第26話 考え事にはお菓子を

 難しい顔をしているとなぜかお菓子が集まる。普段は廊下に出るのだが、用務員室のクーラーがダメになって職員室に間借りをしている。


「難しい事をお考えのようですね。これ通りもんです。良ければ」


「用務員さんも大変ですね。これ静岡茶のパウンドケーキです」


「頭使うと禿げますよ。これ洋梨の蜜煮です。良ければ」

 ふと机を見ると古今東西、自作のお菓子や甘い物が積んであった。


「こんなに多いと私なんかが入る余地無いですよね」


「いやいや、もちろんいただきます」

 自己肯定感よわよわな女教師とか思うと変な人と思われるな、ここは普通の同僚として、普通にお礼をしよう。


「美味しいですね」


「お姉ちゃんに食べて欲しくて焼いてきました」


「いいお嫁さんになりそうですね」


「そんなお嫁さんだなんて」

 本当にいいお母さんになりそうだ。いい子いい子して欲しい。いかんいかん妄想は顔に出る。


「いい顔して食べてくださりますね。嬉しいです」

 もうそんな警戒心薄いとつけこみそうになる。


「それにしても難しい顔をしてどうしたんですか?」


「難題がありましてね」

 少しくらいいいか。


「今、二人の女性から言い寄られていまして」


「ほう」

 鈴香は自分の事務椅子を私のデスクまで持って来た。


「そのどちらかが私を選べというのです」


「モテますね」


「どこで不運を背負ったのか」

 背負ったな、旦那の不倫で。


「それでどんな方なんですか?」


「少し歳は離れていて、一人は人心掌握が得意な人間関係構築が凄まじく適正のある女の子」

 嘘は言っていない。あそこまで上り詰めるのはよほど篭絡する術がないと難しいだろう。


「もう一人は運動神経抜群で女性人気もある王子様。いつも色々な女の子が周りを飛び交っているけど、身持ちはかなり固い。浮気の心配はない子です」


「私にしませんか?」


「え?」


 鈴香の顔がやや赤い。

「そんな学生さんじゃなくて、私にしましょうよ。一緒に暮らしましょうよ。料理は作ってあげるし、養ってあげますよ」


「いや、ちょ」

 職員室にはちょうど誰もいない。校長室に人はいるが、会議中だ。


「緑がお姉ちゃんでいてくれないなら、私が本当の妹になるから」


「お姉ちゃんとしてはありがたいけど、お付き合いするのはちょっと」

 掛川さん、掛川さん。



「起きた。ダメだよ、クーラーは案外冷えるよ」


「校長先生。いつから」


「このブランケットは使い終わったら机に置きっぱなしにしてね。今から会議だから、職員室は好きに使ってね」

 どこからだ。あんなにリアルな夢は久しぶりの経験だ。


「掛川さん、クッキー焼いてきたので、時間空いたら食べてください」

 そう言って、忘れ物を取りに来たらしい鈴香は早足で職員室から出て行った。


 良かったぁ、そうか。あの焼いてきましたのは夢だったのか。良かったよ、本当に良かった。お菓子を食べようと思い、お茶をいれた。いざ食べようとしたら、メモが貼ってあった。


」と。

 私どこまで言ってどこまで夢じゃなかったんだろう。少し楽観的にな、れない。どこだ。どこからだ。また違う意味で悩むはめになりそうだ。

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