第6話 昼休みのちょっかい?(※一部改稿済)

 晴れた日の昼食の時間、律はよく一人で中庭にやってくる。


 拓海は同じサッカー部の友達と学食に行くし、朱音と束彩は隣の教室に行って、仲の良い女子友達と女子会のように食べているそうだ。


 そんなわけで、けっきょく一人あぶれる律は、ぼっち飯を堪能するのが当たり前。仲の良いクラスメイトはいても、昼食まで揃って仲が良いというわけではない。


 べつにそれでも構わないのだが、教室で一人で昼食を食べるのも気が引けて、律はやはり今日も中庭に来ていた。


 中庭には何ヶ所かベンチが備えつけてある。そのうちの一つ、記念樹を円で囲むようにしてつくられたベンチに腰掛け、律はさっそく弁当を広げた。


「——いただきます」


 自分で詰めた弁当のおかずは、卵焼き、唐揚げ、ウインナーにミニトマト、それとほうれん草の胡麻和えと、昨晩の残り物——いたくシンプルなものだ。


 けれど、金額的に言えば、電気代・ガス代・水道代を入れても二百円を切っている。さらにそれを三人分と考えれば、かなり安価にできたほうだと思う。


 律がただひたすらに求めるのはコスパと栄養のバランスだ。いくら財布の中身が寂しくても、食わなければ力が出ない。美味いとか不味いとかも気にしていられないが、できるだけ美味いほうがいい。


 けれど、美味いものは高くつく。

 お徳用、セール、値引き、半額……できる限り安くて美味しいものを——。


 切り詰めて生活していくうちに、そういう所帯じみたところが弁当にも表れていた。世知辛いが、贅沢も言っていられない。だから、昼食をこうして食べられるだけマシだろうと自分に言い聞かせている。


 そうして弁当を半分ほど食べたところで、静かに人が近づいてくる気配がした。


「ふぅん……お弁当なんだ?」


 律は「え?」となって声のするほうを見た。白い太腿、短いスカート——さらにその上を見上げると、紙パックのお茶を片手に、無表情で立っていたのは小杜妃華だった。


 なんでここにいるんだ? いや、なんで話しかけてきた?


 内心動揺しつつも、平静を装った。まったくと言っていいほど感情を出さない妃華に対し、律は微笑を向けた。


「えっと、なに?」

「なにも。興味本位」

「あ、そう……」

「お弁当、そんな感じなんだね?」

「え? ああ、これは……」

「自分でつくったの?」

「ああ、うん……まあね」


 なんだかたまらなく恥ずかしくなった。

 一食二百円を切る、いたくシンプルなお手製弁当を、ボッチ飯で堪能中——そんなところを、今日初めて話し、授業でペアを組んだ相手に興味本位で覗かれるとは。

 しかも——こともあろうに、妃華はなぜか律の隣に座ってしまった。


(……なぜ座る?)


 律は動揺していたが、妃華にそんな様子はない。無表情ではあるが、たしかに、弁当に興味がありそうな顔にも見えなくもない。……いったい、なにを考えているのだろう。


「普通に美味しそう」

「え?」

「卵焼きとか」

「まあ、慣れてるから……」


 卵焼きを褒められて悪い気はしないが、なんだか恥ずかしい。

 すると今度は律の顔を不思議そうに見つめてくる。


「いつも家事は滝沢くんがやってるの?」

「まあね……」

「まあね、が多いね?」

「まあね……あっ……」


 律の顔はさらに紅潮した。

 口癖を見破られたようで、なんだかきまりが悪い


(……いや、今のはもしかしてわざとか?)


 律は少し冷静になった。すると、楽しそうとまではいかないが、妃華の表情が割と穏やかに見えるようになった。


弁当それも自分で詰めてるんだよね?」

「そうだけど……」

「そうそう、この前スーパーで滝沢くんを見た」


 律は内心「うぐっ」と呻いた。


(またなんの脈絡もなく話題を変えたな……)


 しかし、「見た」とはどのタイミングだったのだろう。

 タイムセールで値引きシールを貼って回る店員さんのあとをつけていたときだろうか? あるいは一円単位で値段が違う野菜をよく吟味していたときだろうか? まさか試食コーナーでウインナーを頬張っていたタイミングではないよな——と、律はアレコレと思い出す。


 すると妃華はコミュ英のときのように、クスッと笑ってみせた。


「すごいね」

「な、なにが……?」

「きちんと自炊してるんだなぁーって思って」

「ああ、うん……」

「でも、超真剣に大根を選んでたのはちょっとウケた」

「うっ……」


 いったいなんなのだろうか、この羞恥プレイにも似た会話の流れは……。律にとって羞恥を覚えてしまうことをピンポイントに狙って会話に突っ込んでくる。もはや、わざとやっているようにしか思えない。


 ただまあ、小杜妃華でもウケることがあるんだな、と思いつつも、けっしてウケを狙って大根を選んでいたわけではない。……超真剣に選んでいたのは、その通りではあるが。


「滝沢くんってさ……」

「なに?」

「古川さんと付き合ってるの?」

「……はぁ⁉ なんで急に……⁉」


 また急な話題転換に、律は動揺した。

 大根から恋愛の話題に移ったのは、さすがにワープしすぎだろう。なんの関連もないのに、よくもまあそれを突っ込めたものだ。


「仲良さそうだし、実際どうなのかなって思って」

「いや、仲は良いけど、そういうんじゃないし……」

「ふぅん……好きとかでもないの?」

「いや……」


 たしかに中学時代は——過去はそうだったけれど、今は違う。


「……朱音は同中で、三年連続で同じクラスってだけだよ」

「ふぅん……新見さんは?」

「……なんで新見さんを出してきた? 好きかどうかってこと?」

「そう。教室でベタベタしているし」

「ベタベタって、あのさ……」


 律は、だんだん真面目に返すのも馬鹿らしくなってきた。やはり妃華はわざとやっている。からかって、俺の反応を楽しんでいるんだ——と、律はだんだん妃華のことがわかってきた。

 最初の緊張感も抜けてきて、律は呆れ始める。


「けっきょく、なにが知りたいの?」

「その卵焼き、美味しそう」

「だから……急に話をもとに戻すなよ」

「一つもらっていい?」

「……どうぞ」

「ううん、冗談」

「なんだよ!」


 すると、妃華はもう一度クスッと笑って、すくっと立ち上がった。なにをする気だと律は身構えたが、そのまま校舎のほうへ行ってしまった。


 なんだ、今のやりとりは?

 ああいうのを思わせぶりな態度と言うのだろうか?


 そんな感じで、律は腹を立てながらも、ようやく合点がいった。


 思わせぶり——妃華についてよく聞く言葉だ。思わせぶりな態度で人をさんざん振り回すと悪名高く、ああいう気があるようでまったくないという態度が、彼女のイメージを悪くしている原因なのだろう。


 実際、三年生の先輩が呼び出されて放置されたという話もある。最初は信じられなかったのだが、今朝の拓海から聞いた話や、今の妃華の態度でいよいよ信じざるを得なくなってしまった。火のないところに煙は立たないと言うが……あれは、本当にやるタイプだ。


(くだらない噂だと思ってたんだけどなぁ……)


 と、律は残念そうにため息をついた。


 妃華にまつわる噂はそれだけではない。良い噂かどうか微妙だが、三年からかなりモテているという話も聞いたことがあった。


 たしかに綺麗な子だし、あのクールな雰囲気というか、ミステリアスな雰囲気というか、落ち着いた態度というのか、気だるそうな感じというのか——ああいう感じが年上から好まれるのだろう。そんなに悪い子でもない気もするが——


(とはいえ、人を振り回すのは、ちょっとなぁ……)


 噂の真偽はどうあれ、今日話してみてわかった。小杜妃華は相当な変わり者。わかりづらい人だが、けっきょく人をからかって楽しむ人なのだろう。いったんはそう結論づけたが、


(でも、なぁ……)


 と、今度は苦いものを口にしたときのような表情を浮かべ、コミュ英のときのことを思い出す——




『滝沢くんの友達は、滝沢くんが友達で良かったと思うべきだと思う』

『え? なんで?』

『……滝沢くんが、真剣に他人のことを考えられる人だから』



 ——あの言葉の端々から、妃華の優しさのようなものを感じた。

 それすらも芝居かもしれないが、でも……どこか影のある雰囲気で言われると、あの言葉が彼女の本心から出たもののような気がしてならない。


 けれど、けっして自分は友達に大事にされていないことはないはず。今までぞんざいに扱われたこともないし、たまに頼られるし、悩んでいたら相談にだって乗っているし——


(——ほんと、わからない人だ……)


 小杜妃華の本心がどこにあるのか——そのことをふと思いながら、律は弁当の残りを急いでかき込んだ。

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