第2話 えんぴつ一本の意味



 この世界を安んじる命を探し出せ。

 それが次元魔法の天才と称され増長していた若い魔法使いが、王に投げやりに命じられたことだった。


 この世界は幻獣たちの世界だ。

 幻獣の王は絶対で、神にも等しい。

 俺は世界の隅で蟻と同じように僅かな年数を生きて死んでいく人として生まれ、稀なる魔法の使い手として、幸運にも長い寿命と幻獣たちと対等な立場を手に入れた。

 人の身で王直属の魔法使いとなった時に、式典でそう宣言された。

 だが、それこそ幻だった。

 幻獣たちにとって人は卑小な動物と同じ。たまたま俺の魔法が珍しく、面白がっただけ。

 彼らは俺を珍獣のように可愛がり、そして嘲った。


 それも、世界に穴があくまでのことだった。

 その穴は、城前の広場に突如として生じ、触れたものを全て吸い込んだ。

 穴の中は光が通らず、黒く塗りつぶされた丸い紙が置いてあるようだ。徐々に周囲を喰らって大きくなる化け物じみた紙。

 それが次元を貫いて開いた穴であり、いずれ世界の全てが飲み込まれてしまうことがわかって、幻獣たちは混乱し、そして泣いて過ごした。

 夢を食べて生きている彼らは、能力は高いが、逆境に弱い。

 そこで王が、珍獣でしかなかったはずの俺に命じたのだ。この穴にふさわしい命によって穴は消えると、占いに出た。お前の魔法であまたの次元と世界から探し出し、連れて来いと。

 期待されてはいなかった。だから、死に物狂いだった。


 そうして召喚したのは、人の少女だった。運動会とやらで得たえんぴつ一本を握った。

 俺の観測によれば、彼女の世界とこの世界が億に一つの確率でぴたりと重なった時、均衡が崩れた。原因などわからないが、彼女の世界が、この世界より僅かに存在の重みを増した。

 重い世界に軽い世界は吸い込まれる。だから穴が開いたのだ。

 絶望に対する唯一の奇跡、それが彼女だった。

 彼女が幻獣の世界で生きていれば、均衡が取れる。百年もすれば、二つの世界は二度と関わり合わない距離に離れるだろう。


 幻獣たちは俺と彼女に感謝をし、人への態度を改めた。

 お役目は果たした、そう思ったのに。

 彼女を愛して、俺の心は千切れかけた。

 召喚を悔やむ。だが彼女を帰せば世界が二つ崩壊する。

 帰せない。あれほど帰りたがっているのに。

 えんぴつ程度の重さならば返せるが……意味がない。



 十年経ち、世界を繋げるのは難しくなった。

 だがえんぴつは彼女の言葉と成り、価値を得た。

 手紙これだけは、届ける。

 俺は長命を代償に、魔法をかけた。

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