節分祭・再(土方+市村)

「副長、お茶はいかがですか?」


 西洋式のドアがノックされてから数秒後、顔を見せた鉄之助の姿に苦笑する。

 函館の地に辿り着き、入札という制度によって「陸軍奉行並」という地位を与えられて久しい。

 だが元新選組の隊士達は、もうその組織自体の存在が気薄となった今でも、自分の事を皆が皆「副長」と呼ぶ。


 確かにそれは、自分にとって今の役職で呼ばれる事よりも心地の良い事で、だからわざわざ訂正する気にもなれなかった。

 なにより隊士達が自分をそう呼ぶ事で、今も尚心に誠の精神を残し、慕ってくれている事がわかるから。

 近藤さんと、死んでいった仲間達と、一緒にまだ戦っていて良いのだと、そう言われている様な気がする。


「鉄か、どうした?」

「島田さんが、副長に持って行くように。と」


 そう言って近づいて来た、鉄之助の手にある盆の上に乗せられた物に、ふと目を向ける。

 そこには見慣れた湯呑に注がれた緑茶と、それに添えられた豆が数粒。


「……豆?」

「今日は節分ですので、福豆です」

「あぁ、もうそんな時期か……」

「……あの、副長は豆がお好きなのですか?」

「いや、特にそんなことはないが……どうしてだ?」

「島田さんが、副長には必ず届けるようにと念を押して来られたので、よほどお好きなのかと」


 首を傾げつつ、鉄が島田からの言いつけを言葉にした途端、その真意が読めた。


「そう言う事か」

「副長……?」


 苦笑交じりの怒りを漏らした俺の姿に、鉄之助が困った様な表情が見てとれて、「お前のせいじゃない」と手で制す。


「多分それはな、俺に食べさせろという意味じゃない」

「え、それはどういう……?」

「今日は、節分だろ」

「はい」

「豆は鬼という災厄を祓う為に、まくものだ」

「そう、ですね……?」

「で、新選組の鬼と言えば、誰の事かはわかるな?」

「は……え、えぇ!?」

「まぁ、今日なら俺にその豆を投げつけても許されるから、思いっきり行って来いという事だろうな」

「し、島田さんはそんな事は一言も……」

「顔、笑ってなかったか?」

「……確かに」


 言われた場面を反復しているかの様な一瞬の間の後、鉄之助がしっかりと頷いたのを見て、俺の予想は外れていない事を知る。

 そうとわかれば、黙っている訳にもいかない。


 役職が変わっても呼び方を変えないのは、隊士達の方なのだ。

 つまりそれは、遠慮はいらないという事に他ならない。

 鬼の副長を、舐めてもらっては困る。


「周りに、他の隊士達もいたな?」

「はい」

「よし、鉄。茶はまた後で入れ直してくれ。福豆は、それで全部か?」

「いえ、せっかくですから皆で食べようと、もう少し用意してあります」

「全部持って来い、島田の所へ行くぞ」

「え?」

「確かに、新選組での鬼役は、毎年何故だか俺になるんだが……。習慣に乗っ取って、逃げ出さなくてはいけないという決まりは、うちにはない」

「ふ、副長?」

「災厄は、襲ってくるもの。それを倒してこそ、新選組だろ?」

「……お供、致します……」


 にやりと笑みを浮かべて、大股で部屋を出る俺の後ろを、鉄之助が小走りに追ってくる。

 どうやら状況は、理解したらしい。


「いい度胸じゃねぇか、島田ぁ」


 毎年、俺を節分の行事に巻き込むのは、近藤さんと総司だった。

 その二人が傍に居ない今、今日はただ春を待ち望むだけの、穏やかな一日であるはずだったのに。


 新選組には、まだまだお節介な奴らがいた様だ。

 そうそう簡単に、鬼の副長から解放してくれる気はないらしい。

 ならばもう少し、それを演じていてやろうじゃないか。


 災厄が去って、皆に春が来るまでは。





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