【最終章:山川カンナ(6)】

田畑太一郎はがっくりとかたとし、ただひたすらテーブルの表面ひょうめんを見ていた。その表情ひょうじょうからはつかった様子がつたわり、視線しせんさだまらずにうつろな状態じょうたいであった。


推理すいりショーは終わった?」と、そんな田畑太一郎の様子にはおかまいなしに、山川カンナは冗談じょうだんっぽく渡邉哲郎に話しかけた。


「ご清聴せいちょうありがとうございました、とお礼を言った方がいいですか?」

「そんな必要はないわ。楽しいものを見せてもらったからね。」

「そうですか。じゃあ、今度は僕が質問してもいいですか?」

「まだ聞きたいことがあるけど、先に哲郎君の質問を聞いてみようかな。」

「じゃあ、お言葉にあまえて。高野さんはなぜ殺されたんですか?で、なぜその実行役じっこうやくが坂井さんなんでしょう。そもそも坂井さんって何者なんですか?」

質問しつもん一個いっこずつしないとダメよ。何度もそう教えたはずだけど?」

「数十年前のことなんて、わすれてしまいましたよ。」

「ふふ、まあいいわ。質問に答えてあげるね。高野さんはね、私たちがさがしてた情報じょうほうを持っていたの。」

情報じょうほう?でも、彼女は出身者しゅっしんしゃでも、その関係者かんけいしゃでもないですよね。」

「そうよ。でもね、不思議ふしぎなことに、その情報が彼女の手にわたっていたのよね。なんでそうなってしまったのかは、哲郎君といえども教えてあげられないけどね。」

「それは残念ざんねん。」

「でも、また私たちの仲間になるなら教えてあげるよ。」

「いやあ、おさそいいただき恐縮きょうしゅくですけど、今の生活に満足まんぞくしてるので、それは聞かないようにします。」

「ふふ、そういうと思った。」

「坂井さんについての質問も、もしかして教えてくれないんですか?」

「彼女も出身しゅっしんじゃないよ。でも、今は私たちの仲間なかま。どうやって仲間にしたとかは内緒ないしょ。」

「もしかして、カンナさんのお仲間って、今は出身じゃないほうが多かったりします?」

「それも内緒ないしょ。」

「あらら、肝心かんじんなところは教えてくれないんですね。」


「ガーベラ・・・」


唐突とうとつに田畑太一郎がそうつぶやいた。その発言はつげんに、その場にいた三人は一斉いっせいに田畑太一郎の方を見た。


「やっぱりガーベラはあったんだ・・・」


田畑太一郎はずっとうつむいたままだったが、周りにいた三人の顔を見るまでもなく、自分の発言によってその場の空気が一気に緊迫きんぱくしたものになったことがわかった。


いつ自分が拳銃けんじゅうたれてもおかしくない、いつ自分の命が終わってもおかしくない、そういう考えが田畑太一郎の脳内のうないめぐった。


その後の数秒すうびょうは、田畑太一郎の人生にとって最も長い数秒だった。だが、その時間をぎても自分はまだ生きていることを確認かくにんし、田畑太一郎は覚悟かくごめた。


どうせ今日死ぬのであれば、自分がずっと疑問ぎもんに思っていたことを知ってから死にたい。そう決心けっしんをして田畑太一郎は顔をあげ、自分の方を見ている三人の顔を順番じゅんばんに見てから質問しつもんした。


「あなた方は、のメンバーなんですよね?これまでの会話から、渡邉さんはすでにガーベラという組織そしきけたのだと想像そうぞうできます。高野さんはガーベラの関係者かんけいしゃと関わっていて、かなえさんはガーベラに新しく加入かにゅうしたメンバーなんですよね。高野さんはどんな情報じょうほうを持っていたんですか?山川カンナさん、あなたは一体いったい何者なにものなんですか?中学生なのに少なくとも四十年は生きているような発言はつげんをされていましたが、それはガーベラでの研究と何か関係があるんですか?」


一瞬いっしゅん静寂せいじゃく


田畑太一郎は、どうせだれも答えてくれないと思っていたが、予想よそうはんして山川カンナが口を開いた。


質問しつもんは一個ずつ。さっき、ぼうやのおとなりにいる哲郎君にもそう言ったのを聞いてなかったの。」

「一個ずつ質問をしたら、きちんと答えてくれるんですか?」

「どうかしら。ためしてみる?」

「ガーベラはどこにあるんですか?」

「あら、それがあなたが最初さいしょに聞きたい質問?くだらないことに興味きょうみがあるのね。組織そしき場所ばしょを知ってどうするのかしら。」

「質問はたくさんあります。どれを最初に聞きたいとかは、まだこの場の状況じょうきょうに頭がついていっていないので、あまりふかかんがえていませんでした。」

「ふふふ。あなたみたいな正直しょうじきな子はきらいじゃないかな。じゃあ、特別とくべつにどんな質問にも一個だけ答えてあげる。」


「カンナ様、それは・・・」と、山川聖香が横から口をはさむ。


「いいのよ、べつに。ひさしぶりに哲郎君とたくさん話せたから、今日は楽しい気分きぶんなの。こういうのも悪くないでしょ。」

「・・・はい、わかりました。」


「で、ぼうやは何が知りたい?」

「あなたは何者なにものなんですか?」

「質問が曖昧あいまいすぎて答えられないよ。君は研究けんきゅうの場でもそんな感じの質問をしてるの?」

「いえ・・・すみません。質問を変えさせていただきます。あなたは、渡邉さんの子供のころ様子ようすを知っているかのような発言はつげんをされていましたが、どうしてですか?」

「え、そんな質問でいいの?そんなの、私が哲郎君の子供こども時代じだいを見ておぼえているからよ。はい、質問タイム終わり。」

「そんなの答えになっていません。」

「どうして?」

「あなたはどう見ても未成年みせいねんの子供です。だけど、渡邉さんはどんなにわかかったとしても、三十歳はぎている。」


「僕は四十代なかばだよ。三十代に見られるとしたらうれしいな」と、横から渡邉哲郎が口をはさむ。


「哲郎君、話のこしらないの。」

「はいはい、すみません。お二人の会話はもう邪魔じゃましませんから。」


と、両手を軽く上げて渡邉哲郎は笑った。山川聖香が渡邉哲郎の方を見て笑ったかのようにも見えたが、山川カンナはその素振そぶりには気付きづかないふりをして、再び田畑太一郎に話しかける。


「で、何が言いたいのかな、坊や。」

「あなたはどうして渡邉さんの子供時代を知っているのですか?」

「なぜだと思う?」

「俺の予想よそうがあっていたら、正解せいかいだと言ってくれますか?」

強気つよきだね。まあいいわ、そうしてあげる。君の予想を聞かせてくれる?」

「ガーベラは表の世界とはくらべものにならないほどの最先端さいせんたん研究けんきゅうをしている組織そしきだと聞いています。その研究内容けんきゅうないようは、もはやファンタジーのいきたっしているとすら言われています。」

「で?」

「渡邉さんのこれまでの記憶きおくを全てんで外部がいぶ出力しゅつりょくして電子でんしファイルし、それをあなたが見たのではないですか?」


田畑太一郎の発言はつげんにより、その場に静寂せいじゃくおとずれた。山川カンナも口を開かない。代わりに、バンの外から、車のクラクションがとおくでったのが聞こえた。


さすがに荒唐無稽こうとうむけいすぎる考えだったかと田畑太一郎は思い、みんなに笑われてしまうのではないかと少しずかしい気持ちになった。


不正解ふせいかい。」

「え?」

「君の予想よそうはずれてるよってこと。でもね、そういうアイデアはきらいじゃないな。ご褒美ほうびとして答えを教えてあげる。私は遺伝子いでんし改変かいへん人間にんげん。体の成長せいちょう極端きょくたんおそくなるの。だからね・・・」


「カンナ様・・・」と、山川聖香が山川カンナの発言はつげんさえぎろうとした。しかし、「いいのよ。面白いアイデアを出す人はきちんと尊重そんちょうしないと」と、山川カンナは山川聖香に対してそう言って、ふたたび田畑太一郎へと話しかけた。


「だからね、本当の私の年齢ねんれいは、四捨五入ししゃごにゅうするともう六十歳。ちなみに、この二人も遺伝子いでんし改変かいへんをしているの。どういう改変かいへんかは教えないけどね。」

「まさか・・・そんな・・・。」

「あら、おどろいてるの?さっきはあんなに面白い予想よそうをしていたのに。あ、それとね、ガーベラっていうのは全くのうそだれかがインターネットででっち上げたうわさ。私たちは、私たちを作った場所を、単にって呼んでるだけだし。」


そう言ってから、山川カンナは渡邉哲郎の方を向いて、「まさかとは思うけど、ガーベラという架空かくう研究機関けんきゅうきかんうわさを流したのはあなただったりする?」と、少しこわ表情ひょうじょうをして聞いた。


「いえいえ、そんなわけないじゃないですか。さすがにそんな無謀むぼうなことはしませんよ。」

「そうよね。だとすると、あのうわさを作ったのは、やっぱりかしら。研究けんきゅう機関きかん名称めいしょうに花の名前を使ってるし。そうそう、これも聞きたかったんだ。哲郎君はとは連絡とってるんだよね?」

ってだれのことでしょう?」

「はは、すっとぼけちゃって。でも、今ので君が連絡れんらくを取ってるってわかっちゃたわ。」

勘弁かんべんしてくださいよ。僕はもうとは無関係むかんけい平穏へいおんらしていきたいんですから。」

「だからあんなくだらないWebサイトを作ってるのね。」

「そんな言い方したらかなしいです。僕、あのWebサイト作るの楽しんでやってるんですから。」


「あんなの作って何が楽しいんだ?」と、ボソッと横からぶっきらぼうに山川聖香が言う。


「あ、ひどいよ聖香ちゃん。」

「あら、聞こえたの?」

「きちんと聞こえましたよ。」

「じゃあ、あんなWebサイト作って何が面白いのか教えなよ。今、表に出てる研究けんきゅう内容ないようは、私たち出身者しゅっしんしゃからすると、時代じだいおくれの古臭ふるくさい研究ばかりじゃないか。そんなのをまとめて何が面白いんだ?」

「ほら、僕は聖香ちゃんたちとちがってちこぼれだったでしょ。だからね、このくらいの研究内容とか研究の進歩とかが僕にとってはちょうどいいんですよ。」

「くっだらないわね。それに、今の医学いがく生物学せいぶつがく分野ぶんや研究けんきゅうって、捏造ねつぞうとかうそっぱちとかばかりじゃない。落ちこぼれだったお前だって、おおやけ発表はっぴょうされている研究けんきゅう論文ろんぶんの、何が正しくで何がうそかくらいは見ただけでわかるでしょ?」

「だから面白いんですよ。うそっぱちの研究をしてるのにえらそうにしてる研究者とか、進むべき研究の方向性はそっちじゃないのに国がお金をたくさん出していたりするのとかを見るのがね。僕はね、コンピューターゲームというのは、攻略本こうりゃくぼん熟読じゅくどくしてから、他人がプレイするのを見てるのが好きなんです。」

「いい趣味しゅみしているわね。私にはわからないわ。」

「いいんです、僕の自己じこ満足まんぞくなんで。」


「まあ、それについては哲郎君の好きにしていいけど、真中しずえはまないように」と、山川カンナが二人の話にんできた。


「ああ、その話ですけどね、この間、カンナさんから『真中しずえは巻き込むな』というメモをもらったときは、背筋せすじいやあせが流れましたよ。」

「あら、そんなにこわかった?」

地雷じらいんじゃったかなと思って。まさか、真中しずえがまれたれいの『夏休み別荘べっそう事件じけん』で、行方不明ゆくえふめいになっている『空木カンナ』と『立花美香』が、目の前のお二人だとは思わなかったですもん。」

「あなたの情報じょうほう収集しゅうしゅう能力のうりょくってそんなお粗末そまつだったかな?」

面目めんぼくないです。あのとき僕、ちょっといそがしかったんで。」

なにでそんなにいそがしかったのかな?」

「それは内緒ないしょということで。」

「まあいいわ。とりあえず、彼女はんじゃだめ。」

「カンナさんと真中さんはどんな関係かんけいで?」

ふかりしない方がいいと思うけど?」

「はいはい、わかりました。この話は終わりにします。」


***

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