第13話 女の子は高校からいきなり垢ぬける

 恵莉奈とは小学生の頃に出会った。


 この時の彼女はまだ髪を染めておらず、目を隠すほど前髪が垂れていた。


 そんな恵莉奈と初めて顔を合わせたのは学校の図書室で、いつも本を読んでいた。


 だがある日から、退屈そうに窓の外を見つめるだけで、本を読まなくなった。


「どうしたの?」


 この時はじめて声をかけたが、髪の隙間から見える恵莉奈の目は死んでいた。目に光がなく、暗闇に包まれていた。まだ小学生だった俺はこんな人間を初めて見たのだ。


「暇だから。暇だから外見て時間つぶしてる」


「本は? いつも読んでたじゃん」


「読みたいの全部読んじゃった」


 無視されるようなことはなかったが、いたって簡素な返答にすこし戸惑っていた。


 そんなときだった。


「ねえ、本書いてよ」


「お、俺が⁉」


「だって作文得意なんでしょ?」


 聞けば、全校集会で俺の作文が表彰されたのを知ったらしい。この時の恵莉奈は『島崎潤一郎は作文が上手いから本も書ける』、そんな子供にありがちな安直な考えだったかもしれない。


「わ、わかった。やってみるよ」


 それでも、俺は筆を執ることにした。


 二週間後、廃棄プリントのウラに書いた本を持っていくと、恵莉奈は夢中になって読んでくれた。


「面白いけどつまんない」


「なんだよそれ……」


「キミならもっと面白いのを書けると思う」


 正直ムカついた。


 だって二週間かけて書いてきたのに、この評価。何様なんだろうか。


 でも、同時に嬉しかった。


 『キミならもっと面白いのを書ける』、その言葉は俺を認めてくれたみたいで、求めてくれた気がして。


 それまでろくに褒められた経験もなかった俺は、こんな言葉でも嬉くなってしまったのだ。


 それから俺と恵莉奈は少しずつ交流が増えていった。


 新しく本を書いたり、互いのことを話したり。


 聞けば恵莉奈は両親に捨てられて、祖父母の家で暮らしているらしい。俺と境遇は違うが、家庭に恵まれなかったという点では似たようなものだ。


 そんな彼女に親近感を覚えたし、もっと親しくなりたいと思った。


 会話を重ねるうちに恵莉奈はすこしずつ明るい子になっていった。


 中学に上がると、ふたりで夕刊の配達バイトをした。給料でちょっとだけ買い食いをしたり、恵莉奈はテニスの道具を買ったり。俺は俺で恵莉奈に本を書くかたわら、本気でプロ作家を目指した。


 俺にとって貧困家庭から抜け出す一番の近道だったから、というのもあるが恵莉奈にいいところを見せたかったのもある。


 そんな俺に影響されたのか、恵莉奈も物語を紡ぐようになっていった。そのころから恵莉奈は俺のことを『師匠』と呼び始め、教えを請いはじめたのだ。


 そして恵莉奈が高校に入ってくると、そのまま付き合い始めたりもして、俺たちの青春はまさにバラ色だった。


 俺が筆を折るまでは。

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