皆と花見酒を(原田+沖田+斎藤)

「原田さん」

「お、珍しいな二人一緒なんて」

「偶然、そこで会っただけだ」

「あ、酷いですよ斎藤さん。そんな突き放した言い方しなくても、いいじゃないですか」


 名前を呼ばれて振り返ったそこには、総司と斎藤が二人並んで、こちらに近づいて来る所だった。

 隊内でも一二を争う剣の使い手である彼らは、任務としては同行する事が多い。

 だが、こんな風に何の事件も起きていない昼間に、屯所外で二人揃っている所をお目にかかる事態は、ほぼ皆無と言っていい程に珍しい事だった。


 案の定ただの偶然だったようだが、それでも行動を同じくしている所からすると、二人は自分が思っている以上に、実は仲が良いのかもしれない。

 いつも総司が人懐っこくちょっかいをかけて、斎藤が軽く受け流す。

 そんな二人の掛け合いが通常仕様なので、傍目から見るとそんな風には到底見えないが……。


 隊内の年下組幹部として、意外と上手くやっているのだろう。

 二人を同室にしたのは土方さんで、忙しい中その辺りまで見極めていたのだとすると、頭が下がる。

 ただ「同じ場所に帰るのだから、別々に行動する事もない」という、合理的な理由でない事をそっと祈った。


 何しろこの二人は、性格こそ違うが、貴重な隊内環境円滑剤だ。

 芹沢一派の粛清後、何かと忙しさに振り回されて余裕を失くしている土方さんの傍に、この二人のどちらかが付いている時は、大概事が穏便に進む。

 それに気付いているのは、今のところ自分と山南さんだけの様子なのだが、この予想は間違いないだろうと自負している。


 最近では、監察方に就いた島田や山崎辺りがよく動くようになってきたようで、土方さんの心労は随分減った様だ。

 それでも、穏やかな調子に安定させられるのは、今のところこの二人と、近藤さんだけだろう。

 近藤さんに関しては、逆に心労を増やしている所もあるのが厄介だが、土方さんの苦労の全ては近藤さんの為なのだろうから、それは仕方ない。


 だから、せめてこの二人だけは、「自ら厄介事を引き起こしてくれるなよ」と、願わずにはいられない。

 煩わしそうに対応しながらも、斎藤の反応は決して邪険なものではなく、総司も何処までなら踏み込んでも良いか把握している様子だから、自分が心配する事でもないのかもしれないが。


 隊の平和のために、この二人が共同戦線を張っていてくれる事は最重要事項だと、少なくとも自分は考えている。

 話を聞いている限り、山南さんもそう感じているのではないだろうか。


「原田さんは、ここで何を?」


 総司の文句をさらりと流して、斎藤が尋ねて来る。

 どうやら総司も、同じ事を聞くつもりで声を掛けて来たらしい。

 斎藤への文句を重ねたりはせずに、好奇心の目は、すぐにこちらに移って来た。


「何を……って言う程でもねぇんだけどな。そろそろ、良い季節になって来たと思ってよ」


 自分が立っている場所の真上には、咲き始めた桜の木がある。

 それを指し示しながら笑うと、二人も釣られた様に首を上に向けて「ほぅ」っと感嘆の息を吐いた。

 まだ満開とはいかないが、七分程は咲いている桜の花弁は、今日の青空の下に良く映えており、喧騒とした世の中を忘れさせてくれる様だ。


「綺麗ですねぇ」

「あぁ、確かに。見入るだけの価値はある」

「だろ? 昔みたいに皆で一緒に、花見でも出来ると良いんだけどな」


 今の京の情勢と、それを守る新選組の置かれている状況下では無理を承知で、試衛館に居た頃は、毎年馬鹿騒ぎしていた季節を懐かしむ。

 ぽつりと呟いた望みに反応したのは、総司も斎藤もほぼ同時だった。


「あぁ、それは良い考えですね!」

「羽目を外さない程度なら、良い案かもしれない」

「え?」


 二人揃って、肯定してきた事に驚く。

 総司はもしかしたら乗り気になるかもしれないとは思っていたが、まさか堅物の斎藤まで同意するとは、思いもよらなかった。


 ましてや、言い出した自分自身が無理だと理解している提案だ。

 聞き返す位の事は、勘弁して欲しい。


「そうと決まれば、帰ったらすぐ近藤さんに相談してみましょう」

「そこは、土方さんの方が、良いんじゃないのか?」

「駄目ですよ、原田さん。土方さんに言ったら、反対するに決まってるんですから。あ、山南さんの方も固めておかないと」

「では、俺が話しておこう」

「お願いします、斎藤さん」

「おいおい。お前ら何だ、その一致団結ぶりは」


 この流れなら、いつもなら完全に、斎藤が総司を窘める状況だ。

 発言的には、総司はいつも通りなので、斎藤の方が可笑しいと考えるべきだろうか。

 しかし、それにしては二人の意思疎通が、完璧過ぎる気がしないでもない。


(まるで俺が言い出すのを、予め知っていたみたいな……)


 いや、きっかけを望んでいたと言った方が近いだろうか。

 そこまで考えて、先ほど自分自身が抱いた「隊内環境円滑剤」という言葉が、ふと思い起こされた。

 きっと二人が一緒に歩いていたのには、偶然などではなく何か理由があったのに違いない。


「私と斎藤さんが協力するのは、可笑しいですか?」

「可笑しくないって言えば、まぁ嘘になるな」

「でしょうね」

「……って、斎藤さんまでそっちに付かないで下さいよ」

「まぁでも、言い出したのは俺だし、皆で騒ぎたいのも本当だしな。止める理由も、ねぇって事で」

「そうこなくちゃ! 原田さんなら、そう言って下さると思ってました」

「あくまで気分転換程度ですから、騒ぎ過ぎには注意して下さい」

「わかってるわかってる。山南さんには俺が話通しとくから、斎藤は土方さんの足止めの方を頼む」

「……はい」


 斎藤は不審そうな顔をしてはいたが、黙って頷いた。

 それを見て、横で総司が笑う。

 それは、「斎藤だって、皆が大人しく花見をする様な連中ではない事を、わかっている癖に」とでも言いたげだ。


 確かに騒ぐなと言われて、大人しくするような連中ではない。

 その中には自分も入っているので、止めようもないし、斎藤もそれはわかっているはずだった。

 だが、それでも受け入れる位には、土方さんに息抜きが必要だという共通認識が、この二人にはあるという事だろう。


(土方さん。あんたはこの事に後から気づいて、反省でもするがいいさ)


 年下に気遣わせて心配させて、それほど自分が切羽詰まっていた事実に気付くのは、きっと全てが終わってからだ。

 けれど、それでも結局は突き進むという選択肢を選ぶ。

 後ろなど振り返ることなどなく、背中を任せる事を、選んでくれるはずだ。


 仲間になら任せられると、信じてくれているから。

 その中に、俺の顔も並んでいれば、良いのだけれど。


「じゃあ、作戦実行と行きますか!」


 今回の作戦について、自分の役目は理解した。

 二人の背中を両手で同時にぽんっと叩いて、屯所へ戻ろうと促す。


 きっと数日中に、事は成功するはずだ。

 この二人が実行役で、近藤さん山南さんに協力を得られたなら、失敗するはずがない。


 渋い顔をしながら、仲間に連れられて来る鬼の副長を前に、桜の花弁が舞う中、酒瓶を掲げて鮮やかに笑おう。

 土方さんを、輪に引っ張り込む。

 それはきっかけを与えた、自分の役目であるはずだから。





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