べていたユキアが、ふふんと鼻を鳴らし流し目を向けてくる。


「どうだシアン? 君もこれを機に、ボクのことを『ユキアさん』と呼んでくれてもいいんだぞ?」


「ぜってえ呼ばねえ。おいトトナ、こいつことあるごとにオレを弄ってくるんだぜ。何か言ってやってくれよ」


「シアン君、そんなに弄られる弱点があるんですか? 人として欠けているんじゃないですか?」


「ぐああこっちに飛んできた!? なんかお前、オレとユキアで扱いに差がないか……?」


「かつて神様の持ち物だったストレイと人間だったら、差がない方がおかしいでしょう」


「ああそうだな、それはそうかもしれねえけど、基準となる人間の扱いをもう少し上げてくれてもいいんじゃねえかなと思うんだオレは」


 実際のところストレイは神の持ち物などではなく、三千年前の『魅魁みかいの民』が作ったものだが、それを無関係なトトナに話せるはずもない。


「ところで、トトナとロットーは長い付き合いなのか?」


 シアンとトトナの会話を楽しそうに聞いていたユキアが、ふと話題を変えた。


 問われた二人は、互いを少しだけ見合う。


「まあ、そうですね。私が日和から引っ越したのが三歳の頃で、引っ越した先で知り合ったんです」


「懐かしいな、当時は俺も五つぐらいかね」


「幼馴染なんだな。マジでシャルマとムクドリみたいだ」


 年の差も近いし、共通点の多いコンビだ。性格は似ても似つかないが。


「確かに、ガキの頃から大体一緒にいたな。年の近いガキが少なかったってのもあるけど」


「ロットーさんは昔から面倒くさがり屋でしたよね。なんでも私に丸投げしてきて大変でした」


 しみじみと話すトトナ。幼馴染だからといって、人の子供時代を平然と他人に話すのはどうなのか。


 だがロットーは大して気にした様子もなく頬杖を付く。


「しょうがねーっしょ、俺はやる気がねえのよ」


「やる気がないの枕詞に『しょうがない』を使う奴初めて見た」


 ロットーも自分の怠惰を隠す気がないようだ。トトナがロットーを「自堕落ゴミ人間」と称した気持ちが少しわかった気がした。


 ユキアがうんうんと頷く。


「わかるぞトトナ。シアンも昔から、ネズミが出る度にボクを呼びつけて退治させてきたんだ。手間のかかる相棒を持つと大変だよな」


「エピソードをでっちあげんな。お前は幼馴染でもなんでもないだろ」


 ユキアとはまだ出会ってからそれほど月日も経っていないし、ネズミ退治などさせたこともない。酷い作り話だった。


 ユキアはまたもや笑みを向けてくる。


「だが一緒に旅をしていたら、その内似たような展開がいくらでも来そうではあるよな」


「そっ……、…………」


「……そこは否定してほしかったな」


 何も言えず黙り込むシアンに、ユキアが呆れかえる。だがもしキャンプ中にネズミが出たりしたら、狼狽えて退治を頼んでしまう可能性は否めなかった。


 俯くシアンに、ロットーが穏やかに笑いかけてくる。


「わかんぜシアン。人にはどうしても克服できねえ問題ってのがあるんよな」


「いやお前はただやる気がねえだけだろ。一緒にすんな」


 冷静に吐き捨て、シアンは引き続きパスタを口に運んだ。

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