第43話 ムクドリの迷い
★サエン・ムクドリ
ムクドリにとって、
もちろん、両親の出身地なので自分と無関係ではない。日和人の血が流れてはいるし、日和の服装である着物も行商人から買って身に着けている。
とはいえ、ムクドリが生まれたのはガルテラ村だし日和には行ったことすらない。着物を着ているのだって、幼い頃から両親と一緒に着ている内に馴染んでしまったからだ。
いつか行ってみたいという気持ちがないわけではないが、今のムクドリの目的は『
だから――――
「私、小さい頃は日和に住んでたんですよ。家の都合で、引っ越しちゃったんですけどね。旅先で同郷らしき人を見かけたので、思わず話しかけちゃいました」
ミステフトデパートの屋上で、トトナという少女からそう言われた時、ムクドリの胸に沸いたのは不満だった。
日和などという、いつか訪れるかもしれない穏やかな未来を想像させる言葉を出さないでくれ、と。
「えっと、お二人の名前も訊いていいですか?」
「ああ……オレはシアン。こいつはムクドリだ」
シアンが自然体で答える。彼の反応を見る限り、トトナ達が『魅魁の民』だったりはしないようだ。……ということは、本当に日和出身なのだろう。
トトナが、にこやかにムクドリの方を見下ろしてくる。
「ムクドリちゃんっていうんですね。やっぱり、日和人ですよね?」
「――――。いいえ……両親が日和出身だけど、私は日和に行ったことはないわ。両親が旅好きで、旅先で立ち寄った村で私が生まれたの」
「あ……そうなんですね。私も日和の思い出はほとんどないので、結構似てますね」
無感情で返すムクドリに、トトナは戸惑いながらも明るい口調を崩さない。
いつにも増して不愛想なムクドリに首を傾げながら、シアンが話す。
「ええっと、トトナだっけ? さっき『旅先で』って言ってたし、この街の人じゃねえのか?」
「あ、はい。色々あって、ロットーさんと一緒に旅してます」
「へえ。見た感じトトナは日和人だけど、ロットーは違うよな? 日和人以外の男とコンビ組んでるなんて、マジでムクドリみたいだな――」
「シアン」
シアンの名を呼び、言葉を遮る。不思議そうに見下ろしてくるシアンには目を合わせず、トトナの方を見上げる。
「……トトナ、さん。悪いけど私、日和の話はしたくないの。ごめんなさい」
そう言い放ち、逃げるように下のフロアへと続く階段に向かって歩き始める。
丁度、ユキアとシャルマが上がってきたところだった。声をかけてくる二人には何も答えず、階段を下りる。
なんだか、心が不安定だ。変にざわついて、平静でいられない。
自分の精神の未熟さに歯噛みして、ムクドリはデパートの外を目指した。
一階まで下り、人の行き交う出入口を出たところで立ち止まる。
ここまで来ておいてなんだが、行先があったわけではない。ただ、あの場を離れたかっただけだった。
深くため息を吐く。と、後ろから声をかけられた。
「ムクドリ」
「……シャルマ」
ムクドリに続いてデパートから出てきたのは、見慣れた幼馴染だった。シアンやユキアの姿はない。一人で追ってきたようだ。
「どうしたの? あのトトナさんって人、なんか驚いてたよ」
「……ちょっとね。あの人、日和出身らしくて……日和の話をされて、思わず逃げてきたの」
シャルマとは昔から悩みを打ち明けあう仲なので、変に取り繕わず素直に答える。
シャルマは合点が行ったという風に腕を組んだ。
「なるほど、日和人っぽい髪の色だとは思ったけど……でもそうか。確かに君の目的を遂げるまでは、日和の話なんてしたくないよね」
ガルテラ村が滅ぼされてからは、シャルマとも日和の話はほとんどしないようにしていた。そんなムクドリの内面を察してか、シャルマも日和の話題は避けてくれていた。
だが彼の優しい口調が、今はあまり嬉しくなかった。子供扱いされていると、はっきり感じられるからだ。
もう一度、ため息を吐く。
「ねえ、シャルマ。『民』と戦うって決めてからの私のこと、どう思ってる?」
「君のことは常に撫でたいと思ってるよ」
「真面目な話で」
「僕は真面目だけど……わかった、撫でる以外の話だね」
こくりと頷くシャルマ。……彼ももう少し空気の読み方を学んだ方がいいと思う。
「そういう質問をするってことは、君は今の自分を良くないと思ってるの?」
「…………」
質問を質問で返され、ムクドリは目を伏せる。
「……よく、わからない」
ムクドリは目的を果たすために、自分の甘えを殺している。余計な緩みを切り捨てて、邪魔な幼さを削ぎ落としている。子供であることを、否定している。
だがこれは、必要なことだ。『民』の上位の人間であるロシルバに届くためには、子供のままではいられない。
「まだ幼い私が殻を破るには、生半可な鍛錬じゃ足りない。実際私はこの一年で、遥かに強くなれたと思う。でも……私は、これでいいの?」
一年前、自分自身を切り替えてから、心の端で思っていたことだ。
自分は、他人に心を開くことを極端に抑えている。
「私には……適度に自分を緩めて他人と馴れ合えるような器用さはない。そもそも、緩められる余裕なんてない。ルナビオンに着いたら、すぐにでもロシルバと戦うことになるかもしれないし」
ルナビオンでキィの協力者達と合流できたら、『小窓』を利用してエクリプスに攻め込む。それが自分達の方針だ。
特攻の詳細については、協力者が全員合流してから決まる予定だ。少なくとも、エクリプスにいる
ムクドリとシャルマは、当然ロシルバと戦う。だが恐らく、二人だけで戦わせてはくれない。キィの仲間と協力し、確実に勝てる戦力で立ち向かうことになるはずだ。
だが……ムクドリの目的は、閃風流の技でロシルバを降し、流派の力を示すことだ。協力者におんぶにだっこで勝利したところで、意味はない。
だからムクドリは、ルナビオンに着くまでに十分な実力を手にしておく必要があるのだ。
「数日前に倒したリウは……私達四人が力を合わせても本当にギリギリだった。私の能力は、『民』の『小窓』持ちにはまだまだ届いてない」
あの時、シアンが気配遮断状態での戦闘技術を土壇場で会得してくれなかったら、全員が殺されていた。その事実が、ここ数日のムクドリに焦りを生んでいた。
いくら努力しても、自分がまだ子供であることは変わらない。死に物狂いで鍛錬しても、未熟なままだ。
戦闘能力は言うまでもなく、精神面でも先ほどのように簡単に乱されるほど不安定だ。
「私は……もっと人を頼るべきなの? 子供であることを、受け入れるべきなの? でもそうやって甘えた心で、『民』と戦うことなんてできるの?」
自分は、根本的なところで、間違えているのだろうか。
そんな不安が、ずっと拭えなかった。
「……そうだな。もしかしたら君は、背負いすぎなのかもしれないね」
「え……?」
シャルマが告げた言葉に、ムクドリは瞬きを繰り返す。
「背負いすぎ……? 閃風流のこと……? でもこれは、お父さん達から受け継いだ大切な流派よ。背負わないことなんて、できるわけないでしょう」
「…………。そうだね、ごめん」
シャルマは他にも何か言いたげだったが、あっさりと折れた。
「とりあえず君は、そのままで良いと思うよ。確かに僕達の実力は足りていないんだろうけど、ルナビオンにキィさんの協力者が集結するまではまだ時間がある。リウとの死闘も一つの経験にはなったし、焦りすぎるのも良くないよ」
「……そう、なのかしら」
あまり納得はできていなかったが、ここでシャルマはムクドリの近くまで歩み寄ってきた。
「それよりさ。何か甘いものを食べたいんだけど、この街の有名なお店とか知ってる?」
「え……珍しいわね。シャルマ、甘いものはそんなに得意じゃないわよね?」
「たまには食べたい気分になることもあるよ。せっかく大都市に来たんだし、ここでしか食べられない甘味に興味が湧いたんだ」
「まあ、それなら、案内できないこともないけど……」
「じゃあ、せっかくだしこのまま行こうか。シアンさん達とは後で合流すればいいしさ。あ、頭撫でていい?」
「……はいはい」
なし崩し的に、二人でスイーツの店に行く流れになった。
なんだかうまくやり込められたような気もしたが、ムクドリも甘いものを食べたい気分ではあったので付き合うことにした。
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