第2話 問題アリ?な美少女二人(※一部改稿済)

 りつはチャリ通だ。


 電車で通うこともできるが、定期代を惜しんで、片道四十分の道を自転車で通っている。その差は十五分程度といったところか。おかげで足腰はかなり丈夫なほうだ。


 じつは、今律が乗っている自転車も貰い物だったりする。


 ご近所さんが引っ越しをするとかで、要らなくなった自転車をありがたく頂戴し、サビを落とし、歪みも自分で修理した。


 先日油を差したばかりで調子はいい。

 タイヤは先月前輪がパンクしたが、最近は百均でも修理キットを売っているので、やはり自分で直した。


 そうして修理していると自然に愛着が湧いてくる。


 今の律にとっては、さながら愛馬のようなものだ。さすがに「ハイオー」とまでは叫ばないが、風を切る爽快感は律にいっときの充実感を与えていた。


 ——しかし、現実は急に目に飛び込んでくる。


 爽快に走っているうちにどうしても目がいくのは、いろんな店先に張ってあるアルバイト募集の張り紙——


【時間◯◯:◯◯〜◯◯:◯◯】

【時給◯◯◯◯円】

【高校生可】


 張り紙を見比べて、この店ならどうだろうかと考えては、虚しくため息を吐いた。


(姉さんに内緒でバイトするのは良くないよな、やっぱ……)


 律は勉強ができるので、音葉から期待されている部分が大きい。お金はなんとかするから大学まで行ってほしいとも言われているのだが——


 いい大学に入って、

 いい会社に入って、

 いい人生を送って——


 音葉の言う「いい」とはなんだろうかと、律は最近思うようになった。


 もちろん、自分の将来を考えてくれているのは十分承知している。とはいえ、音葉の言う「いい」というのは、「今よりも」という言葉が抜け落ちていた。


 ——そして、その「今」がすでに危うい。


 将来のことばかり考えても仕方がないと律は思う。これ以上家計が逼迫する前に、自分がなんとかしなければ——そこで音葉の言葉が邪魔をする。




【バイト禁止! 勉強ガンバ!】




 そんな弟思いの姉の言葉を、律儀に守っている余裕はない。

 音葉の期待は嬉しいけれど、ある意味で律を苦しめていたのだった。


(やっぱり、バイトしたいって姉さんに言おう……)


 そう律が決心した、そのとき——




「——……ん?」




 律はゆるやかにブレーキをかけた。

 道の先、学校とは反対方向へ歩いている女子に見覚えがあったのだ。




 ——小杜妃華こもりきっか




 今年初めて同じクラスになって、話したことは一度もないが、律にとっては少しだけ気になる女子だ。


 ただし、恋愛的な意味ではない。


 よく遅刻するし、たまに学校をサボることもある。

 クラスでいろいろ囁かれている噂もあって——まあ、しょせん噂は噂だが、あまり良いほうの噂でないことはたしかだ。


 見ているぶんには交友関係も希薄な人だ。

 クラスで仲の良さそうな友達もいない。

 ものすごい美人なのに愛想がないせいで、周りから嫌厭けんえんされがちだ。


(あれ…?)


 そのとき律は、不意に違和感を覚えた。


 初めて妃華が登校している姿を見たのだが、今の時間なら十分に間に合うはずだ。それなのに、駅ではない方向へ彼女は向かっている。


(……どこに行くんだろ?)


 学校に間に合うのに、どうして、どこへ——そんなことを思っているうちに、妃華は雑踏に紛れてどこかへ消えてしまった。


(またサボりかな……)


 気になりはしたものの、律はペダルを漕ぎ出し、見なかったことにした。




  * * *




「おはよう、律」


 律が教室に入ってすぐにと、席に着く前に声をかけられた。


 声をかけてきたのは、律の友人の一人、佐川拓海さがわたくみだ。

 長身で短髪で肩幅も広い爽やかイケメン。

 悪いやつではないが、一つのことに熱中すると周りが見えなくなったりもする。


 その拓海が苦笑いで近づいてくるのを見て、なんだろうと律は疑問に思った。


「おはよう……というか、どうしたその顔?」

「……ちょっといいか?」


 拓海は辺りを憚るようにして、声をひそめた。


「注意報」

「……はい?」

「警戒レベルとまではいかないけどよ」


 なんのこっちゃと律は首を傾げる。

 すると拓海は、苦笑いで「あれ」と顎で場所を指示した。


 律の席の隣に座る茶髪の女子だ。

 机に突っ伏してグイーッと腕を伸ばしているが、寝ているわけでもない。




 ——古川朱音ふるかわあかね




 律と同じ中学出身で、三年連続同じクラス。

 ちなみにあれは、彼女のテンションが低いときに見せるポーズだったりする。


「朱音が昨日まーた兄貴と喧嘩したんだってさ」

「またか……。原因は?」

「よくわかんね。またなんか厭味いやみなことを言われたとかなんとか」

「ふぅん……」

「つーわけで、朱音あいつ、今朝は相当機嫌りぃから、話しかけるなら気をつけろよ?」

「ああ、うん、わかった……」


 示し合わせたように言うと、律は「あ、そうだ」と今朝のことを思い出した。


「そういえばさ、来る途中で小杜こもりさんを見かけたんだ」

「小杜? ああ、小杜妃華きっかのこと?」

「うん」

「どこで?」

「駅前。でも、学校と反対方向へ行ったな」


 拓海は眉根を寄せたが、口元には呆れたような笑みが浮かんだままだ。


「……男と待ち合わせかな?」

「さあ……そこまでは見てないけど……」

「つーか、なに? 律、小杜に興味あんの?」


 ないよ——と、律が否定する前に「やめとけやめとけ」と拓海が真面目な顔で言った。


「三年の男子が小杜に呼び出されて、そのまんま放置されたって噂あっただろ? サッカー部の先輩から聞いたんだけどさぁ、あれってマジだって」

「え? そうなの?」

「その男子、相当キレてたらしい」

「だろうな……」


 呼び出されて放置プレイは、さすがにドMでもない限り喜べる状態ではない。


「なに考えてるかさっぱりわかんよなぁ? そういう男を弄ぶタイプより——ほれ。あそこにハートブレイク中のちょうどいいやつがいるだろ?」


 拓海はふざけるように言って、どよんとした雰囲気の朱音を指差した。


「ハートブレイクって……」


 まあ、たしかにそう見えなくないとも思って、律は苦笑した。


「フられたわけでもないのに、言うなよ、そういうこと」

「とりま、朱音の件はそういうことだから。ヨユーあったら朱音の話を聞いてやれよ? お前にならなんでも相談するだろうし。じゃ——」


 拓海はニヤッと笑って、そのまま教室から出ていった。


(あいつ……)


 要するに、あの状態の朱音をなんとかしろと拓海は言いたかったらしい。そういう面倒な役回りは、いつも律が務めることになっている。今回も丸投げか。


(俺以外にも適任はいると思うんだけどなぁ……)


 ただ、律が任される理由としては、朱音の兄、古川裕二ゆうじとも面識があるからだろう。律と裕二は先輩後輩の仲で、それなりに仲も良い。


 だから、朱音と兄が拗れたのなら仲介役にふさわしいのは律——という、拓海の勝手な人選にも困ったものだが……。


 律はやれやれと思いながら、自分の席に向かった。



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