Karte.10 SCARE

離人症性障害は授業中も大変なことが多い。

物事が気にならないこともあれば、異常に気になってしまうという両極端な性質を持っているため、振り回されると気が狂いそうになる。

本当につらいときは、保健室で休むこともよくあったりする。


しかし記憶力はわりとあるほうだ。

特に『瞬間記憶』というものは冴えている。


神経がイカれるほど集中力を要すれば、記憶に留めておくことは出来るが、その集中力を保つことは疎か、繋いでおくことすら容易では無いのだった。


なので、授業中というのはかなりの集中力を必要とする。


休み時間は明快も零花も長年の付き合いで、状況を理解しているため、雰囲気を見て執拗に話しかけたりはしない。

親友と呼べる間柄の明快以外の男子も、絡みづらいと思われているのか、そこまで景に近付こうとしないので、割と一人でいることが多かったりする。


「おい!!もう一回言ってみろよ!!」


廊下の方から明快の怒声が聞こえた。


「きゃあぁぁぁっ!」


続いて女子生徒の悲鳴も聞こえてきた。


「景、大変!!お願い明快を止めて!!」


零花が、混乱が収まらない状況下に狼狽ろうばいした様子で、駆け寄ってきた。


景は落ち着いていた。

というより離人の特徴でもある。

この時は気にならない性質のほうが表に出ていた。


常に感情が追いつかないまま、主観と客観を行きつ戻りつループしているため、一度確認してみないとわからないという反応だった。


教室の窓から廊下を覗くと、明快と隣のクラスの不良が殴り合いの喧嘩をしていた。


「何してるんだ?」


まだ冷静であった。


「どうすれば…」


そんなとき、ふと声が聞こえた気がした…。


【人間には誰しも心に棲みつく悪魔がいる】


「これが明快の中の悪魔…?」


「何ボソボソ言ってるの早く止めて!!」


自分に止められるのかという思いと、昔から頭に血が上ると、相手が気絶するまで殴るクセがある明快のことを景は悪魔のようだと感じていた。


景は制服の内ポケットに忍ばせていた薬(ヴィラン)を手探りで1錠開封した。


「一か八か…やってみる!」


どうとでもなれだ!

そう思った景はこの苦界くがいを断ち切る思いでヴィランを飲み込んだ。


その瞬間、脳内の神経が火花散らすように分断されたかと思うと、瞬時に選ばれた神経回路に直結して電気信号が結合されていくのがわかった。


「ふわっはっ…すげぇなこれ。」


思わず奇抜な笑い声を発する。

景はまるで、頭の中の陰と陽を表裏一体に重ね合わせ、選び取って使い分けられそうな無双状態になった。


「明快!!」


「あぁ?なんだお前もやんのか??」


こうなってしまった明快は、もう手が付けられない。

相手が友達だろうと関係はないらしい。

だが、今の景に迷いはない。


「付き合ってやるよ、来いよ。」



驚きを隠せず悲鳴をあげる者、衝撃すぎて言葉を無くしている者、観戦気分になって楽しんでいる者。


景と明快は殴り合いの喧嘩を始めた。

景は殴りながら笑っていた。


意識はちゃんと宿したまま、離人を微塵も感じない、まるで手に取るように全ての感情や神経にアクセスして、寸分違わず選び取っているのがわかる。


無や冷静という言葉すらも適さない。

顕在意識と潜在意識が対話して、意思疎通を図っているようだった。

そして感情に突き動かされることなく、迷いなどはどこに行ったのだろう。


「景…お前と喧嘩するとは思わなかったが面白いな!今までの喧嘩で一番面白い!」


「僕もだよ。でも、僕の目的は喧嘩じゃないんだ。」


だが景には目的がある。

明快の悪魔を封印することだ。


「今までの明快ではなくなってしまうかもしれないけど、でもやるしかない。」


景はパンドラの匣を握りしめ、思い切り明快の顔面をぶん殴った。

ほんの一瞬だが明快は気を失ったような感覚になり、景の手にも何かが入り込むような手応えがあった。


「はっはっはっはっはっ」

「あははははは」

二人は笑った。


「お前いいパンチするじゃねぇか。」

「明快も手加減なさすぎだよ。」


景は少し安心した。

多分いつもと同じ明快がそこにいる気がしていた。

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