第2話 変わらない結末


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 ぱっと真由美はベビーカーから勢いよく手を離した。突然の急加速に、泣き出した赤子の声をのせたまま、それは壁に追突する。


 だがそれを見向きもせずに、猛然と真由美は背後へ走り出した。そこには、彼女に向けて突っ込んできた男の驚愕の顔。その手には、白昼堂々とかざされた包丁の刃。


 腹部に激痛が突き刺さるのと、ちょうど彼女の隣を走り抜けた車が急ブレーキを踏んだのは同時だった。車が彼女に吹っ飛ばされた男をひき飛ばし、離れた電柱に追突した轟音が、赤子の泣き声に重なりあう。


 痛みを通り越して遠のく意識に、真由美の視界が暗く霞んでいく。そこに映るのは、血まみれの男。耳に響くのは、泣いてはいるが、元気で無事な我が子の声。


(……運転手さん、には、ごめんなさい……。でも……――)

 人生の振り返り。最期の最期のクライマックスが、愛しい我が子にまで包丁を振り下ろす、憎いストーカーの横顔なんて、あんまりではないか。


 だから、真由美は聞いたのだ。あの、天使らしき青年に。


『確定してない人生は――選択で変えられるのかしら?』

 それに青年は、曖昧に、けれど、それまで浮かべていた軽薄さをひそめた笑みで、静かに言った。

『こちらでお伝えできるのは、この《振り返り部屋 》に入られなければ、運命は確定しない――ということだけ、ですね』

 そして意味ありげに、彼はまた、真由美の後ろを指さしたのだ。


『さあ、どうされますか? 後ろが、控えてます。


 その一言で真由美は、いつをやりなおすか、即断した。


(――私の運命は、もう、確定してる……。でも――)

 消えゆく意識に、声がする。もう何も見えないけれど、泣き声がする。愛しい、愛しい、生きているあの子の声がする。


 人生の最期に見たのは、壁際のベビーカーからちらりとのぞいた、小さな小さな掌の先。もう、それを掴めることは、ないけれど――


(やりなおす前より、ずっとずっと、いい……)

 嚙みしめて、真由美は、二度目の息を引き取った。






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