祭囃子(近藤+土方)

 祭囃子が聞こえる。

 近いようで遠い音。夏の終わり、秋の訪れ。

 楽しさと喧騒の中に潜む、一抹の寂しさ。

 それはどこか、夢の終わりに似ていた。


 歳が、皆が、反対するだろうと、わかっていた。

 この追い詰められた状況下でさえ諦めない強い意思と、そして何より自分を慕ってくれているからこそ出てくる、有難い言葉だという事は、十分に理解していたのだけれど。

 それでも、いやだからこそ、今仲間を危険に晒してまで、自分が助かる術を選択するわけにはいかなかった。


 希望を、手放した訳じゃない。未来に、絶望した訳でもない。

 ただ、自分にとっての最善の最期は、ここだと思っただけだ。

 そして、歳にとっての最善はここではないはずだから、泣きそうに顔を歪める親友へと、穏やかな笑みを浮かべる。


「歳、もう許してくれ」

「近藤さん!」

「戦うのに、疲れたんだ」

「嘘だ」

「歳」

「……嫌だ」


 言葉とは裏腹に、本当は戦いに疲れて逃げ出したい等とは、微塵も思っていない事がバレているのだろう。

 方法がこれしかない事を認めたくない駄々っ子のように、首を横に振り続ける歳の両肩に、優しく手を乗せる。


 何を犠牲にしても、自分を助けようともがいてくれる歳の気持ちは、嬉しいと思う。

 けれど気持ちだけでは誰も救えない事が、自分よりも何倍も周りを見て考えている歳に、わからないはずがない。

 だから、いくら親友の頼みでも、これだけは聞けなかった。


 自分のために何もかも引き受けてくれている歳が、いつか我儘を口にしたなら、何が何でも叶えてやるつもりだった。

 なのに自分は、そんな小さな誓いさえも守れない。


(その我儘さえ、俺の為だというのに……情けないな)


 あまつさえ、歳が自分の言葉を最後の最後には聞き入れる事を承知している上で、結局自分の我儘を通す。

 ただ何より、この優しい親友の為に。


「もう決めた事だ。頼むから、頷いてくれ」

「……俺は、諦めない」

「あぁ」

「必ず助け出すから……。待っていてくれ」

「わかった」


 俯いたまま両手を握りしめ、なんとか言葉を紡ぎだした歳の身体をぎゅっと抱きしめて、そのまま自分とは反対方向へ、その背中をそっと押す。


(お前は、前だけを向いて行け!)


 そう願いを込める。

 お互いがわかっていたのだ、ここが別れる場所になる事を。


「行ってくる、な」


 それでも、一歩を踏み出す前に振り返った歳が、泣き出しそうな笑顔で、またすぐに会えるような顔をしたから。

 自分も、最後まで笑っていられた。

 そしてその後は迷わず、隊士たちを率いる為に走り出した歳の背中を、目を逸らす事なく一人見送る。


 聞こえるはずのない祭囃子が、耳をくすぐる。

 夏の終わり、秋の訪れ。楽しさと喧騒の中に潜む、一抹の寂しさ。

 それはどこか、夢の終わりに似ていた。

 そしてそれは、夢の始まりでもあった。


 ただ楽しく穏やかに、けれど成すべき事を見出せず、くすぶっていたあの頃。

 何の憂いもない笑顔で、皆が自分を誘い迎えに来る空気と同じ。

 今から、何かが始まる。

 こんな時なのに、そんな希望に満ちた日々を思い出した。


「ありがとう」


 消えて行く背中に、そして今まで自分を支えてくれた全てに。

 空を仰いで呟かれた小さな言葉は、空気に溶けた。





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