詩物語 「とうふのこころ」

@aono-haiji

第1話 詩物語 「とうふのこころ」


こんなことあったんだ

わたしは 眠るあなたの体から

あなたの こころを取り出し

この手のひらに乗せて

とうふのように 水にさらしてみた

ひや ひや とく とく

とろ とろ ぽわん と

それは 揺れていた


わたしは そのこころに いた

あなたが この世界から逃げる時

たった一人

手を引いて逃げたい人は だれ?



揺蕩たゆたう水のおもてには

髪の長い なんか

よくわからない 顔が見えた

わたしは 手の中のとうふを

じゃぶっ………と 握りつぶした

ばらばらになって水に溶けてゆく

あなたのこころ


わたしは とうふの切片かけらがつく

手のひらを ジャジャジャ と水で洗い

あたらしい手ぬぐいで拭いて

台所の裏の木戸を開けて 外へ出る


そういえば この木戸

わたしが生まれる前からあった

これからも わたしは

この木戸から離れることはないのかな

ずっと………



手の中で 消えていく ぬくもりがある

時々 母親の愛情が 指の隙間すきまから

こぼれ落ちることがあった

わたしを離れ にび色に光りつつ

なにかに吸い寄せられていった


あれも ひとりの女なのだから

しかたない


などと 分かるようになったのは

わたしも だいぶ年をとってから


あなたのことも 母親のことも

見たことのない父のことも

とやかく 言えない



ぼちぼち わたしの こころも

わたしの胸の奥で ぶるぶるふるえながら

自分が やわいうつわにはいった

とうふに過ぎないことに

気づき始めている


煮られても 焼かれても

そんなに

さだかには ならない わたしのこころ

レールがあり 車輪があり

ときどき 人を傷つける

鉄の器に入ってなきゃ

実のところ 生きていけないのかも





あなたが何かを わたしに告げる時

いつも 背を向けて タバコを吸う


俺 決めたんだ


俺 おまえと生きていく


俺 自分に自信がなかったから

言えなかったんだ

それだけなんだ

おまえへの気持ちに迷いがあったわけじゃない



………………………あのさ

あの 髪の長い 女の人は?


えっ⁉ おまえ あいつ見たっけ?


ぷふ! 分かりやすい奴だね あんたって


違うんだ あの人は 

俺なんか相手にする人じゃない


あたしは 適当だったのか あんたに


うん そうなんだ だから

おまえしかないと思ってる


バカにすんなよ

今日 あたし 包丁持ってきてるんだ

あんた 刺してやろうと思って


ああ……………………………

刺してもいいよ

でも それ とうふ切る包丁だ 刺さらねえ


あのさ


とうふってね

扱ってくれる人の

おんどが大事なの

そっと こうやって 手に取ってもらうとね

ああ  この温もりなら大丈夫って

分かるもんなんだよ


大事に扱える?


うん 大事にする


何?


ちょっとだけ抱きたい


いつもと違う抱きかたがいい


そんなのわかんねえよ

どうするんだ………


ふふふ………




こんなわたしには

裏切れない かすかな思い出がある


はじめに 青いダイズだったころ

緑なす畑に風はわたり

はらひらしてる 葉とツルをもち

どこかへ 何かへ

ひたすら手を伸ばして生きていこうとする

みずみずしい いのちだった


わたしは わたしの 

とうふの こころの中に

その思い出が消えないでいてくれること

それだけを信じて 生きている

 

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