枕(斎藤+島田)

「斎藤組長」

「……島田さん、どうかしましたか?」


 この会津で、自分を「組長」と呼ぶものは少ない。

 京都に居た時からの隊士である事は明白で、そしてその声は、耳馴染みのあるものだった。


 戦時中の緊張を解きながら、声の聞こえた方角へ振り向くと、島田さんがこっそりと耳打ちをする様にして、話を切り出してきた。

 島田さんが、自分にこういう風に問いかけをしてくる事は、とても珍しい。


「その……副長の、変な噂を聞いたんですが」

「副長の? 一体どんな?」


 島田さんは、信じられない様な、しかしあり得るかもしれないとも思っている様な、聞いてもいいのかどうかさえ悩んでいる様な、基本的には噂など信じない主義の自分が思わず聞き返してしまう、滅多に見ない微妙な表情をしていた。


「副長が望月さんに、枕を投げつけて追い返したらしい……と」

「あぁ、その話か」

「斎藤組長も、ご存知でしたか。本当なのでしょうか」

「恐らくな」

「え? もしかして、実際にご覧になられたんですか?」


 まるで見てきたように、はっきりと事を肯定する返事をしたからだろう。島田さんが、驚いた様に問いかけてくる。

 それを軽く首を横に降って否定しつつ、噂話の出所を確信しながら、答えを返した。


「いや、見てはいないが……。投げつけられた本人に、聞いた」

「は?」

「それはきっと、望月さん本人から出回った噂だろう」


 先日見たばかりの「見舞いに行ってやったのに、土方君に突然枕を投げつけられて、追い返された!」と興奮気味に訴えてきた望月さんの、怒りの表情が鮮やかに蘇る。

 ただそれは自分の方が「正しい」と、誰かに言って欲しいだけの、駄々っ子の様でもあった。


 何も言わない俺の態度に納得がいかなかったのか、すぐにまた別の人間を見つけては、同じ様に憤慨した顔をして訴えに走って行く。

 悪い人ではないのだが、確かに副長と相性は良くなさそうだ。

 その事を伝えると、島田さんは呆れた様なそれでいてほっとしたような顔で、神妙に頷いた。


「それで皆が、やけに詳しく知っていたんですね」

「望月さんは文官だ。机上の理論だけで物を語ったのだと、俺は思う」

「それで、納得がいきました。副長が理由もなく、そんな事をするはずがありませんから」


 怪我をして、思う様に動けないもどかしさを抱えているだろう副長に、実戦に出た事もない望月さんが何を言ったのか。

 何が、副長を怒らせたのか。簡単に、想像はつく。


 ただでさえ状況は厳しいのに、理論だけでは勝てない事を、ここまできたら結局は身を持って動き知らねば、何も始まらない時期に来ている事を、望月さんは気付いていないのかもしれない。


「俺はそれよりも、この事で副長が無茶をして、前線に出ると言い出さないかの方が心配だ」

「確かにそうですね。ちょっと様子を、見て来ます」

「頼みます」


 ここは口下手な自分が傍に行くよりも、島田さんの方が副長の平穏を取り戻すのに適任であることは、容易に想像出来た。

 代わりに自分は、そろそろ望月さんの方を、どうにかした方がいいかもしれない。


 目的は同じ。近頃不安定な副長を、少しでも手助けする事。

 互いに役割を分担するように頷き合って、それぞれ適材適所の場所へと歩き出した。





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