金平糖(近藤+沖田)

「私は、雨の日が好きですよ」


 京の梅雨は長い。

 期間としてはどこでも同じなのだろう。

 だが、多摩と比べると京のそれは、じめじめとした不快感が倍増しているようで、体感として長く感じていた。


 陽だまりの様な総司は、きっとこんな日は苦手なのではないかと思い、ふと「総司はきっと、晴れの日が好きなんだろうなぁ」と呟いた答えがそれだった。

 予想外の答えに驚いた表情が出たのだろう、俺のそれを見て、総司がくすりと笑う。


 孫が祖父にそうする様に、優しく「お疲れでしょう」と背後から肩を叩いてくれていた総司が、突然甘えるようにその体重を背中の上へと「ぽふっ」と可愛らしい音でもするのではないかと思わせる動作で、自然と乗せてくる。

 それは総司が小さい頃、試衛館に来てしばらく経った頃からの、癖の様なものだ。


 まだ幼いのに親とも姉とも引き離され、一人ぼっちでただ耐え続ける総司は、正面から誰かに甘える事が出来なくなっていた。

 それをどうにかしてやりたくて、まだ肩が凝る年齢でもなかったから、今思うとずいぶんおかしな理由だったと今更ながらに思うが、寂しさを含んだ表情でぼんやりしていた総司を呼び肩たたきを頼んで、それを理由に背中を貸したあの時からの、二人の時間の過ごし方だ。


「だって雨の日は、こうして近藤さんと、ゆっくり一緒に居られますからね」

「また随分と、小さな理由だなぁ」

「そんな事ありませんよ。私にとっては、とても大きな理由です」


 ただ俺と一緒にいられるから雨の日が好きだと、きっぱり言い切る総司の体温を背中に感じながら、苦笑する。

 確かに最近は対外的な仕事も増えて、出かける事も多くなっていた。


 こんな雨の日位しか、屯所にゆっくり座って総司と過ごす事は、なくなっていたかもしれない。

 それを少しでも、寂しく思っていてくれたという事だろうか。


 毎日、歳からの業務報告の中で、自分は総司の様子を聞き知っていたから、そんなに離れていた気はしていなかった。

 だがよく考えてみると、確かにこうして顔を突き合わせて話す機会は、随分減っていたかもしれない。


「そうか」

「はい」


 ぽんぽんっと肩にそっと乗っている総司の頭を撫でてやると、まるで太陽がそこにあるような、明るく嬉しそうな笑顔が飛び込んでくる。

 殺伐とした毎日を忘れさせてくれる、無邪気な陽だまり。

 昔から何一つ変わらない、ただ自分を信じて身を任せてくれる、純粋な光。


「確かに、雨の日もいいもんかもしれんな」

「……はい?」

「いや、なんでもない。そうだ総司、ちょっと口を開けてみろ」

「何ですか?」


 首を僅かにひねりながらも言われるがまま、かぱっと口を開く総司に、小さく甘い光の欠片を放りこむ。


「……美味しい! 近藤さん、これって?」

「美味いだろ、京の金平糖は芸術品だぞ」


 先日ふと立ち寄った菓子屋で手に入れた、色とりどりの金平糖を目の前に広げてやると、総司の瞳が輝く。

 隊内の数少ない甘党仲間でもある総司には、この素晴らしさがわかってもらえると思っていた。


 歳辺りに見つかると、すごい剣幕で「局長が何買ってんだ!」と、怒られるに決まっている。

 だから、こっそり部屋に隠しながら、披露目の時を待っていたのだ。


 隠していた事実がばれると、それはそれでまた怒られそうではある。

 この案件については、最後まで隠し通さねばならないが、少なくとも総司には、喜んでもらえたようだ。


「肩たたきの駄賃だ」

「近藤さん、私はもう子供じゃないんですから」

「嬉しくなかったか?」

「そんな事は、ないですけど!」

「はは。そうかそうか」


 駄賃という言葉に、ぷくっと頬を膨らませて拗ねる総司に、少し悲しそうな表情で聞き返してやると、慌てた様に本音を口にする。

 そんな口内に、笑いながらもうひとつ光の欠片を追加すると、もぐもぐと幸せそうにそれを味わいながら、総司が立ちあがった。


「近藤さんも、一緒に食べましょう。私、お茶の用意しますね」

「そうだな。頼む」

「はい」

「そうだ、総司」

「何でしょう?」

「この事は、歳には内緒だからな」


 いそいそとお茶の用意をしに部屋から出ようとする総司を、ふと呼び止めて口に人差し指を立てる。

 振り返った総司はその言葉に、共犯者の顔で可笑しそうに笑って、心得たように頷きながら、人差し指で「しーっ」とする真似をした。


「もちろんです。承知してますよ」


 ゆっくりと流れ落ちる雨の音を、部屋に運び入れながら開いた障子がゆっくりと閉まり、総司の足音が台所へと遠ざかる。

 その緩やかな音を聞きながら、「明日もまた雨が降ればいい」と、そんな風に思った。





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