第3話 夢や目標を持つ資格(※一部改稿済)
とりあえず、
「どうした? 朝からダウン気味?」
「ううっ……律ぅ〜……」
顔を上げてみせたあとの朱音の表情は、なんだかうらめしそうな、それでいて不機嫌そうな顔だった。兄の
ただ、裕二はいつも道理にかなった批判しかしない。
理不尽なことや、他人を誹謗中傷したりもしない。そんな論理的で真面目な人だ。
もしなにか言われたのなら、朱音のほうになにか非がある。裕二から苦言を呈されただけだろう。
ちなみに朱音は感情過多なタイプ。
口では裕二に敵わないことを自分でも認めている。
「さっき
「聞いてよっ!」
朱音がガバッと起き上がった。いつも通りの大きなリアクション。
大きいのはそれだけではない。
ワンサイズ小さめかと思われるワイシャツが、その大きな胸にピンと押されて、ブラジャーの刺繍がくっきりと浮き出た。着崩した制服がそのまま弾けてしまうのではないかという勢いだ。
思わず朱音の胸に目がいってしまい、律は慌てて目をそらした。
しかし、姉と同級生ではこうも『引力』が違うものか。
なんだか思い知らされた気分だ。
「マジであり得ないのっ!」
「え? な、なにが……?」
「昨日の放課後、駅前でモデルにならないかってスカウトされたんだっ!」
「へ、へ〜……へ? それは、良かったんじゃないの……?」
だったらなぜ怒ってるんだ?
怒っている調子で良かったことを聞かされても「どっち?」となってしまう。それにもまして、このテンションの高さは朝から正直キツい。
朱音はこういう子だ。
元気で明るくて活発というのは、裏を返せばうるさいということになる。
なおも朱音の怒りのボルテージは下がらない。
「でね、家に帰ってママたちに言ったら、お兄ちゃんが、モデルなんかより頭が悪いんだから勉強しろって!」
律は一瞬ポカンとなる。
(……ド正論の気もするが?)
国立大の理系に進んだ裕二は、古川家の中でも期待の星。高校も偏差値のいいところに行っていたし、話してみると意外に柔らかい物腰の人で、ユーモアもあって、年上としての包容力もある、とても素敵な人だった。
そんな、知的で優しいイケメンというのが印象の人だったから、けして朱音を馬鹿にして言ってはいないはず。
おそらく厭味だと思ったのは朱音の感覚で、今のも裕二の言葉を悪くとらえただけのような気もする。シンプルに、朱音の悪い成績を気にして、ほかに目を向けるべきことがあるのだと裕二が言ったのだと律は思った。
一方で、そんな優秀な兄と比べられる朱音も大変だろうなとも思う。
朱音は中学のときから成績は下がっているし、このあいだの中間テストもなかなかの成績だった。……平均点ギリギリ、なんとか赤点回避といったところか。
「——ね? ひどくない⁉」
「まあ、言い方はひどいかもだけど……勉強したら?」
「律もひっどぉ!」
「いや、朱音の成績がボロボロだから、裕二さんもきっと心配して言ってくれたんじゃないかな? じゃなかったら、わざわざキツいこと言わないよ。放っておくって、たぶん……」
朱音は「うぐっ」と呻いて、そのまま面白くなさそうに、また机に突っ伏した。
「
朱音は小さくため息を吐きながら、椅子に座り直した。今度は真剣に落ち込んでいるような顔をしている。
「フツーにさ、頭が悪いのは認めてるってば……勉強しなきゃってことも……」
でもできない——と朱音は言いたいのだろうか。
律は、多少可哀想な気持ちになりながら、笑顔を朱音に向ける。
「朱音はモデルの仕事やりたいの?」
「まあ、うん……」
「ママさんたちはなんて?」
「べつに……やりたいならやったらいいんじゃないって感じ」
「ふぅん、そっか……」
朱音はメイクやファッションや流行に敏感な子で、背が高い上にスタイルも良い。顔も可愛い系で、端的に言えば美少女だと律は思う。その世界に詳しくはないが、モデルの仕事は向いているかもしれない。
ただまあ、胸が大きいし、モデルよりもグラビアアイドルのほうが合っている気がしなくもないが……。
「朱音がやってみたいなら、やってみたらいいんじゃない?」
「律は応援してくれるの?」
「応援というより——」
律は言葉を選んだ。
朱音は恵まれた環境にいるし、恵まれた容姿の持ち主でもある。だから、もっと高望みをしてもいいはずだ。
夢や目標を持つことも、それに向けてチャレンジすることも——もしダメでも、やらずに後悔するよりはマシだ。
育った環境への嫉妬や皮肉ではなく、朱音には夢や目標に向けて頑張ってほしいと、律はただ純粋にそう思ったのだが——最後に少しだけ、律自身に対する諦めが混じったことも否めない。
自分にとっては今が幸せなのだと、自分に言い聞かせながら——
「——やらないで後悔するよりはって感じかな……」
律がそう言うと、朱音はしばらく黙ったままなにか考え込んでいた。
——キンコンカンコーン…
予鈴があって、ようやく朱音が口を開く。
「……ちょっと考えてみるね?」
「うん」
「律、ありがと。いつも真面目に話を聞いてくれて……」
朱音は少し頬を赤くしながら、控えめに笑ってみせた。
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