第3話 煙草


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 煙草の煙が身体をくすぐっていった気がして、ソレは下を向く。


 遙か後方、白い扉を背に、翼をもった青年が腰かけている。ピンクの派手な髪が、真っ白な空間で異彩を放っていた。手には煙くゆる煙草。

 その彼の隣に、もうひとり、翼をもった人物が歩み寄ってくる。黒い髪。黒いスーツ。ピンクの青年に比べれば、ずいぶん地味だ。

 その彼のものらしきため息が、なぜか遠く聞こえた。


「お前、またやったのか? ピアス、何個開ける気だ?」

「そろそろへそにもひとつ、開けたかったからね。ちょうどいい」

 罰より褒美、とピンクの青年はくすくす肩を揺らした。それに、向かい合う黒い彼は、呆れたようだった。


「グレー商法もほどほどにな」

「いや、だって、俺、煙草はゆっくり一本、楽しみたい派だから」

 半分以上短くなった切れ端のような煙草をくわえ、青年は親しげに黒髪の方を仰ぐ。


「上映時間が短いと、楽しめないだろ?」

「――それはそうだが、なんで上映中でもない今、吸ってるんだ?」

「こいつは先取りだよ」

 煙をふわりと吐き出し、ピンクの髪の青年は唇を引き上げた。


「上映予定が延長されたからね。次の機会は、煙草一本分以上の超大作を期待してるのさ」


 ゆるゆると漂った煙がまた、ソレをくすぐった。

 白い扉から飛び出して、ドコカへ向かうソレには、青年たちの会話の意味はわからない。わからない、のだが――。


 なぜかどこかひどく、切ないような、嬉しいような気持ちがして、ソレは、白い空の向こうへと旅立っていった。



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