【エピローグ】

真中しずえ(まなか・しずえ)は人混ひとごみの中、スクランブル交差点こうさてんを歩いていた。彼女がアメリカから日本にもどってから、早くも三ヶ月が経過けいかしていた。季節きせつは冬となり、まちにはクリスマスのイルミネーションがかざられるようになった。


真中しずえが帰国きこくしてからも、坂井かなえ(さかい・かなえ)とは何度かメールで連絡を取っていた。しかし、坂井かなえから、ヨーロッパの研究室に移ることになったとの連絡れんらくが二か月ほど前にとどいたあとは、一度もメールの返信が来なくなってしまった。


田畑太一郎(たばた・たいちろう)とは、今も二週間に一度はメールでのやり取りをしている。しかし、その内容は日常にちじょうのたわいもない情報交換じょうほうこうかんであった。高野恵美子の失踪しっそうに関する話題わだいは、なんとなくおたがいに持ち出しにくい雰囲気ふんいきになっていた。


スクランブル交差点こうさてんあるえたとき、真中しずえの目に、『奇跡きせき魔術師まじゅつしついに来日らいにち!クリスマス・イブに前代未聞ぜんだいみもんのイリュージョンがこる!!』という広告こうこくんできた。


「マジックショーか」と、歩みを止めた真中しずえは一人つぶやく。あのとき、たおれていた高野さんが会議室かいぎしつからいなくなったのは、まるで手品てじなみたいだったな、と真中しずえは思った。そして、小学生のときのクラスメートだった田中洋一(たなか・よういち)のことを自然しぜんと思い出した。


田中洋一は手品が好きな小学生だった。彼はやさしい性格ではあったが、勉強もスポーツも特にできるわけではなく、クラスでは目立めだつタイプではなかった。文武両道ぶんぶりょうどうで、良い意味でなにかと目立つ真中しずえとは、接点せってんがないはずの児童じどうだった。


しかし、なぜだか理由りゆうはわからないが、真中しずえはそんな彼にかれていた。休憩時間きゅうけいじかん放課後ほうかごに、彼に手品を見せてもらったり、彼と一緒に何かのアクティビティをするのは、真中しずえにとってとても楽しい時間だった。


しかし、そんな彼は、『夏休み別荘べっそう事件じけん』ですっかり変わってしまった。


その事件には、真中しずえだけでなく、田中洋一もまれていた。しかも、その事件で命を落とした被害者ひがいしゃは、田中洋一の親友しんゆうだった。


事件のあと、田中洋一の顔からは笑顔えがおが消えた。クラスメートとのまじわりもけるようになり、彼が大好きだった手品も学校では見せなくなってしまった。


真中しずえは、そんな彼のことが心配しんぱいで、何とかして元気づけようとしたかった。しかし、自分の親友しんゆうであった『空木カンナ(うつぎ・かんな)』もその事件で行方不明ゆくえふめいになっており、真中しずえ自身じしん精神的せいしんてきにあまり余裕よゆうがなかった。


また、中学受験ちゅうがくじゅけん勉強べんきょうのため、真中しずえの毎日はいそがしいものになってしまった。そのため、事件のあった夏休み以降いこうは、真中しずえは田中洋一とほとんど話すことがなかった。


そして、私立しりつの中学校に進むことになった真中しずえは、公立こうりつの中学校に進学しんがくした田中洋一と、小学校を卒業そつぎょうしてからは会うことがなかった。何度なんど手紙てがみ年賀状ねんがじょうを送ったことはあったが、一度も返事へんじはこなかった。


「洋一君、今は何をしてるのかな?手品が好きだった彼なら、たおれていた高野さんが会議室かいぎしつからいなくなった理由りゆうに気づいたりしたのかな」と、マジックショーの広告こうこくを前に、真中しずえはだれに話しかけるでもなく、そう言った。


そのとき、正午しょうごの時間を知らせるかねの音がどこからともなく聞こえてきた。「あ、わせにおくれちゃう」と言って、真中しずえはふたたあるはじめた。


その後ろ姿すがたを、スクランブル交差点こうさてんめんしたファミリーレストランの窓際まどぎわのボックスせきからながめている人がいた。


「今のが真中しずえだよ。彼女のことはもちろん覚えているよね?彼女、大きくなったけど、むかし面影おもかげはあるね。」


そう言ったのは、ボックスせき窓際まどぎわすわった山川カンナ(やまかわ・かんな)であった。そして、山川カンナの横には、山川聖香が美しい姿勢しせいしずかにすわっていた。


「ふふふ、ここに真中しずえも連れてきていれば、ちょっとした同窓会どうそうかいだったね。」


と、山川カンナは目の前に座っている男に話しかけた。しかし、その男は何も返事をしない。


「そんなにおこった顔をしないでほしいな。かなしくなっちゃうよ、久しぶりに会ったのに。それとも、その表情ひょうじょうはただ緊張きんちょうしているだけなのかな?ねぇ、、昔みたいに楽しく会話しようよ。」


山川カンナの目の前にいた男は、真中しずえが六年生のときに同じクラスにいたであった。



(小説「永遠の秘密2:すれちがうふたり」終わり)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

永遠の秘密2:すれちがうふたり ぐまひつ @gumahitsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画